今日から神様!⑤




そこは漂着者専用となる正式な一室。 明らかに他とは一線を画し、重厚な扉を潜り抜けた後迎えた襖は流麗さすら感じさせる。 結真は思う。 まるで受験の面接の時に感じた緊張感だと。 

ゆっくりと襖が開きゼンとレイが正座で迎える中、一人の少年が緊張した面持ちで座っている。


―――レイも俺の側近なんだっけ?

―――明らかに俺を歓迎していないのに、仕事はちゃんとやるんだな・・・。


ここへ来るまでに簡単な説明は受けたが、細かいことは何も分からない。 雰囲気であるなら茶道にも似た所作が必要になりそうだが、結真は今だ夢だと信じて疑わない現状になるようになれと思っていた。 ツカツカと少年の前まで行こうとするとレイに睨まれた気がした。


―――まぁ、なるようにやってみるか!


ゼンとレイの間に座り少年と向き合った。 カオルは斜め後ろの全体を見渡せる位置に立っている。


「えーと、君が新しい漂着者?」


相手は子供のため、畏まった表現を避けた。 だがそれでも漂着者という言葉が分からないのか首を捻っている。


「歳はいくつ?」

「9歳」

「お名前は?」

「シンヤ」

「君の未練・・・。 いや、叶えてほしいことは?」

「雪が見たい」

「え? 雪?」


ここへ来るのは覚悟を決めた者だけと聞いていた。 現世でどうしても叶えられなかった未練というのだから、相当に深い理由に包まれた何かがあるのだと思っていた。 

だが少年が口にしたのはそのようなものとはかけ離れているように思える。


「うん、雪。 僕は沖縄に住んでいるんだけど、雪を一度も見たことがなくて。 だから冬休みになったら家族で北海道へ行こうっていう話をしていたんだ。 

 だけど冬休みに入る前に僕は河で足を滑らせちゃって、行けなくなった・・・。 だから家族のみんなで雪が見たい」


内容を聞き何となく理解できた気がした。 雪が見たいというのは彼の心に焼き付いた情念なのだ。 本当は家族での当たり前の日常が失われてしまったことが、雪が見たいという欲求に変換されている。 

だが結真は未練を聞いた後どうすればいいのかを知らない。 それが分かっていたのかゼンが片膝を立て少年に向き直る。


「分かりました。 シンヤ様の願いは絶対に叶えてみせます」

「本当に!?」


続けて結真も言う。


「あぁ。 俺も叶えるって約束する」

「ありがとう、神様!」


―――神様、か・・・。


まだ馴染みのない言葉に違和感しかない。


「ではシンヤ様は準備ができるまで、他のお部屋で待っていてくれますか? レイ」


ゼンがレイに目配せをするとレイは頷いてシンヤを連れて出ていった。 これから綿密に作戦を練る必要があるのだが、その前に聞きたいことを尋ねてみた。


「家族と一緒に見ることは可能なのか?」

「狭間の鏡で家族のもとまで行けるため可能です。 シンヤくんからご家族の姿は見えますが、ご家族からはシンヤくんの姿が見えません。 そういう状況になってしまいますが」

「なるほどな・・・。 可哀想だけどそれは仕方がないか。 ちなみに狭間の鏡って、どこへでも移動できるのか?」

「できます。 使えるのは望める場所に一度だけですが」

「それっていつの時代とか、いつの時期とかも変えられる?」

「いえ。 現世とリンクしております」


何となく某国民的アニメの便利アイテムのようだと思った。 もっとも一時間で生きていた頃の未練を叶えるなんて所業、このようなものでもなければまず無理だろう。 

それよりも現世においてはある重大なことが気にかかる。


「今はバリバリの夏なんだよなぁ。 冬だったら北海道へ飛べるから楽勝だったんだけど・・・。 いっそ山の上へでも行く?」

「仮に北海道へ飛べたとしても、シンヤくんのご家族がおられなかったら意味がありません。 ご家族も北海道へ行くよう手配しないと」

「あぁ、そうだった。 向こうへ行って一から北海道へ行く手続きをするって、それも時間的に無理か・・・。 あ、この世界で冬になるのを待てばいいんじゃね?」

「冬は来ません。 ずっと気候は春のままです」

「めっちゃ過ごしやすい季節!」


花粉症の人は地獄かもしれないと思う結真は幸い花粉症に悩む体質ではなかった。


「それに未練を叶えるには鏡を使ってでないといけません」

「そうだったな・・・」


―――どうしてこの世界では未練を叶えてはいけないんだ?

―――そういう決まりがあるのかな。


魂があるのなら未練の解消はどこででもいいと思ってしまう。 だが神職には神職のやり方があるのかもしれないため、今はあまり気にしないことにした。 ゼンと話しているうちにレイが戻ってきた。 

関係がこのままというのも嫌なため、何気なく声をかけてみる。


「おかえり、レイ。 どうしてシンヤくんを他の部屋へ移動させたんだ?」

「それくらい自分で考えたらどう?」

「ッ・・・」


―――相変わらず可愛くない奴!


「ユウシン様。 またの機会に色々とお答えいたします」


それを見かねゼンがそう言ってくれた。 ここでカオルが提案をする。


「やはりシンヤくんのご実家へ行って、そこで人工の雪を降らせるしかないですね」

「人工の雪? どこでどうやって作るんだ?」

「現世で作っている時間がないためこの世界で作ります。 作り方は簡単。 氷を削り、出来上がったふわっふわな雪を現世へ持ち込み、風で綺麗にシンヤくんの家に降らせる。 これが最善でしょう」


あまりにも夢がなさ過ぎる、現実的な叶え方だった。 どんな物凄い光景が見られるのかと思っていたところに拍子抜けしてしまう。


「いや、ここは有り得ない世界なんだからさ。 魔法とか使えねぇの? 天気を変えるとか楽勝だろ?」

「ユウシン様、残念ながらそういったことはできません。 お尋ねしますが、魔法で簡単に夢を叶えられて嬉しいものですか?」


ゼンに真顔で聞かれてたじろいでしまう。 神様なのだから不思議な力の一つや二つ使えるものだと思っていたのだ。


「ッ、いや、それは嬉しくないけど・・・」

「それと同じです。 この世界に魔法があるとすれば、狭間の鏡だけ。 あとは現世と何も変わらないのです」


―――何とも不便でつまらない世界・・・。


結真は心の中でそう悪態をついていた。 これでは雪が見たいと言った少年の頭の上でかき氷を作るようなものだ。 それで本当にいいのだろうかと思ってしまう。 

だが他に方法がなさそうなのは確かで、神職もそれでいこうと考えているようだった。


「そうと決まれば早急に雪を作らなければなりませんね。 手当たり次第、雪を作れるところを当たります。 ゼンとレイも協力してください」

「分かりました。 レイ、俺は東の方へ行く。 レイは西を当たってくれ」

「分かった」

「ユウシン様はお疲れでしょうから、ここでご休憩を」

「いや、俺も行く。 折角なら協力したいし」


そう言うとゼンは驚いた顔をした。


「・・・かしこまりました。 ではユウシン様は私に付いてきてください」

「足を引っ張らないでよね」

「レイ!」


レイの悪態にゼンが叱咤したが、レイは一人先にこの部屋を出ていった。


―――やっぱり俺はレイに気に入られていないらしい。

―――俺より一つ下で今のところ一番歳が近いから、仲よくしたいんだけどなぁ・・・。


好意的に見られていないが、結真は彼のことを気にかけていた。



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