03 極めし者でよかったけど不便なこともある

 話す力を失くした課長、ジョルジュに代わって補佐役のベテラン、マイケルが口を開く。


「ところでダイアナさんは、どうやってあの場所を掴んだのですか?」


 先のジョルジュの言葉通り、あれは誘拐、売春教唆を行う「オルシーニ」ファミリーのしっぽを掴むためのおとり捜査だった。

 被害者の女性は捜査の協力者で、活動拠点に連れ込まれた後すぐに救出する予定だったが先にダイアナが助けたことになる。


「なじみの警官からさ」

「まさか無理やり?」

「オレをなんだと思ってんだよ。警官に暴力振るうわけないだろ?」

「では色仕掛けで? って、それはないですね」

「あぁ、使えないわけじゃないがそんな手は使わない」


 判ってんじゃん、とダイアナは笑う。


「あいつの勤務状況を調べて、なんか大きなことに関わってそうだから、カマかけたらぽろっとな」

「……そういうところはさすが五年目の諜報員ですね」


 まったくの力馬鹿の方がまだ扱いやすいのにとマイケルは口の端を持ち上げた。どうやら少しはほめてくれているらしい。


「おとり捜査潰しちまったのは悪いけどさ。捕まえたヤツから何か聞き出せるだろ?」

「聞き出しただけでは駄目なのですよ。現場を押さえないと逃げられますから」


 言われて、ダイアナは神妙な顔になる。


「そっか、そうだよな。以後気を付ける。できるだけ」

「物分かりのよい返事はけっこうなことなのですが、残念ながらもうそれだけでは信用ならないのです」


 マイケルが冷たく言い放つ。


「なんでだよ」

「あなたが暴れて捜査が乱れた回数がついに二ケタに達したからです」


 うっ、こいつ、冷静にカウントしてやがった!

 ダイアナはたじろいだ。


「本来ならあなたには現場から後方支援に下がっていただかねばならないところですが、貴重な本物の極めし者、しかも属性が『月』ですし、諜報部としてもあなたの力はあてにしているのです。あなたも、現場に出たいのでしょう?」


 マイケルの言葉にダイアナはヘッドバンキング並みに激しく首肯した。


「犯罪者を合法的――とまでいかないけど、ある程度許しをもらってぶちのめせるのはこういう組織しかないんだよ」


 過激な主張にマイケルは苦笑した。まぁいつものことだなと小さくつぶやいている。


「そこでだ」


 呆けていたジョルジュが椅子にきちんと座りなおした。


「おまえには新しい班に移ってもらう。武力解決班だ」


 こりゃまた安直なネーミングだ。

 ダイアナはぽかんと口を開けた。


 が、考えようによってはすばらしくないか? 武力解決班ということはもちろん力をもって犯罪者を制してもいい、むしろそうしろと言っているようなものだ。

 願ったりかなったりだとダイアナの口の端が吊り上がり、歯をのぞかせる。


「大体何を考えてるのか、楽に想像できるな」


 ジョルジュが大きなため息をついた。


「ただ暴れろと言っているわけではないぞ。こちらの指示に従わない場合、即、後方勤務送りとする。つまりこれは最終警告だ。これからはおまえ一人での突っ走った捜査を禁じる」

「単独行動はするな、ってことでOK?」

「そうだ。被疑者を取り押さえに行くにしても必ずこちらに確認を取ること」

「まさに目の前で犯罪行為が行われていてもか?」

「そうだ」


 ぴしゃりと言われ、ダイアナは盛大に抗議の声を上げる。


「一般人でも現場での逮捕権があるってのに」

「そういう場合でも極めし者が力を使ったら即、暴行罪だぞ」


 うっと言葉を呑む。


 体の内に眠る闘気とうきを自在に扱えるようになることで普通の人間ではありえないほどの肉体能力を発揮できるようになった者を極めし者と呼ぶ。


 その気になれば人間の首を片手で楽々とへし折れるほどの力を有する極めし者がみだりに力を振るえば、当然普通の人よりは厳しい刑事罰が課せられる。


「組織と関係ないただの一般人が闘気を使わないってシチュならOKだな?」

「それは構わんが」


 やれやれとジョルジュは両手を広げた。


「で、班っつーけど、班員は?」


 ダイアナの問いかけにジョルジュが目配せする。マイケルが部屋を出ていった。

 きっと班員を呼びに行くのだろう。


 諜報部に極めし者はダイアナだけだがもちろん武術の心得のある者はいる。極めし者の自分と組ませるのはどいつだろうとダイアナは期待した。

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