2-4 労働

 日がすっかり登りきった午前七時頃、正彦は宗舟と別れて本所の方へ戻ってきていた。

 荷を降ろす倉庫が集中しているのが、本所の辺りだからだ。

 横浜港から運び込まれる石炭を積んだはしけが、群れとなってゆっくりと川を登ってゆくのが見える。

 そして時々、その群れから離れて川岸に着ける艀がいる。すると船頭の怒鳴り声が響き、威勢の良い人夫にんぷが倉庫からワラワラと出てきて、せっせと荷を降ろし、倉庫に運び込むのである。

 川沿いのあちらこちらで、同じことが繰り広げられている。

 活気に満ちた光景であった。


 そんな中を、正彦は片っ端から仕事はないかと尋ねて回ったが、お前みたいな痩せっぽっちなガキは要らん、と門前払いが続いた。

 が、一際大きな倉庫の前で作業を指揮している監督らしい男に話をすると、よほど人手不足らしいのか二つ返事で雇って貰えた。

 それどころか、着物姿の正彦に上下の作業着まで与えてくれた。宗舟が着ている物と似通った服である。


 正彦はすぐに現場に放り込まれた。

 仕事は単純である。艀から袋に入った石炭を引き揚げ、倉庫に運ぶ。ただそれだけのことなのだが、石炭は一袋60キロほどあり、それを担ぐのは体重41キロの正彦には辛いものがあった。

 しかし嘆いてはいられない。師、宗舟の言いつけであるし、何より稼がなくては今日食うものもないのだから。

 意を決して正彦も荷を受け取る人夫達の列に加わる。列の先では艀から荷を降ろす役の者が、川岸に袋を積み立てている。そこから袋を二つ、人によっては三つ担ぎ上げた人夫達は、軽やかな足取りで倉庫へ向かい、荷を降ろすとまた列に並ぶ。これを終日繰り返すのである。

 多くの人夫は地下足袋を履いていたが、そこまでは支給されなかったので正彦は裸足だった。


 とうとう正彦の番がやってくる。

 しかし、彼は袋を一つ担ぐのがやっとだった。一つだけでも自重を超える重さなのだから、無理もないことだった。

 まず、積まれた袋を抱えるときには、腕と背中の力で引きあげる。この動作が正彦にとっては一番辛い。

 何とか胸の前まで持ち上げて、そこから更に肩へ持ち上げるときには、腕と肩で押し上げる。

 担ぎ上げ、歩き出せば、バランスを崩すまいと体幹部の筋肉が動員される。

 そして何より、脚は常に負荷から逃れることは出来ない。引く力に押す力、踏ん張る力とまさしく全身運動であった。


 正彦は袋を一つしか担いでいないにも関わらず、二つ三つと担いだ熟練の人夫達に、追い抜かれながらの仕事となった。

 それでもなんとか、日が傾くまで荷役をこなして賃金が一円二十銭。作業着代が引かれており、また正彦の仕事ぶりから満額の2円は貰えなかった。(当時の大卒初任給が約五十円、平均的な労働者で約三十円の月給であった)

 それでも、もう来るなとは言われなかった。日雇いだが、今日と同じ時間にくればまた仕事の世話はしてやるとのことだった。

 正彦は金を受け取ると、うのていで帰路についた。


 橋に戻ると宗舟は約束通り、そこに居た。

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