第5話 喧嘩法伝授

5-1 点火

 仕事場からの帰り道を、正彦は走っていた。いつにも増して、早いペースで駆けている。

 倉までたどり着き、戸口をくぐった途端、叫んだ。 


「師匠!」


 右手を差し出している。

 手には、一円銀貨が二枚、握られている。


「満額です!」


 そう、正彦はついに働きぶりが認められて、正規の賃金を獲得したのである。

 と言っても、石炭の入った袋を一度に二つ、つまり120キロを担げるようになった訳ではない。

 袋を一つ担いで歩く速度が、始めの頃に比べて格段に早くなっていたのだ。

 身体が鍛えられ、筋肉が増えたこともあるが、それ以上に身体の使い方が上手くなったのだろう。

 おかげで、他の人夫達の八割程度の働きは出来ている。いわば及第点なのだが、それでも当面の目標であった、正規の賃金の獲得を達成したのだ。


「ようやくか」


 宗舟は褒めない。

 が、


「ま、ともかく最初の目標を達成したんだ。次の段階へ進めてやる」


「──」


「例の喧嘩の相手をぶちのめせ」


 この言葉が、正彦にとって最大の褒美であった。


「はい!」


 八月の半ばのことである。


「修行に入る前に、お前の相手のことを知りたい。どんな奴らだ」


 宗舟が訊ねた。


「そうですね。三人とも俺より少し背が高いけど、あの道場じゃ一番の若輩で、柔術もそれほど達者じゃありません」


「あの三人か」


 宗舟の呟きに正彦は驚く。


「ご存知なんですか?」


「ああ。今日の昼あの道場を覗いてみた」


 宗舟が自分の為に行動してくれていたのが、正彦には嬉しかった。


「師匠、わざわざ俺の為に・・・・・・」


 その声にありがたさと、照れ臭さが混じる。


「気色の悪い声を出すな。この宗舟の弟子が惨めに負けるのが許せんだけだ」


「分かっています」


 正彦はにこやかに言った。

 なんだかんだ言って、自分のことを弟子として認めてくれる宗舟が好きだった。


「いいか。あの三人はカスだ。お前なら一対三でも勝てる」


「やってみせます!」


 この日から、正彦の訓練に実戦を意識したものが加えられるようになった。

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