今日から神様!⑦
翌日になり部屋で目覚めた結真を迎えたのは見慣れない天井。 目が覚めると自宅のベッドとはいかなかった。
―――まぁ、俺の記憶の最後は鳥居をくぐったところだからな。
―――麦は何となく嫌がっていたように見えたけど、あの後はどうしたんだろうな・・・。
ボーっとした頭のまま窓を開けると眩い光が目に飛び込んだ。 雄大な景色にまるでここが世界の中心なのではないかと錯覚させられる。
―――というか、話からするとここが世界の中心なんだっけ。
―――昨日の子もどこかで暮らしてんのかなー。
かなりの高さがあるため下界に人の姿を見つけることはできなかった。 旅行先の朝で何をすればいいのか分からないような手持無沙汰感。
温泉でもあれば朝風呂とでもいきたいところだが、流石に勝手が分からない。 しばらく窓際で景色を眺めているうちに朝食が部屋へと運ばれてくる。
「・・・何やってんの?」
ただその運んできた人物が意外過ぎた。 鳥居のところで出会った不愛想な少年、レイだったのだから。
「暇だったから景色を見ていただけ」
そう正直に答えると大袈裟に溜息をつかれた。
「ここにはアンタを除けば神職しかいないから、自分のことは自分でやらないといけないんだけど。 布団を畳んでしまうとか、顔を洗うとかやることはいくらでもあるんじゃない?
神職はアンタの保護者じゃないんだよ」
突然こんなところに連れてこられ右も左も分からない状態。 正直な話、カチンと来る物言いだった。 だがここで怒りをぶちまけ人間関係を悪くしてしまうのはいいとは思えない。
朝食を運んできてくれたということもある。 言い返したい気持ちをグッと飲み込み、布団をしまった。
「やればできるじゃん」
レイはそう言うとお膳を机に置いて背を向けた。 朝食は純和食といった具合で、本当に旅館での朝食といった見た目だ。
―――家だとこんな飯は食えないよなー!
やはり旅行気分は抜けず、豪勢な朝食に舌鼓を打っているとレイが襖を開けたまま自分を見ていることに気付いた。 食べるところを見られているのも嫌で箸が止まる。
「まだ何かあった?」
「・・・いや、別に・・・」
それだけを言ってレイは足早に出ていった。 もしかしたら行儀作法でも見られていたのかもしれない。
「・・・変な奴」
だが気にしても仕方ないため再度朝食に向かう。 その後はしばらく時間が空き、やってきたゼンに神社内の案内をされることになった。
「今夜には雪の準備が整うと思います。 それまでユウシン様はカオルの指示に従っていてください」
一通り簡単な案内を受け、やってきた部屋には既にカオルがいた。 大きな棚に本が敷き詰められており、書斎のような雰囲気だ。
「ユーシ様! 今日もお美しい、麗しゅうございます!!」
「あー、はいはい。 抱き着くのは禁止な?」
「何ですとッ!? 私のどこかお嫌いになりました?」
「いや、嫌いにはなっていないんだけど・・・」
女性ならともかくとして、朝から男に抱き着かれるのは流石に嫌である。 そう言えば、神社へ来て女性を見ていないなと思った。
「カオル、ユウシン様がお困りだろう? 神主と言えどユウシン様の前では礼節を忘れてはいけない。 ユウシン様、カオルが何か悪さをし出したら私に報告をしてください」
「お、おう。 分かった」
「私がユーシ様に悪戯をするですって!? どんな悪戯ですか!? あんなことや、こんなことッ!?」
「・・・」
浮かれたカオルを見て、呆れたようにゼンは去っていく。 最早カオルがこのような性格なのは諦めているのかもしれない。
ただカオルの態度が結真だけなら特別な感じがして少しだけ嬉しく思ったりもした。
「ところでカオル、今日の俺は何をしたらいいんだ?」
そう聞くとカオルは仕事モードに切り替わり顔つきが変わった。
「はい。 今日は経済についてのお勉強です」
「経済!?」
どうやらこの世界は現世と変わらず働いて金銭を得て生活しているらしい。 しばらくの時間、この世界のことをみっちりと叩き込まれることになる。
―――いやいや、こんな未成年の俺がこの世界の金を回していいのか・・・?
どうも経済の話は難しく、終えた頃にはぐったりだった。
「ユーシ様、大丈夫ですか?」
「少し、休憩をくれ・・・」
「そうですね。 では休憩を取りましょう」
気分転換に神社を出て外の空気を吸った。 相変わらず気候はよく常に晴天。 聞くところによると天気が崩れることもないらしい。 しばらく外で街の様子を眺めていると一人の影が近付いてきた。
そこには箒を持った黄緑色の狩衣を着た一人の男性がいた。 歳はカオルと同じくらいだろう。
「・・・もしかして、神様ですか?」
「あ、貴方ももしかして神職の方?」
「はい。 お初にお目にかかります。 僕は月見音夜(ツキミオトヤ)。 オトヤとお呼びください」
立ち振る舞いも言葉遣いも丁寧で、どこかおっとりしているような人だった。 見た目も綺麗で“美しい”という言葉が似合う。
「オトヤか。 俺の名前は八神結真。 言いにくいだろうから、ユーシでいいよ」
「ユーシ様。 素敵なお名前ですね」
「滅多に言われない言葉だけど、ありがとな。 オトヤは神社の掃除をいつもしてくれているのか?」
「はい。 神社の清掃は全て私が行っております」
ゴミが落ちてないのは当たり前で、石畳には土埃すらほとんど溜まっていない。 先程レイが神職しかいないと言っていたが、それは嘘ではないのだと思った。
―――オトヤと話しているとめっちゃ落ち着くなぁ。
―――これでゼンとレイ、カオルとオトヤに会ったわけか。
―――あと一人神職がいるんだよな?
―――会ったことがないけどどういう人なんだろう。
広い神社とはいえいずれは出会うことになるだろう。 レイには敵対的な感情を持たれているが、他の面々とは上手くやっていけそうなのは何よりだ。
だがそれも今のところ会った人間でということになるため、多少不安はある。
「ユーシ様は今、ご休憩でございますか?」
「あぁ。 経済の話をずっと聞かされていて、頭がパンクしそうなんだ」
「それはお疲れ様でした。 神様の仕事も大変ですよね」
「ゼンやカオルが色々と支えてくれるらしいから、何とかやってみようと思ってる」
「これからも我々神職をお頼りください。 でも神様のおかげでこの世界がとても過ごしやすいのは確かなのですよ」
「過ごしやすい? そう言えば、ここの人たちってどこに住んでいるんだ?」
「住居専用の建物に部屋が割り当てられています。 ほら、あそこに建ち並ぶのは全てそれですね」
オトヤの指差す先にはマンションのような建物が並んでいる。
「そこは誰でも住めるのか?」
「はい。 この世界へ初めて来た者はまず受付へと通され、そこで部屋名と仕事を割り振られます」
仕事はその人に合ったものを当てられるという。 仕事を失う心配もない。 子供にも簡単な仕事を与えられるため、不自由はないのだといった。
この世界には未練持ちの人間しか来ることはないため、乳幼児が来るようなことはない。 昨日出会った少女も仕事を持ち生活している。
どんな仕事か興味はあるが、この世界では現世のように欲を積み重ねることはできない。 ただ必要なことを必要なだけ行い回しているようなのだ。
「へぇ・・・。 この世界、上手くできてんだな」
シンヤのように成仏を決めると住んでいた場所を失うことになるらしい。 だから一度決めれば後戻りはできない。
だがそれでも結真からしてみれば死してもこの世界来ることができるのなら悪くないと思った。 未練を持った人しか集まらない世界。
暗い第二の人生を歩んでいる者が多いと思っていたが、思いのほか皆明るく過ごしていた。
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