今日から神様!⑥
ゼンと一緒に東の街へ向かうことになった。 神社を中心として東西南北に街が広がっていて、特に名前は付いていないらしい。
東の果てにまで行けばどうなるのかと尋ねてみると、そのままグルリと西の街へと繋がっているのだという。 何とも奇妙だがこの世界も地球のように球型をしているのかもしれない。
―――どちらが先にできたのか、なんてことは俺の頭では考えられないな。
街の様子は現世の日本の様子と変わらず馴染みやすい。 今は手当たり次第食材を売っている店へと行き、氷を大量に削れないかと尋ねているところだった。
業務用のカキ氷機みたいなものも普通にあるため、祭りなどもここでするのかもしれない。 もっとも結真はこうやってのんびりと眺めているばかりでやれることはない。
川沿いのベンチに腰をかけゼンが店と交渉しているのを眺めていると、視界の端に派手に転ぶ少女が映る。
「ちょッ、大丈夫!?」
かなり小さな子の一人歩きだったため思わず駆け寄り手を差し伸べた。 怪我もなく泣きもせず、心の中で感心していた。
―――こんなに小さい子もこの世界にいんのか・・・。
ここにいるということは亡くなっているということになる。 そう考えるだけで胸がズキリと痛んだ。
「あ、ありがとう・・・」
「どういたしまして。 君の名前は?」
「名前はラン」
「ランちゃんか。 ランちゃんの叶えたいことは何?」
ここにいるということが未練がある証明になる。 だが誰しも成仏したいわけではない。 結真からしてみても死んでこの世界で生きられるのならそれでいい気もしている。
だがやはり子供の未練となると気になってしまうのだ。
「お兄ちゃんに会いたいの!」
「お兄ちゃん?」
「うん。 レンお兄ちゃん」
話を聞くと一緒に事故に遭った双子の兄と再会できないのが未練らしい。
―――レンくんはこの世界にいるのかな?
―――いつか会わせてやれたらいいけど。
この世界はかなり人が多い。 すぐに見つけるのも難しそうだった。
「レンくんか。 いつか会えたらいいな」
「うん!」
ランはこの世界が楽しいのか笑顔で過ごしているようだった。 兄に会いたいというのも、純粋な願いであまり悲観的に考えていないのかもしれない。
ちょっとした世間話をしている間にゼンが戻ってきていた。
「ユウシン様、どうなさいました?」
「ランちゃんに話の相手をしてもらっていただけ。 雪の件についてはどうだった?」
「問題ないと思われます。 この調子で他を当たりましょう」
「分かった。 じゃあランちゃん、またな」
ランと別れた後も、店を回りある程度の雪を確保できる目途が立った。 だが雪を降らせるとなると、まだ足りないらしく明日も街を回ることになる。
生きている時と同様に疲労も溜まるため、夜は現世と同様に皆休む。 食事も摂るため本当に普通に生活できてしまう。 夜になると手持無沙汰になったため、シンヤの部屋を訪れていた。
「シンヤくん」
「神様!?」
シンヤは驚いた様子で襖を開ける。
「ここの生活はどう?」
「うん、凄く快適! ちょっと広くて落ち着かないけど」
「そっか、そうだな」
シンヤの無邪気な笑顔を見ていると、自分の力のなさが歯痒かった。
―――どうにかしてでも未練を叶えてやりたい。
―――いや、絶対に叶えてみせるから。
「ほら、もう今日は遅いからお休み」
「・・・」
「どうした?」
「怖くて一人で眠れないんだ。 いつもこの世界で知り合ったお兄ちゃんと一緒に寝ていたから」
「そっか、分かった。 ならシンヤくんが寝付くまで傍にいてあげるよ」
「ありがとう!」
シンヤを寝付かせると、後は自分が寝るだけとなった結真は自室へ戻り敷布団の上で寝転がっていた。 窓の外には星が見え月もあり、こうしているとここがどこなのか分からなくなる。
―――あっという間に夜になったけど、現実の俺は一体いつまで寝ているんだ?
―――結構長い時間寝ているだろ。
―――この世界も普通とは違うから楽しいけど、そろそろ起きてくれてもいいんだぞ。
本当はどこかおかしいと思いつつも、現実感のある夢だと信じていたかった。 神様だなんていきなり言われても荷が重く、寝て起きれば自宅のベッドの上というのがいい。
学校でそれを話し、変な夢と笑われるのも悪くはない。 そのようなことを考えていると外の床が軋んだ。
「ユウシン様、ゼンです」
「あぁ、入っていいよ」
狩衣から着替え少しラフな格好になったゼンはとても新鮮だった。 ゼンは扉の前で丁寧に座り、結真も上体を起こした。
「今日一日お疲れ様でした。 新しいことばかりでお疲れになったでしょう」
「確かに刺激的な一日だった。 でも神様の生活もいいもんだなって思ったよ」
「そのように思ってくださり光栄です。 何か不便なことがありましたらすぐにお申し付けください」
ゼンが結真の思考を先読みするかの如く動いてくれるため不便なことはなかった。 だが同世代くらいなのに自分とはまるで違う彼のことが気にかかった。
「ゼンはどうしてこの世界にいるんだ?」
ゼンは僅かに考える素振りを見せ、小さく目を瞑った。
「・・・実は私、現世に身体が残っております」
「え?」
「生きながらにして屍のような状態。 植物人間、と言えば分かりやすいでしょうか。 魂の在り方はここにいても未だ解明されておりません。 ただ私の心は既に現世にはないのでしょうね」
そう言って笑うゼンの顔が妙に寂しく思えた。
「ゼンの未練っていうのは?」
「・・・私の心残りはまさにそれ。 ずっと植物状態で死んでいるはずが生かされていることです。 悠久とまではいきませんが、長期に渡って私はここに存在しています。 生かしていれば金もかかる。
魂が戻るならそれもいいでしょうが、現に私はここにいる。 これ以上両親に負担をかけたくないのです」
「・・・」
結真は何も返す言葉がなかった。 だが何となく同世代とは思えない言動に納得いく気がした。
「無理にお言葉を考えなくても大丈夫です。 全ては私の私情なので」
「でも」
「明日のお仕事は全て私とレイにお任せください」
「え、じゃあ俺は?」
「ユウシン様は別のお仕事をしてもらいます」
そう言うと深く腰を折りゼンは出ていった。
―――おい、結真。
―――これは夢なんだろ?
―――・・・いくらなんでも、未練が重過ぎるって。
ゼンの未練が気になってしまい、この日はあまり寝付けなかった。 それでも一時間もすれば寝息が聞こえてくるのをゼンは部屋の外で聞いていた。
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