今日から神様!⑧
「ところでユーシ様、ご休憩はそろそろ・・・?」
元々勉強の合間に休憩がてらに来ただけだった。 話し込んでいる間に随分と時間が経っている。 カリキュラムに時間制約があるわけではないが、このままだとオトヤの仕事の進行も邪魔してしまう。
「あ、そうだった! 長いこと休み過ぎたな、もう戻らないと」
「分かりました。 引き続き、神としてのお仕事にお励みください」
「ありがとな。 オトヤも掃除を頑張って!」
何となく急がないといけない気がして走って先程の部屋へ戻ろうとした。
似たような内装の廊下を右に左に、と神社内の勝手を知っているわけでもない結真がそんな風に動けば迷うのも仕方のないことだった。 当然だがナビゲーションできるような端末もない。
「あれ、カオルがいる部屋はどこだっけ・・・。 ここか?」
見たことがあるような装飾の扉な気がして恐る恐る開ける。 だがそこにはカオルはおらず代わりにレイが佇んでいた。 どうやら他の部屋とは違い通気がよく運動するには最適な道場のような場所。
レイの呼吸が乱れており爽やかな汗をかいていることからも間違ってはいないだろう。 瞑想でもしているのかしばらく目を瞑っていたが、ゆっくり目が開くと同時にその顔は結真に向いていた。
「・・・何?」
「あぁ、いや、別に・・・。 ここで何をしているんだ? もしかして空手?」
「どうしてアンタに言わなきゃいけないの?」
敵対心は感じているが、あまりに一方的で結真からすれば納得いくわけがない。
―――何なんだ、目上の人に対するその態度はッ!
―――いや、俺は神様でも何でもないけど!
「目障りだからあっちへ行ってくれる?」
「迷子になったんだよ! 書斎のような、ほら、本がたくさんある部屋の場所を教えてくれ!」
そう言うとレイは大きな溜め息をついた後、汗を拭い何も言わずに部屋から出ていこうとした。
「おい、無視か? 俺を放ってどこへ行くんだよ」
「休憩に水を飲みに行くだけ。 付いてきたかったら付いてくれば?」
一瞬止まるだけで振り返ることすらせずレイはスタスタと行ってしまう。
「あ、おい待てって!」
手がかりなしで一人歩くよりはいいと思い慌てて追いかけた。 レイの身体はゼンと比べて大分細い。 武道なんて縁がなさそうに見えたが、先程の動きはかなり洗練されていた。
―――あぁいう空手は趣味、なのか・・・?
付いて行っているうちに見覚えのある部屋へと着いていた。 そこはカオルと先程まで勉強していた部屋で結真が来たかった場所だ。
「あ、ここだ! 案内してくれたんだな、ありがとう」
「・・・別に、ここまで来たのは自分のためだから」
レイはそう言うと歩く速度を速めて去っていった。
―――何だ、結構いい奴じゃん。
だが今はレイのことよりもカオルだ。 休憩に時間は設定していないが、待たせていたことは間違いない。
「ユーシ様! 捜しましたよ、お帰りが遅いので」
「悪い。 オトヤと話していたらいつの間にか迷子になっていてさ」
「オトヤと? そうでしたか。 無事に戻られて何よりです。 さぁ、早速先程の勉強の続きをいたしましょう」
カオルに中へと誘導され再び苦痛な勉強の時間が始まった。 勉強の時間を無難に終え夕食を済ませた頃、ゼンに連れられ衣装部屋へとやってきていた。
こんな夜ではあるが、準備は全て整ったらしくこれからシンヤの未練を叶えに行くそうだ。 狩衣から衣冠というものに着替えさせられた。 これが神社で未練を叶える時の正装らしい。
―――狩衣よりもキツいし、苦しい・・・。
日本で言えば慣れていない着物を着るようなものだ。 ラフな格好を好む現代人の結真からすれば全身を縛られたように感じてもおかしくはない。
「少しの間、ご辛抱ください。 とてもお似合いですよ」
ゼンは本心からそう思ってくれているようで、息苦しさも少しまぎれた気がした。
「漂着者を成仏させる時は衣冠じゃないと駄目なんだっけ?」
「そういう決まりになっております」
―――そういう設定もしっかりしてんだな・・・。
結真からしてみれば初めて着るどころか、見たこともない服装だ。
「ユウシン様。 今回現世へ行くのはユウシン様とシンヤ様、そして私とレイ、カオルとなります。
私とカオルは少々準備がありますので、先にユウシン様はシンヤ様とレイを連れ、現世へ向かっていただきたいと思います」
「場所はシンヤくんの家でいいんだよな?」
「はい。 どうか家の外でお願いします」
「分かった」
といっても、正直なところあまり分かっていない。 簡単な流れだけ説明を受けてはいるが、やはり実地でとなると段取りが掴めない。 初めてなため仕方のないことだが、不安に思うのも無理ないだろう。
―――人生初仕事、になるわけか・・・。
適当にバイトでも始めてコンビニなどで働くことになるんだろうな、と思っていたところでこれだから緊張感が半端ではなかった。 死者とはいえ魂の行く先が変わってしまう。
未練が叶えられなかった場合の責任は重い。
―――雪を降らせる、か。
―――人口の雪でシンヤくんが本当に満足するかっていうところだけど。
そう考えているとレイがシンヤを連れてやってきた。 レイはいつも通りの雰囲気で、シンヤからは緊張が伝わってくる。
「大丈夫。 俺がきっと何とかするから」
結真の言葉にシンヤは大きく笑った。 レイは何か言いたそうな雰囲気だったが、何も言わずに歩き出す。
「付いてきて」
レイを先頭に狭間の鏡がある部屋へと向かう。 そこは至ってシンプルな部屋でただ異様に大きな鏡があるだけの場所。 逆にその存在感がここを特別な場所へと昇華する。
「この中に入ったら現世へ行けるのか?」
シンヤは鏡の中に入るのが怖いようで、ずっとレイの手を握っていた。
「大丈夫。 すぐにシンヤくんの家族に会えるから」
「本当・・・?」
レイは子供の扱いは得意そうだ。 いつもの自分への態度と比べて柔らかく、何となくムカッとする。 シンヤを安心させるようギュッと手を握った後、結真に向けて言った。
「先に神様が鏡に入らないと次元の鏡は境界を広げない。 アンタが先に行ったらオレたちも続く」
「俺が先頭!? ・・・分かったよ」
鏡の世界になんて入ったことがない。 恐怖心がありながらも恐る恐る鏡の中に足を踏み入れた。
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