2-6 計画

 一人二つずつの缶詰という貧しい食事を終えると、宗舟は腕を枕に横になった。

 眠るつもりではなく、ただ楽な姿勢をとっているだけのようだ。

 対して、正彦は胡座をかいて座っているものの、背筋をピンと伸ばしている。これは師匠の手前ということもあるが、こうしている方が筋肉痛が和らぐのであった。


「師匠。いつまでここで暮らすつもりですか?」


 正彦が沈黙を破った。


「一ヶ月か二ヶ月か、金が貯まるまでだ」


 宗舟は、自分の先行きに、まるで興味がないような口調で答えた。


「金を貯めてどうするんです?」


「旅に出る」


「一体どこへ?」


「あてはない」


「では帰る予定も・・・・・・」


「無論ない。なんだ、俺についてくるのが嫌になったか。帰っても構わんのだぞ」


 相変わらず無関心な口調だった。


「いえ! どこへでも着いていきます! ただ、帰る予定がないなら旅に出る前に倒したい相手がいるんです」


「例の喧嘩の相手か」


「はい」


「なら明日にでもやって来い」


 宗舟はぶっきらぼうに言った。


「む、無理ですよ。相手は三人ですし・・・・・・」


 正彦の声は尻すぼみだった。


「なら諦めろ。数を言い訳にするくらいなら最初から喧嘩なんかするな」


「待って下さい! 無理と言ったのは、今のままでは無理ということでして、師匠に喧嘩の勝ち方を教えてもらえれば俺だって!」


「ほおー。そうかい、なら──」


 宗舟が身を起こす。


「教えてやろう。一人ずつ待ち伏せして背後うしろから股を蹴り上げろ。相手が倒れたら気の済むまで踏みつけるなりすればいい。簡単だろう?」


「そんなやり方じゃなくて正面から勝ちたいんです! 三人いっぺんに! だからなにか技を教えて下さいよ!」


 正彦はただをこねるように喚いた。

 その様子を宗舟は冷めた眼差しで見つめていた。

 

「いいかボウズ。これ一つ覚えれば勝てる、そんな技はないんだ。それに、お前は勝ち方を選べるような身分じゃない。本気で勝ちたいなら俺の言ったとおりにするんだな」


「・・・・・・師匠の言ってることは分かります。勝ちたいのなら手段を選ぶなって言うんでしょ。でも、あいつらには正面から勝たなくちゃいけないんです。そうでなきゃ俺は、自分を取り戻せないんです。正々堂々あいつらを倒さないと、その先には進めません」


 正彦はありのままの考えを話した。

 例の三人に勝つことが全てではない。彼らを尋常に倒し、屈辱を克服することで初めて、自分が目指す強さへの道が開かれるように感じていたのだ。

 宗舟は黙ったまま、蝋燭の火へ顔を寄せ、煙草に火をつけた。そうして、深く紫煙を吐き出すと、正彦へ向き直った。


「わがままな奴だな」


「はい、自分でもそう思います」


 素直な返答に、宗舟は微笑した。本人さえ気づかない、ごく僅かな表情の変化であった。


「・・・・・・いいだろう。握り飯と蕎麦の礼だ。人の叩きのめし方を教えてやる」


「ありがとうございます!」


 正彦は歓喜の声をあげた。

 

「では、さっそく──」


「慌てるな。拳法修行は明日からだ。今日はもう寝ろ」


「しかし──」


「口答えはなしだ」


 宗舟は再び寝転がった。

 今度は眠る為だった。

 仕方がないので、正彦も蝋燭の火を吹き消して、横になった。

 しかし、正彦にはどうしても聞きたいことがあった。


「師匠」


「・・・・・・なんだ」


「師匠の流派はなんなんですか?」


「・・・・・・名前はない」


「・・・・・・そうですか」


 正彦は不思議だった。

 宗舟ほど力のある武術家が、流派を持たないということがあるだろうか、と。

 力士との戦いで見せた宗舟の技は、我流ではなく、正当な武術の上に成り立っているもののように思えた。

 しかし、不思議ではあるが、同時にどうでもよいことでもあった。宗舟は間違いなく強い。それで十分だった。その事実だけで、己の師を尊敬出来た。


「師匠──」


 正彦が再び口を開く。


「今度はなんだ」


「おやすみなさい」


「・・・・・・ああ」

 

 二人を静寂が包んだ。

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