04 相棒は機械の声で辛辣な言葉を吐く
ダイアナが期待を込めた視線を会議室のドアに送り続けて二分ほど。
ノックと共に扉が開き、マイケルが入ってくる。
彼の後に続いて入室したのは、二十代半ばの男だった。
「……げ?」
あまりにも予想と離れた顔にダイアナは中途半端な感嘆を漏らす。
目立つことをよしとしない諜報員が集まる諜報部でもひときわ目立たない存在。いるのかいないのか判らないのではなく存在自体を忘れてしまうような男。
だがそのいでたちは一目見ると忘れない。
身体的に特徴があるわけではない。
寝起きかと笑いたくなるボサボサのブラウンヘアも、小さ目のグリーンアイもありきたりだ。
彼を彼たらしめているのは、常に装着しているヘッドギアだ。
格闘家がつけるような形のものだが、それよりは随分細い。
頭を守るためのものではなく、コミュニケーションツールなのだ。
「げ? 文句でもあるのか?」
ヘッドギア男、デイビッド・スペンサーから機械的な男の声がする。だが彼の口は動いていない。
初めて見た時は違和の塊だったが、さすがに五年近く見ていると慣れた。
「文句大ありだろ。武力解決班なのに武力から一番遠そうな男が班員なんて」
デイビッドに答えてから、ダイアナは課長を見る。
「あ、もしかしてこいつが代表で来ただけで他に武力任せろ的な班員もいるのか?」
「いや、武力班はおまえら二人だ」
「マジかっ」
今度こそダイアナはがっくりだ。
「がっくりするのは俺のほうだ。なんでよりによっておまえと二人で組まないといけないんだよ」
デイビッドのうんざりした声にダイアナは彼を睨みつける。
「なんだよ、ひょろ
「暴力しか取り柄のないリラ女よりマシだろ」
「誰がゴリラだよっ」
「おまえの一番の身体的特徴に触れたらセクハラだといわれるから避けてやったんだよ。察しろよリラ女」
確かに、ここで胸デカ女など言おうものならセクハラものだ。
しかしダイアナとしてはリラ女の方が嫌かもしれない。
こいつ、わざとこっちの嫌がる呼称で呼んだな。
ダイアナは息をつく。
「さすが“ソルティ”の異名は伊達じゃないな」
「おほめにあずかり恐縮だよ」
「ほめてねーし」
ダイアナとデイビッドは鋭い視線をぶつけ合う。
「ま、そういうことですので、仲良くやってくださいね」
にらみ合う二人を残して、マイケルとジョルジュはそそくさと部屋を出ていった。
ダイアナ達は静まり返った会議室で熱い視線をぶつけていたが、デイビッドが先に「アホくさ」と視線をそらせた。
「組まされたからにはしかたない。余計なことして足引っ張るなよ」
「そっちこそ、悪人の人質になったりするなよな」
憎まれ口に同じように返してやった。
前途多難な滑り出しだ。
武力解決班が結成されて数日は特に大きな事件が起こることもなく過ぎた。
ダイアナとデイビッドはITエンジニアの補佐や書類の整理といった、「IMワークス」の表の仕事を手伝っていた。
「諜報員としてはヒマなのに仕事だけはたくさんあるな」
デスクワークばかりの毎日に、ついつい愚痴が漏れる。
「諜報員としてヒマなことはいいことだぞ」
「ま、そうだな」
デイビッドの機械の声にうなずくと、意外という顔をされた。
「おまえも、オレが戦いばっか好む戦闘バカだと思ってんだな」
「そうじゃないのか?」
「ちげーし」
椅子の背もたれに体を預けて伸びをしながら、ダイアナは宙を仰ぐ。
「犯罪者はブチのめす。けど犯罪者がいないならわざわざ戦うことなんて何もない。オレらの仕事ってそういうもんだろ」
「その考えにはおおむね同意だな。俺はブチのめすより捕まえる方がいいが」
「捕まえるためにブチのめすんだよ」
「まぁたいていの犯罪者は往生際悪いからな」
デイビッドが笑った。その声は彼自身のものだった。
機械の声より低い笑い声だなと思った。
声が出ないわけでもないんだな、とも。
そういえばなぜ彼がしゃべらず機械に代行させているのかも知らない。
デイビッドは言葉は
長く同じ部署で仕事をしているのに謎だらけの男だ。
「おまえってさ、なんで――」
ダイアナの言葉を、慌てて部屋に入ってきた課長、ジョルジュが遮る。
「ダイアナ、デイビッド、現場だ。初めての班出動だ」
武力解決班の出動ということはもちろん、武力解決が必要な状況だ。
犯罪者をぶっ飛ばして拘束できるのだと思うとダイアナの体がかっと熱くなる。
「よーし、行くぞ!」
意気揚々と立ち上がるダイアナの後ろでデイビッドがゆったりと席を立った。
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