今日から神様!⑩




「おーい、結真ー!」


聞き覚えのある声がぼんやりとした頭に響き、それを覚醒させるような痛みが頬で弾けている。


「ん・・・」

「あー、起きた起きた! 大丈夫?」


目の前には麦がいて頬を叩かれていたのだが、状況が全く掴めなかった。 辺りを見渡してみれば、後方には神社があり石畳の上に座り込んでいる。


―――・・・神社、だけど、これは・・・。


先程まで自分がいた場所ではなく、ごく普通のそれだ。 まだ祭りの飾りが残っていて、提灯明かりも揺らいでいる。 その時、頬に冷たいものを感じ触れてみると涙が伝っていた。


「え、どうして俺は泣いて・・・」

「それは僕が聞きたいよ。 急に泣き出すから驚いた。 悪い夢でも見ていたの?」

「夢?」


思い出すのは異世界のことで、脳裏にはシンヤが消えていく姿がハッキリと焼き付いている。


「そうか・・・。 あれは夢だったのか・・・」

「突然鳥居の向こうで気を失ったから、ここまで運んだんだよ。 体調は大丈夫?」

「あぁ・・・。 結構俺、長いこと気を失っていただろ?」


寝ている間にどのくらい時間が経っていたのかなんて分かるはずがない。 だがあれだけ長い夢を見ていたのなら現実でもかなりの時間が経っていてもおかしくはなかった。 

そう思ったのだが、麦は首を捻っていた。


「いや、10分くらい?」

「10分!?」

「正確には分からないけど、長いことっていう程時間は経っていないよ」


慌てて腕時計を確認する。 確かにほとんど時間は経っていないようだった。


「夢なのに24時間以上向こうで過ごしていたのか!? 長過ぎるだろ・・・」

「一体何の夢を見ていたの?」

「俺が異世界で神様になる夢」

「ッ・・・」


普通は単なる笑い話になるところだろう。 自分で口にしてみても壮大過ぎると思うのだから。 だが麦は何故か複雑な顔をし笑ってはいない。


「おい、どうした?」

「・・・あぁ、いや、何でもない。 へぇ、神様になる夢かぁ」

「そうそう。 神様になって未練を持った人を成仏させるとかでさー」

「へぇ・・・。 あー、そうだ結真!」

「ん?」

「これ! 結真と唯さんの分も買っておいた」


急に話が変わったが、夢の話をこれ以上続けても意味はないだろう。 だが自分からならともかく、麦からの話題の転換は少々おかしい気もした。 

ただ袋に入った二つのお守りを渡してくれたため、興味はそちらへ移っていった。


「え、買ってきてくれたのか?」

「うん。 もし結真の体調が悪いならこのまま帰ろうと思っていたからね。 屋台とか見て回れそう?」

「回る! ありがとな、何か奢って返す。 あとで唯にお守りを届けにいかないとな」


着ているものは現実で来ていたままの甚平で、ポケットに手を突っ込むとスマートフォンと財布がきちんとある。 


―――やっぱりあの世界は夢だったのか・・・。

―――夢が長かっただけに、ゼンたちともう会えないのは少し寂しいな。


夢の中とはいえ確かに意思を交わし、触れた温もりも感じた。 無条件とはいえ慕われるのは悪い気分ではないし、非日常というだけで心が躍るものだ。


―――まぁ、良し悪しな感じもするけどな。


強烈に焼き付いた悲しみは今も消えてはいない。 夢の中の出来事だというのに、楽しさや嬉しさよりも悲しさが記憶に残ってしまうのだ。


―――・・・忘れよう。

―――今は唯に土産を買ってやろう。


もう店仕舞いしているところも増えてきているが、幸いたこ焼きとりんご飴を買うことができた。 だが夢でも疲労は溜まるのか、途中でふらつき人と衝突してしまう。 

大事にはならなかったが、結真の体調のことを考え少し早めに解散することにした。 二人は一緒に唯の家へと向かう。


「あれ、唯さん痩せた?」

「麦、それはセクハラになるぞ」

「そういう意味で言ったんじゃないんだけど」


唯の家へ行きチャイムを押すとパジャマ姿の唯が出てきた。 突っ込んだが、確かに前よりも痩せ細って弱々しく見えるのも無理はない。


「二人共、来てくれたんだね。 ありがとう」

「唯、何か食えるか? 屋台で少し買ってきたんだけど」

「本当? 嬉しい!」

「あとこれ、受験のお守り。 俺と一緒だ」


屋台で買ったものとお守りを唯に手渡した。 すると寂しそうに笑う。


「嬉しいなぁ、結くんとお揃いなんて。 ありがとう、大切にするね」

「あぁ」


そう言って笑顔を見せた瞬間、祭りの終了を告げる巨大な花火が夜空を染めた。 キラキラと散る火花が色とりどりに散り少々物寂しくも思うが、その瞬間に立ち会えたことに素直に嬉しいと思った。 

たった一発ではあるが、三人で花火を見ることができて幸せだった。



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