4-3 実戦

「なんだキサマはっ!」


 武道場に降りた宗舟を、天道流の門弟が咎める。

 背の高い、宗舟と同じくらい逞しい身体をした男だった。


「そちらの先生に一手御教授願いたく・・・・・・」


 宗舟は悪びれずに言う。


「いきなり出てきて、ご宗家に指南してほしいだと? 身の程を弁えんかっ!」


 男は怒鳴って宗舟の胸ぐらを掴んだ。


「・・・・・・まずはあんたが相手かい?」


 宗舟は男を睨みつけて言った。

 額が触れ合いそうなほど近い。


「ふっ、だれがキサマのような奴と」


 男は嘲るように笑うと、手を離して宗舟の横を通り過ぎようとした。


「逃げるのか?」


 男の足が止まる。


「なに?」


「天道流は実戦は出来んのだな」


「その言葉、もう取り消せんぞ」


「取り消すものか。お前こそ、証明出来るのか?」


 宗舟は、ニッと笑った。


「愚問だな。天道流は実戦から生まれた流派だ」


 男も口角を上げた。

 怒りに引きつった笑みであった。


「ご宗家──」


 男が大観へ振り向く。


「ここまでコケにされては引けません。よろしいですか?」


 大観は、何も言わずに頷いた。


「よし、やろう」


 男が武道場の中心に向かって歩き出す。

 宗舟も後に続いた。

 立ち並ぶ門弟達は、道は開けるものの、全員が宗舟のことを睨みつけていた。

 それとは別に、遠くの方からも、刺すような視線を感じる。

 客席にも門弟がいるようだ。

 それを気にも留めず、宗舟は歩いていき、武道場の中央で、男と向かい合った。

 二人の間には、蹴りを入れるには一歩、拳を打ち込むには二歩必要な距離がある。


「名乗れ」


 男が言った。


「四十万宗舟」


「流派は?」


「ない」


「なに?」


「不服か?」


「いや。どこにも属していないのなら、叩きのめしても後腐れがない」


 男はそう言って笑った。

 本気でそう思っているらしかった。


「そうかよ」


 宗舟は男の挑発を意に介していない。


「俺は岩田、流派は──言うまでもないな。一応、道場を一つ任されている」


「師範代か。なら、あんたに勝てば天道流に勝ったと言ってもいいんだな」


「ああ、勝てばな」


 二人を包む空気が、徐々に熱くなっていた。その空気に身を焦がされ、堪らなくなって動き出した時、二人は交わることになるだろう。

 相手が、いつ、どのように動くか、お互いにそれを探っている。

 勝負は既に始まっているのだ──。

 だが、そう考えていたのは宗舟だけらしかった。

 不意に、岩田が頭を下げたのである。

 両目で宗舟の目を見据えたまま、つまり首は前に向けたまま、腰だけを軽く折った礼であった。両腕は身体の側面に添えている。

 天道流の作法だろうか。

 宗舟にはどうでもよかった。


 (やはり実戦は無理か)


 宗舟は構えてこそいないものの、臨戦態勢にある。そんな敵を前にして、礼をするなど、いくら動作が小さく、つ敵から視線を切らさないにしても、自殺行為である。

 宗舟は駆けた。

 右脚から踏み出し、一歩。

 次に左脚を踏み出し、二歩。

 左脚が着地すると同時に、宗舟は地面を蹴って跳んだ。

 折りたたんだ右脚、その膝頭が岩田の顎へ向かって飛ぶ。

 首を突き出すようにしていた岩田は、回避が一呼吸遅れる。

 その一瞬が、致命的だった。

 宗舟の飛び膝蹴りが、岩田の顎を砕いた。

 岩田は、びっくり箱の人形のように首を跳ね上げ、そのまま後方に倒れ込んだ。

 ピクリとも動かない。

 一瞬、武道場が静まりかえった。

 その後すぐ、怒号がそこら中から噴き出した。


「キサマッ、それが武人のやることかっ!」


「卑怯者!」

 

 雨あられのように罵声を浴びせられる中、宗舟は冷めた目で岩田を見下ろしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る