2-3 指令

「ありがとうございます! 俺、俺なんだってやりますよ!」


「落ち着け」


 興奮する正彦を男がなだめた。


「師弟の盃を交わした以上、俺を実の父も同然に思え。俺の言うことは絶対だ。いいな」


正彦は男の目を見つめて、強く頷いた。


「もう一つ。見ての通り俺は右へ左への根無草ねなしぐさ、お前も今までの暮らしは捨てることになるぞ。その覚悟はあるか?」


「構いません・・・・・・!」


 男の声には凄みがあったが、正彦は躊躇なく返答した。今後どのような道を歩むことになろうと構わない。強くなりたかった。

 男は正彦の目を見つめ、その覚悟が一過性の気まぐれではないことを確認すると、諦めたように、小さくため息をついた。

 これで正彦が怖気付けば儲けものとでも思っていたに違いない。


「口だけなら何とでも言えるがな・・・・・・まあよかろう」


「ではこれからは正式に師匠と呼ばせて頂きます!」


 正彦は再度はしゃいで早口でまくし立てたが、不意に真剣な顔つきになったかと思うと、姿勢を正座に改め地面に手をついた。


関正彦せきまさひこと申します」


 そう言って頭を下げた。


「師匠のお名前は?」


 正彦は顔だけあげて、男を見上げるような体勢で尋ねた。


四十万しじま宗舟そうしゅう


 それが男の名であった・・・・・・。


 雨があがったのは、明くる日の朝である。昨晩、宗舟は名前を告げるとすぐに寝入ってしまった。しかし、正彦はちっとも眠れなかった。寒かったのもある。が、それ以上に眠りを妨げたのは、彼の中で膨れあがった興奮と期待感であった。この偉大な師の元で自分はどのような術を学べるのか、それを考えるとワクワクした。

 だがら、空が白み始めてから目を覚ました宗舟が、最初に正彦に命じたことは彼にとってガッカリするものだった。


「金を稼いでこい」


 宗舟は寝起きの目蓋まぶたを擦りながら、ぶっきらぼうに言った。


「金、ですか」


「そうだ」


 ガッカリはしたが、同時に理解も出来た。なにせ二人とも無一文なのだから、先立つものが必要だ。


「じゃあ、商店街にでも行って適当な仕事を見つけてきま──」


「駄目だ」


 正彦の提案を宗舟は食い気味に却下した。


「工場のある方へ行って荷役の仕事を貰ってこい。水運業者がまとまってる場所があるはずだ」


「どうして荷役なんです?」


「賃金が日払いだからだ」


「なるほど・・・・・・」


 正彦は納得すると同時に、ある不安が湧き上がってきた。


「・・・・・・師匠は今日一日どうなさるんです?」


 正彦の不安とは、宗舟がこのままばっくれてしまうのではないかということだ。


「心配するな。夕方にはここにいる」


 そんな正彦の気持ちを察してか、宗舟はめんどくさそうに答えた。


「とにかく働いてこい」


 宗舟に尻を叩かれて、正彦は職探しに出かけた。

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