今日から神様!⑨
狭間の鏡は目的地への道を直接繋げることができる。 当然、その場所を正確に想像することが必要で、それは既に神職とシンヤが行っていた。
だから結真からしてみれば、初めて足を踏み入れる場所になる。 まるで鏡の表と裏のように境目から景色が変わった。
―――随分と久々な気がするな。
現実世界と狭間の世界は似たような雰囲気だが、やはりどこか違うものだ。
シンヤの家はどうやら都会よりは田舎寄りな場所にあるらしく、緑多く見える風景に結真自身の住まいが重なり懐かしさを感じさせた。 ただ沖縄であるということで、よく見れば装飾がかなり違う。
気温も随分と高く、来たばかりだというのに厚着していることと相まって額には汗が滲んでいた。
「あ、僕の家だ・・・!」
結真の次に狭間の鏡から出てきたのはシンヤで、どうやら自宅の目の前に出口を設定したようだ。 そう言えば、誰かに見られていないだろうかと辺りを見渡してみたが、幸いなことに誰もいない。
もしかしたら、人通りの少ない時を選ぶことができるのかもしれない。
―――ここから一時間でいいんだよな?
シンヤと手を繋いだレイが現れ、シンヤは見慣れた自宅に心弾んだのかレイの手を離し軒下へと駆け寄った。 必死に窓から家の中へと眼差しを向けているが、中にいる誰もがそれに気付くことはなかった。
―――姿は見えない、んだよな・・・。
そんな様子をレイも寂し気に見つめていた。 あんなに小さな子が家族と離れ離れになってしまうだなんて、あまりに可哀想だ。 窓を叩く動作をしても、触れることすらできないのだ。
シンヤもそれが分かったのか、顔をうつ向かせたままこちらへと振り返った。 その時だった。 空からふわりとしたものが舞い落ち、シンヤの鼻先に止まったのだ。
「あ、もしかして! これ、雪だ!」
ゼンとカオルが狭間の鏡から出るところは見ていなかったが、どうやら既にスタンバイを終えていたようだ。 最初は一つ、二つと少しずつ散る氷の粒がだんだんと冬景色のように濃度を増していく。
二人の姿は見えないが、持ってきた雪を風で撒いているのだろうと思う。 気温は高いが、幸い途中で溶けることはなく雪としての形状を保ってくれている。
―――今だ・・・!
結真は急いでシンヤのもとまで駆け寄るとこっそりと、だがしっかり家の窓を叩いた。 そして、すぐさま物陰へと隠れる。 これで家の中にいるシンヤの家族が雪に気付くはずだ。
「あ、見て見て! お母さん、お父さん! 雪だよ!! 初めて見たぁー! 綺麗!!」
そう言って窓を開け外を指差したのは小さな女の子だった。 どうやらシンヤの妹らしい。
「真美、ちゃん・・・」
真美は今シンヤの目の前にいる。 だが、目線は上を向いている。 シンヤは彼女の目に自分が映っていないことに驚いていた。 続けて慌てた様子で母と父がやってくる。
「おいおい。 沖縄で、しかも夏なのに雪ってどういうことなんだ!?」
「あら、本当ね。 不思議な天気」
二人は驚き空の上に向けしきりに目を凝らしている。 だが真美の喜びようを見て、現実離れした光景を受け入れることにしたらしい。
「雪、か・・・。 ・・・真也にも見せてやりたかったな」
「ずっと見たいって言っていたからね。 今日は真也の命日だから、神様が降らせてくれたのかも」
「ッ・・・」
両親の言葉にシンヤは目に涙を溜めた。 互いの心は繋がっているのに、もう決して触れ合うことはできないのだ。 結真は切なくて顔を上げることもできない。 それを見てレイが言った。
「こっちへ来ないの?」
「・・・行かない」
「どうして? 一緒に見送ればいいのに」
「俺がそっちへ行ったら、シンヤくんの家族に姿を見られるだろ」
精一杯の強がりだった。 今の光景を見て辛くなり、シンヤの傍にいることができなかったのだ。
「・・・レイは、辛くないのか?」
「・・・もう慣れっこだから」
「・・・そうか」
それでも最後に家族の姿を見れたことは嬉しかったようだ。 もっとも覚悟をして成仏するための場所へと来た。 辛い現実も、悲しい別れも、この一時の幸せのためだけに我慢してやってきたのだ。
「お父さん、お母さん、真美ちゃん。 僕はここにいるよ」
それはとてもか細く弱々しい声だった。
「雪、一緒に見られてよかった。 僕はとても幸せ。 だからこれからも、三人で仲よくいてね」
そう言うとシンヤの姿は徐々に消えていってしまった。 結真はもらい泣きし先程から涙を流している。
「雪、止んじゃった」
「さぁ、部屋に戻ろう」
「お兄ちゃんも雪、見てくれたかな?」
「あぁ、きっとな」
シンヤの家族は家の中へと戻っていった。 気持ちが落ち着くまでしばらくかかった。 だが一時間という決まりは今も有効で、あまりのんびりはしていられない。
涙を拭き鏡の中へ戻ろうとしたところでレイと目が合う。 やはり何か思うものがあるのか、切な気な顔をしていた。
「戻るよ」
「・・・あぁ」
一時間経つと神様と神職は強制異世界へと戻されるらしい。 一時間経つ前だと自分で戻ることもでき、強制送還はなるべく避けた方がいいらしいのだ。
狭間の鏡をくぐると、既にゼンとカオルは戻っていたようで出迎えてくれていた。
「ユウシン様、おかえりなさい」
「・・・」
「ユウシン様?」
「みんなは、いつもこんなことをやってんのか?」
「はい、それが我々の役目ですので」
戸惑いながらもゼンがそう答える。
―――よくみんなは耐えられるよな?
―――目の前で消えていく人を見るなんて俺には辛過ぎる。
「神様の仕事が、こんなにも辛いだなんて思ってもみなかった」
「・・・ユウシン、様?」
「夢なら早く目覚めてくれよ!!」
突然大きな声を出したことに、ここにいる皆が一様に驚いた。
「こんな世界なんて嫌だ! どうして俺が辛くて悲しい思いをしないといけないんだよ!? これが神様の役目だって? そんなもん知るか! そもそも俺は神様じゃねぇッ!
こんな辛い思いをしてまで役目を成し遂げたくねぇ! こんな現実味のない世界なんてなくなっちまえ! 俺を元の世界へ戻してくれよ!!」
溜まっていた不満をぶちまけたに近かった。 それを言ったところでどうかなるわけでもなく、ただ周りに不快な感情を抱かせるだけ。
冷静になって謝って、それで許してもらえなければ更に謝って、何とかなると思っていた。
「・・・え?」
気付けば視界が光で覆い尽くされ、何も目に捉えることができなかった。 ただゼンの声だけが聞こえていた。
「神様ッ・・・!」
そして、その声と同時に狭間の世界にやってきた時のように、意識がブラックアウトしたのだ。
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