02 課長の話は長くて困る
「ばっかもん! ダイアナ! これで何度目だっ」
私設諜報組織「IMワークス」の、決して広くない事務室に中年男性の怒号が響いた。
怒りで顔を赤らめている男の目の前に立つキャンディことダイアナ・トレイスは、ベリーショートの金髪に手を添えてさらりと答えた。
「倒した悪人の数なんかいちいち覚えてないなぁ」
「そういう問題じゃないだろ!」
男がさらに声を荒らげるのを、横にいる男が「まぁまぁ」と抑えた。
「ここで大声で話すわけにもいきませんから、小会議室に来てください」
怒り心頭の男をなだめつつ、男性は一足先に事務室を出ていった。引きずられるように怒号の男も出ていく。
「まぁた課長が荒れてるぞ」
「でもまぁ今回は課長がキレるのも当然だろう。おとり捜査潰されたんだもんな」
事務室内のひそひそ声もダイアナはどこ吹く風だ。そんなの知るかよと小さくつぶやいて小会議室へと向かった。
小会議室は扉をきっちりと閉めると完全な密室となる。中で大爆発でも起こさない限り音が外に漏れることはない。もっとも爆発など起こったなら音以前に部屋としての機能が失われてしまうが。
ロの字に並べられたテーブルの近くを苛立たし気にウロウロするのが諜報部の課長、ジョルジュだ。大激怒は収まったようだがまだ眉間には深いしわが刻まれている。
椅子の一つにきっちりと座っているのがベテラン諜報員としてジョルジュの補佐的役割を果たすマイケル。
ダイアナは入室すると、マイケルが「お座りください」と勧める途中で適当な近場の椅子にどっかと腰を下ろした。
「で? 話って?」
言いながらダイアナはポケットからドロップを取り出して口に放り入れる。歯に当たって、ころん、と軽い音が鳴った。
ジョルジュもマイケルもいい顔はしなかったが、ここでその態度をいさめると本題に入れないと判断してか、何も言わなかった。
ジョルジュは手近な椅子に浅く腰掛け、話を始める。
「ダイアナ、おまえ、
「ハイスクール卒業してからだから、五年目だっけ?」
「その間に諜報の何たるかは身に着けたと思っているんだが、最近のおまえの行動は目に余る」
「そうか? 悪人を排除するのがオレらの役割だろ?」
「何事にも手順というものがあってだな」
「そんなまどろっこしいことをしている間に、何人の犠牲者が増えるんだよ。諜報活動は手段であって目的じゃないはずだぞ」
ダイアナは、ふん、と息をついた。追いやられたドロップがぷくりと小さく彼女の頬を膨らませる。
「おまえの言い分も間違っちゃいない。だが世の中、そう単純にできとらん」
諜報部課長は真っ直ぐにダイアナの目を見て語りだした。
「ここニューヨークは長い間、五大ファミリーと言われるマフィアどもが牛耳っていた」
そこからか、とダイアナは思ったがジョルジュの語りモードを邪魔すると余計に長くなるのは経験済みなのでここは黙っておく。ドロップをゆっくりとなめながら真摯に話を聞くふりをした。
ダイアナの受け流しの姿勢に気づいているのかいないのか、ジョルジュの話は続く。
二十世紀後半に全盛期を迎えたマフィアの活動は、捜査機関が摘発を積極的に進めたことで二十一世紀に入り衰退し始める。
当時ニューヨークを牛耳っていたのは五大ファミリーと呼ばれる五つの組織であったが、二〇二〇年ごろから縄張り争いが表面化し、数年の間に潰しあう結果となった。背景には新型ウィルス蔓延による世界的不景気が影響しているとも言われている。
代わって裏社会に台頭したのは三つの組織で、今まさに「三大ファミリー」に成長しつつある。
警察もFBIも、それらに協力する諜報組織も、ファミリーが活動を確立してしまう前になんとか拡張を食い止めようと戦っているのだ。
「ヤツらは過去のファミリーとは違い、メインで行う犯罪行為を分けることで共存しようとしている」
ジョルジュはぐっと拳を握った。
「しかし所詮犯罪組織だ。少しでも規模を大きくすることを狙い水面下では小競り合いが続いている」
「だからこそ我々の活動が重要なのだ、だろう? 判ってるって」
ダイアナが話を引き取って終わらせようとしたがジョルジュは「判っとらん!」と一喝した。
「おまえが暴れて邪魔をしたおとり捜査は、三つのファミリーのうちのひとつ、『オルシーニ』の中枢部摘発につながるところだったんだぞ。それを……」
「そんなの、オレ聞いてないし」
「聞いとったら乗り込まなかったか?」
「それは、うーん、保証できないかな」
にししっと笑うダイアナにジョルジュは頭を抱えて椅子に深く座り込んだ。
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