4-2 演舞

 明治三十八年八月四日、今年で十周年となる奨武祭が、例年通り京都で開催された。

 大日本奨武会が主催し、全国から武道家が集う日本一の武の祭典である。

 各流派が演武を行い、それぞれの修練の成果を披露し、相互に技術を交換し、また流派間の交流を深めることで日本武道全体の発展に繋げようというのが、大会の趣旨であった。

 会場となるのは、奨武館と呼ばれる木造、桟瓦葺さんがわらぶきのいかにも伝統的な日本の建築物といった風情の建物だ。

 広さは敷地全体でおおよそ千平米で、板張りの武道場の周りを客席が囲っている。

 客席といっても、畳が敷かれているだけなので、具体的に何席あるといったものではなく、詰めればいくらでも人は入りそうだ。

 現に、今は千人以上の人間が座して武道場を熱心に見つめていた。

 天道流の演武が行われている。

 白の胴着に紺の袴を身につけた小柄な老人が、武道場の中心に正座し、それを正方形に囲むように、同じ装束の者達が列になって正座している。一辺に六人、人一人程度の距離を空けて座っている。老人との距離は、大股で歩いて五歩くらいだろうか。

 正座と言ったが、彼らは皆つま先を立てた状態であり、普通の正座とは違っていた。

 スッと、老人の右手側の列から一人の男が立ち上がって、り足で老人に近づいてくる。

 両手は腰の前側に添え、ゆっくりと進む。

 そうしてあと一歩踏み込めば、老人に手を触れられる距離までくると、左手を腰から離し、座ったままの老人に攻撃を仕掛けるかに見えた。

 だが、男が腰から手を離した瞬間、老人は膝立ちになって男へ向き直ると、両手で男の左腕を捕らえた。

 すると途端に男は苦悶の表情を浮かべ、老人に導かれるまま、投げ飛ばされた。

老人は、男の手首と前腕のあたりを掴んだだけで、肘関節を極めてしまったらしい。


 老人の名は前田大観まえだたいかん、寛永元年の成立から数えて、十七代目となる天道流の宗家である。


 男を軽々と投げた大観は、そのまま立ち上がった。

 すると今度は、四方の列から一人ずつ男が歩み寄ってきて、大観の前後左右から掴みかかった。

 左右の男は腕を、正面と背後の男は襟のあたりを、それぞれ掴んだ。

 こうなってしまっては、おしまいのようにも思える。

 ところが、大観が一度腰を落として、身をよじるようにしながら身体を持ち上げると、周囲の男達は地面に転がってしまうのである。

 一見すると、遊戯じみたものに思えるが、全ては大観の巧みな身体操作によるものであり、理にのっとった技術であった。

 その後も演武は続き、手刀を打ちに来る相手の腕を取って投げたり、手首を取らせた相手をそのまま跪かせたりと、妙技の数々を披露した。

 当身技も何度か見せた。

 手刀によるものがほとんどで、縦拳が一度か二度使われただけだった。

 手刀による攻撃が多いのは、天道流が剣術から派生した流派であるからだ。

 演武が終わると、会場は感嘆の声で包まれた。誰かが大声で大観を讃えている訳ではなく、各人が漏らす賞賛の呟きが重なって、奨武館の空気をざわめかせた。

 そんな中、黙りこくっている男がいた。

 洋風のズボンと、厚手の綿シャツを袖を捲って着用している。

 シャツのボタンは、第三ボタンまでしか閉じていない。太い首を絞めることがないように、このような形になっているのだろう。

 あるいは、単に窮屈な装いは嫌いなのかもしれない。

 ズボンもシャツも、ゆとりのあるサイズ感だった。

 身体の動きを制限することがない大きさのものを選んでいるようだ。

 男の名は四十万宗舟。

 彼は大日本奨武会に所属している訳ではないが、日本最大の統一武道団体がどれほどのものかと、見物に来ていた。

 彼は観衆に向かって頭を下げる大観とその門弟を、睨みつけている。


 ──確かに、彼らの技は長い何月の中で研ぎ澄まされた、理の結晶であるかもしれない。

 しかし、それを演武の外でも使えるのか?

 相手がどう動くか、それが分かっていなければ上手くいかないのではないか?

 そんな疑問、否、ほとんど確信めいた批判が、彼の中で膨らんでいた。

 それが瞳から漏れ出しているのである。


(こんな踊りが武術と呼べるものか)


 宗舟は観客を押し退けて、武道場へ降りた。

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