三流魔法使いの弟子がチート過ぎる件

城間盛平

第1話

辺りはキナ臭い匂いに包まれていた。木々は燃え盛り、生木がパチパチと爆ぜる音がいたる所でしている。リュートは背後を気にしながら力の限り走っていた。ゼェゼェと息が上がる、充満する煙を吸い、激しくむせるが足を止める事はできない。背後には恐ろしいファイヤードラゴンが迫っているからだ。体長五メートルはあろうかという巨大なドラゴンだ。ファイヤードラゴンはリュートが近づいた事に怒り狂い、炎魔法でリュートを攻撃してきた。リュートはファイヤードラゴンのテリトリーに入ってしまったのだ。リュートは定期的に、自身の背後に氷系防御魔法アイスシールドを出現させ、身を守っていた。リュートは魔法使いだった。しかし、三流という言葉が頭に付く魔法使いだ。リュートは六年で卒業する魔法学校を九年かけて卒業し、国の定める魔法使試験に合格するのに更に三年を費やし、実に十二年をかけて国家魔法使いになったのだ。留年、不合格の原因はリュートの潜在魔力の少なさに起因した。本来リュートの魔力はそれほど多くはなく、修行や鍛錬により無理矢理潜在魔力の底上げをしてやっと魔法使いになれたのだ。指導してくれた魔法学校の教師たちには何度も魔法使いになる事を諦め、違う職業に就くよう諭されたが、リュートはガンとして意思を曲げなかった。苦心の末やっと手に入れた職業なのだ。晴れて魔法使いになったリュートは、魔法使いにやってくる依頼を次々と受けた。今現在リュートに襲いかかろうとしているファイヤードラゴン退治もその一つだ。しかし目の当たりにしたファイヤードラゴンは、リュートの魔力では到底倒す事ができなかった。そのためリュートは全力でファイヤードラゴンから距離を取っていた。これは逃げている訳では決してない、計画的撤退なのだ。他にも村に危害をくわえるドワーフ退治や、領民に無体を強いる領主の説得などの依頼を受けているが、時期尚早のため期間をおいている。決して逃げている訳ではない。がむしゃらに走っているうちに、ようやくファイヤードラゴンのテリトリーを抜けたらしい。足を緩め、背後を振り向くと、ファイヤードラゴンの姿は見えなくなっていた。ファイヤードラゴンは自身のテリトリーから出てまで襲っては来ないだろう、おそらくリュートの考えが正しければ。



ファイヤードラゴンのいた森を抜け、林まで歩いてきたリュートは、疲労と喉の渇きで川の側までやって来た。川は澄んでいて、日の光を受けてキラキラと輝いていた。川下の方に子供たちがいてキャアキャアと元気な声を上げていた。彼らは兄弟なのだろうか、三人の少年たちは川に入って、どうやら魚を捕らえようとしているようだ。川の側には妹だろうか、幼い女の子が少年たちを興味深そうに見ていた。微笑ましい景色にリュートは微笑んで彼らを見守っていた。一番大きな少年が右手を大きく振った、すると驚いた事に川から大量の魚が飛び出してきたのだ。これは魔法だ。少年は強い魔力を持っているのだ。魔法使いは自然界にある四元素、火、風、水、土の四つのエレメントと契約して魔法を使う事ができるようになる。だが、あの少年はエレメントの契約をしていないようだ。この時リュートには、ある邪な考えが浮かんでしまった。あの少年を丸め込んで、上手く利用すれば、自分は強大な魔力を手に入れられるのではないか。正に悪魔の囁きだった。リュートが喉から手が出るほど欲している強大な魔力を目の前の少年は持っているのだ。リュートが見出さなければあの少年は山奥で魔法使いという存在も知らずに暮らしていくだろう。それは余りにももったいない事に思えた。リュートは魔力を持った少年に声をかけようとして、はたと気づいた。今のリュートは、ファイヤードラゴンの炎で、灰だらけになっていた。手の甲で頬を拭うと、手が真っ黒になった。これでは子供たちに不審者と思われ、逃げられてしまう。リュートは水魔法で全身を洗うと、次に火の魔法で衣服を乾かし、最後に土の派生魔法で炎でボロボロになった衣服を修復した。これで何とか見られる姿になっただろう。


「やぁ、君たちこんにちわ」


子供たちは、急に声をかけてきたリュートに不審な目を向けた。リュートは笑顔を絶やさず魔力を使った少年に話しかける。


「君が今使ったのは魔法だね?」


魔力を持った少年は不安げにリュートを見ていた。声をあげたのは、隣にいる弟だった。


「そうだよ!ニコ兄ちゃんは不思議な力が使えるんだ」


魔力を持つ少年の弟は、まるで自分の事のように自慢げだった。少年はおずおずリュートに話しかけた。


「お兄さん、僕のこの力は魔法なの?小さい頃から物を浮かせたり、動かしたりする事ができるんだ。村の人たちはきみ悪がってるから、お母さんは人前で使っちゃダメって言っているんだ」

「大丈夫、俺も魔法使いだ。よかったら魔法を教えてあげようか?」

「本当?!」


不安げだった少年が笑顔になった。リュートは内心でニヤリと笑った。なんて純粋で扱いやすい子供なのだろう。


「ああ、でも先ずはご両親に許可をもらわないとね」

「・・・、お父さんはいないんだ。ずっと前に死んじゃって」

「っ、すまない、辛い事を言わせてしまったね」

「ううん、お母さんも弟たちもいるから平気」


魔力を持った少年はニコといった。ニコたち兄弟は母親と、父親の残した畑を耕して作物を作って暮らしていた。だがそれだけでは生活が苦しいので、ニコの魔力で魚を獲っては村人に売っているのだそうだ。ニコは獲った魚を麻袋に入れると、肩に担いだ。下の弟たちは木桶になみなみと川の水を汲んで運ぼうとしていた。畑に水を撒くために、畑から川まで一日に何度も往復するのだそうだ。リュートは水魔法を使い、大量の川の水を空中に浮かべた。子供たちは初めて見る魔法に歓声の声をあげた。



ニコの家は川から数キロ離れた所にあった。家の側には畑が広がっていて、面積は広くはないが良く手入れをされているのが見て取れた。リュートは魔法で浮かせた大量の川の水を、畑にまんべんなく振りかけた。子供たちは嬉しそうにはしゃいでいた。どうやらニコは幼いながら、この家の稼ぎ頭のようだ。ニコを連れて行くには、ニコの家族が安心して暮らせるようにしてやらなければならないとリュートは考えた。子供たちの声に、家の中にいた母親が出てきた。子供たちは母親の元に駆け寄り、リュートを紹介してくれた。母親に、ニコは魔法使いになる才能がある事、リュートがニコを魔法使いとして育てたいと伝えた。母親はしぶるそぶりをしめした。無理もない、突然現れた得体の知れない男に大切な息子を預けるなど考えられないだろう。だが母親を説得したのは他でもないニコ自身だった。ニコは自分から母親にキッパリといったのだ。魔法使いになりたいと。母親は、息子がそこまで言うのならと、渋々承諾してくれた。そうと決まればリュートの行動は早かった。母親に了解を得て、家の側に井戸を掘る事にした。リュートは先ず、水魔法で地下水の場所を探し当て、土魔法で穴を掘った。そして山の切り通しから持ってきた大量の石を、石灰で作ったセメントで固めて井戸を作った。次に畑に行くと、ニコの母親に栽培している作物を確認した。畑では大麦、小麦の穀類を主に育てているという。リュートは持っていた荷物から種イモを取り出した。


「これはじゃが芋という種類の芋です。少ない土地でもよく育ちます」


リュートは種イモのじゃが芋を二つに割ると、畑の土に埋めた。そして土魔法でじゃが芋の成長を促進させた。じゃが芋はみるみる茎が伸び、葉を生やし、成長した。リュートが茎を持ち上げると、土の中から沢山のじゃが芋が出てきた。側で見ていた子供たちは、初めて見る植物に大はしゃぎだった。リュートは収穫したじゃが芋の半分は、同じように二つに割って畑に埋め、もう半分は鍋で茹でて、ニコたち家族に振る舞った。子供たちは初めて食べるじゃが芋に、美味しいと大喜びだった。これでニコの家族は遠い川に水をくみに行くこともなく、食料の確保もできた。ニコの母親はリュートに感謝して、ニコを預ける事を快諾してくれた。



リュートはニコを連れ、山に入った。ニコに火、風、水、土のエレメント契約をさせるためだ。魔法使いという者は貧弱なイメージがあるが、実際は違う。魔法を使うためには強靭な体力と精神力が必要なのだ。ニコは幼いながら畑に水を撒くために、何度も重たい水を運んでいたので身体は鍛えられていた。


「ニコ、魔法とは何か分かるかい?」


リュートの問いに、ニコはふるふると首を振る。つまり分からないという事だ。


「魔法とは、自然界にある元素の力を借りるという事だ」

「魔法使いの魔法は自分のものじゃないんですか?」

「ああ、魔法を使う時に肝に銘じなければならないのが、おごってはいけないという事だ。ニコ、守れるかい?」

「はい!」


リュートを見つめるニコの真剣な瞳に、リュートは強く頷いた。リュートは地面に火のエレメントの魔法陣を描く。ニコに火の契約の祝詞を復唱させる。祝詞を覚えたニコは魔法陣の中に入り、声高らか祝詞を唱えた。


「我森羅万象の理りに従い火の契約を結ばんと欲す」


魔法陣の中にいるニコの身体が淡い炎に包まれる。火のエレメントとの契約が結ばれたのだ。


「ニコ、これでお前は火の魔法が使えるようになった。手始めに焚き火をしてみよう、この枯れ木に火をつけるんだ」


ニコは手を枯れ木に向けて、意識を集中させた。途端、ニコの手から強大な炎が出現した。ニコはあまりの火力の強さに尻餅をついた。ニコの放った炎の火力は弱まらず、森を燃やし始めた、このままでは山火事にまで発展しそうだ。ニコは自身のしでかした事の重大さに震えだした。


「ニコ大丈夫だ」


リュートは水魔法で大量の水蒸気を発生させ、火魔法で水蒸気を熱して、魔法で雨雲を作り出した。雨雲は、燃え盛る木々を覆い尽くし大量の雨を降らせた。リュートとニコは土砂降りの雨にすぐにずぶ濡れになった。リュートはニコを雨から下がらせようと、ニコの手を取った、だがニコは咄嗟に振り払った。リュートは仕方なくニコを抱き上げ、雨の降らない場所まで連れていった。


「先生、ごめんなさい」


リュートの耳にニコの小さな声が届く。リュートはしゃがみこんで、俯いているニコの顔を見上げた。


「いや、悪かったのは俺の方だ。ニコの魔力が膨大な事に気づいていながら、辛い目にあわせてすまない。安心しろ、火は間もなく消える」

「で、でも、森を燃やしてしまって、動物たちの住む所を奪ってしまいました」


リュートはニコを見つめた。この少年は心優しく、そしてとても繊細なのだ。リュートは火魔法で自分とニコの衣服を乾かした。森を舐め尽くしていた炎は雨により鎮火した。リュートはニコを促して焼け果てた森に入る。辺りは黒焦げになに倒れた木々で埋め尽くされていた。リュートは水魔法を使い、注意深く地下水が湧き出る場所を探し当てた。そして土魔法で大きなくぼみを作り、巨大な湖を出現させた。ニコは涙が出そうになるのをぐっとこらえながら、師のする事を見ていた。リュートは湖の水に手を入れると、何事か呟いた。途端に湖面が輝き出す。リュートが何らかの魔法を使ったのだ。リュートはニコを自分の側に呼んだ。


「ニコ、湖に手を入れるんだ。お前、さっきの火魔法で手を火傷したんだろう」


ニコは咄嗟に手を後ろに隠した。リュートの言う通り、ニコは先ほどの火魔法で手に火傷を負った。リュートがニコの手を掴んだ時、痛みのために振り払ってしまったのだ。さらにリュートは言葉を続ける。


「ニコ、今感じている火傷の痛みをよく覚えておくんだ。お前が誤った魔法の使い方をすると、誰かが痛みを負う事にのるんだぞ」


ニコは我慢の限界を超えて、ポロポロと涙を流した。リュートはニコが落ち着くまでジッと待っていた。ニコはやっとの事で涙を止めると、師の指示に従い火傷をした手を湖の水に浸した。傷口がしみるのではという予想に反して、痛みは感じなかった。それどころかジンジンと疼く痛みがスゥッと消えたのだ。ニコは驚いて自身の手を湖から引き上げた。てのひらを見てニコは驚嘆した。火傷が跡形もなく治っていたのだ。


「先生!」

「森の動物たちの中に、怪我をしたものもいるだろう。だが一頭一頭治癒魔法をするわけにはいかないからな。湖の水に治癒魔法を施した。一定の間、この湖の水を飲めば傷が癒えるだろう」


ニコが辺りを見渡すと、多くの動物たちが湖の周りに集まっていた。鹿に兎にリス、キツネやオオカミまでもいた。リュートとニコは動物たちが驚かないようにゆっくりとその場を離れた。ニコはぽっかりと森の木々がなくなった場所に、美しい虹がかかっている事に気がついた。


「あの虹も先生の魔法なの?」

「いや、虹は大気中の水分に光が透過して、・・・。いいや、この虹は魔法使いへの第一歩を踏み出したニコを応援しているんだ」


ニコはリュートに声をかけられるまで、ジッと虹を見つめていた。



ニコは着々と、風、水、土のエレメント契約をしていった。後はニコの魔力のコントロールを訓練するだけとなった。リュートには早急に解決しなければならない依頼があった。ニコと出会うきっかけとなったファイヤードラゴン退治である。リュートの受けた依頼は、ある村の村長から受けたものだ。村の近くに巨大なドラゴンが居座り、不用意に近づいた村人に大火傷を負わせたのだ。村人の安全のためにドラゴンを退治してほしいというのだ。


「先生、そのドラゴンを殺すんですか?」


ドラゴンの出現した村に向かう道すがら、ニコは不安げにリュートに質問した。リュートはニコの不安に気づいて笑顔で答えた。


「いや、殺さないでドラゴンの住処を別の場所に移すんだ。ひと昔前はこの地域には人間は住んでなかった。ドラゴンは穏やかに暮らしていた。だが人間が増え始めると、人間は森を切り拓いて村を作り始めたんだ。ドラゴンは住んでいた住処を追いやられてしまったんだ」


足を進めるうちに辺りが焼けただれた林に差し掛かった。リュートがファイヤードラゴンに追い立てられた場所だ。ファイヤードラゴンの居場所に近づいているという事だ。進もうとしたニコをリュートが手で制した。リュートが無言で指差す先に、うずくまるドラゴンがいた。


「ニコ、ドラゴンの動きを封じるために、ドラゴンの周りに氷の柵を作ってくれるか?」

「はい、やってみます」


氷は水魔法の派生魔法だ。水を瞬時に氷の刃

に変化させるのだ。ニコはファイヤードラゴンに気づかれない距離から両手を前に出して構えた、両手のひらに意識を集中させる。ドラゴンの周りに巨大な氷の柱が何本も突き刺さる。自身が攻撃された事に激怒したドラゴンは辺りに炎の弾丸を撒き散らす。ニコの作った氷の柵が瞬時に溶かされる。


「やはり無理か。ニコ、ドラゴンに近づいてもう一度氷の柵を作ってくれるか?アシストは俺がする」


「はい」


リュートの問いにニコは怯えを隠して答える。リュートは頷くと、自身とニコの周りにドーム状の氷防御魔法アイスシールドを出現させた。


「このドームの中に入っていればファイヤードラゴンの炎は怖くない。決してドームの外に出るんじゃないぞ」


リュートの言葉にニコは頷く。リュートとニコが歩くごとに、氷系防御魔法アイスシールドのドームも共に動く。ファイヤードラゴンは、氷の柵を放ったのがニコたちである事に気づき、怒って益々炎の弾丸を投げつけてきた。だがリュートの作ったドームは、ドラゴンの炎を跳ね返していった。リュートはドラゴンに近づきながら思考をまとめる。ニコの氷の刃での威嚇をしてもファイヤードラゴンは決してその場を動こうとはしなかった。やはりだ。リュートの考えは確信に変わった。


「俺の作った氷系防御魔法アイスシールドの中ではニコの魔法は使えない。だからニコが氷の柵を作る時はシールドを解除する。だが心配するな、ニコに炎は絶対に当てさせないからな、俺の合図で氷を放て」

「は、はい」


ニコがいくら師のリュートを信頼していても、手足の震えは隠せなかった。今だ。リュートの鋭い声にニコは氷魔法を発動させるが、恐怖のために目を瞑ってしまった。耳をつんざくようなドラゴンの咆哮が聞こえ、恐る恐るニコが目を開くと、目の前のファイヤードラゴンが横たわっていて、ドラゴンの足には深々と氷の刃が突き刺さっていた。ニコは自身のしでかしてしまった事に、声も出ずに恐れおののいた。動悸が激しくなり、身体が冷たくなりブルブルと震えだした。震えの止まらないニコの背中に、リュートの大きな手が添えられる。リュートの手の暖かさを感じるにつれ、ニコの震えは止まった。リュートはニコの耳元に穏やかな声で言った。


「俺がいいと言うまで氷系防御魔法アイスシールドから絶対出てはいけないよ」


それだけ言うとリュートはシールドのドームから出て、ドラゴンに近づいていった。ファイヤードラゴンはリュートを威嚇するため唸り声を上げた。先生。ニコはリュートがドラゴンに噛み殺されるのではないか気が気ではがなかった。リュートは落ち着いた声でドラゴンに語りかけた。


「すまない、怪我をさせてなんだが、俺は君たちを助けたいんだ。先ずは君の怪我を治療させてくれないか?」


リュートの言葉にニコは驚いた。リュートはドラゴンに君たちと話しかけた。ドラゴンは一頭ではないのだろうか。ニコがリュートの話についていけずにいると、突然ピィー、と鳴き声がした。驚いた事に巨大なドラゴンの後ろから小さなドラゴンがひょっこり顔を出した。ドラゴンの赤ん坊だ、このドラゴンは親子だったのだ。リュートはドラゴンの赤ん坊の存在を知っていたようで、ニコのように驚くそぶりはなかった。


「ごめんな、お母さんに怪我させて」


リュートはドラゴンの赤ん坊を驚かさないように、ゆっくりと話しかけながら、母ドラゴンの怪我した脚に近づいた。リュートは火魔法で氷の刃を溶かす、氷が溶けた傷口からはぼたぼたと鮮血がほとばしった。ニコは両手で口を塞いで、何とか悲鳴を堪えた。リュートは素早く治癒魔法ヒーリングをして、傷口を治した。ファイヤードラゴンは自身の脚の痛みが瞬時に楽になった事に驚いたようで、リュートに対する警戒心が弱まった。リュートは母ドラゴンの機微を敏感に感じ取った。リュートが自身の子供に危害を加えないと理解したのか、ドラゴンの赤ん坊が興味深げにリュートの近づいても怒る事はなかった。ドラゴンとはとても子煩悩で、産まれた子供を大切にする。ことわざにも、大切なものを例える時に、ドラゴンの子と表現する程だ。そのため母ドラゴンは子供が卵から孵ると、飲まず食わずでその場を動かず子供の成長を見守るのだ。


「ニコおいで」


リュートはファイヤードラゴンが落ち着いたのを見計らってニコに声をかけた。ニコはおずおずとリュートの側に行く。ニコがドームから出ると、氷系防御魔法アイスシールドは消えた。


「ドラゴンさん、ごめんなさい痛かったよね?」


ファイヤードラゴンはグルルと鳴き声を上げるが先程のような怒り狂った様子はなかった。


「このドラゴンは産まれた子供を守りたくて、近づいた人間を傷つけたんだ」


リュートはドラゴンに心から謝るニコを微笑みながら見つめた。ニコはリュートの視線に気づいて、疑問を投げかける。


「先生、このドラゴンさんと赤ちゃんはどうなるの?」

「このままここにいる訳にはいかないからな、ドラゴンたちを引っ越しさせる」

「引っ越し?!こんな大きいドラゴンさんを?」

「ああ、だからまたニコの力を借りていいか?」


ニコはどうすれば巨大なドラゴンを移動させられるのか見当もつかなかったが、黙って頷いた。


「ニコありがとう。じゃあ風魔法でドラゴンの親子を空に浮かせてくれるか?」

「はい、やってみます」


ニコはドラゴンの親子の前で、両手を構えた。ドラゴンの親子が風に包まれて上空にゆっくりと浮上する。リュートはドラゴンの親子が森の木よりはるかに高い上空にのぼったのを確認すると、おもむろにニコを抱き上げた。びっくりしたニコに、魔法に集中するよう諭すと、ニコを抱えたリュートも風魔法で上空に飛び上がった。


「俺がドラゴンを誘導するから、ニコはドラゴンを浮かす事に集中してくれるか?だが疲れたらすぐに言うんだぞ」

「はい、どこまで行くんですか?」

「ここから十キロほど離れた火山のある場所に行く」

「何で火山なんです?」

「ファイヤードラゴンの食事は火なんだ。普段は太陽の光を食べるんだが、子供のファイヤードラゴンや子育てで体力が弱っている母ドラゴンには火山の炎がいいんだ。多分このファイヤードラゴンの母親は、火山まで移動する最中、卵が孵化してしまったんだろう。仕方なくここで子育てしていたんだ」


その後何度かニコの休憩のために森に降り、ようやく火山の側の森に降り立った。ファイヤードラゴンの母親は、鼻をヒクヒクさせた。どうやら自分たちが火山の噴火口付近に来たのだと理解したのだろう。母ドラゴンは産まれたばかりの子供ドラゴンを腕に抱くと、自身の巨大な翼で飛び上がり、火山の方へ飛び立って行った。リュートとニコは、ドラゴンの親子が見えなくなるまでジッと見守っていた。


「先生、これからどうするんですか?」

「・・・、今日はもうここに野宿する」


ニコがリュートに質問すると、リュートは緩慢に答えた。辺りはすでに夕闇に包まれていた。夜の帳が降りるのも後わずかだろう。リュートは鈍い魔法の動作で枯れ木を浮かせて集めると、火魔法で焚き火をした。次に荷物から水筒と、ベーコンのサンドイッチ、リンゴを手に取り、ニコに手渡した。これを食べろというのだ。


「火はつけたままで、弱くなったら枯れ木を入れろ。もし何か困った事があったら俺を起こせよ」


リュートはそれだけ言うと、バタンと前のめりに倒れた。ニコが慌てて側に行くと、スゥスゥと穏やかな寝息が聞こえた。リュートの魔法力が尽きて限界を超えたのだ。ニコは師に言われた通り食事を終えると、リュートの側に丸くなった。リュートにくっついていると暖かいのだ。ニコは、若干頼りないがリュートという魔法使いの青年は信用に値する人間だと分かり、安心して目を閉じた。






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