今日から神様!④




「私の名前は楪馨(ユズリハカオル)。 是非カオルとお呼びください」

「へぇ、カオル・・・?」


名前の響きから女性のように思え、頭の中で飲み込んでいるうちに眼前までカオルは距離を詰めていた。


「わぁー! もう、ユウシン様のお口から私の名前を聞ける日が来るなんてッ!!」


赤くなった頬を隠すように手で押さえ、もう片方の手で結真の肩をバシバシと叩く。 仕草や言葉からしてもそっち系の人に思えてしまう。 改めて思えば薄い目鼻立ちで中性的。 

まさかね、そうは思わなくはないが、密室で二人きりは避けたいなどと考える。


「はは・・・。 あぁ、俺のことはユーシでいいよ。 その方が呼びやすいだろ?」

「ユーシ様がお望みなら、そう呼ばせていただきます」


―――カオルも未練があってこの世界に残っているんだよな・・・?

―――こんなに明るい性格で悩みなんてなさそうな人生を送っていそうなのに、一体何があったんだろう。


パーソナルスペースへの侵入速度が、乾いたスポンジが水を吸い込むくらいに早いことを除けばとても楽しそうな人だった。 厳つい神主で怒られるよりはいい。 

ただ神主で重職というのは伊達ではないのか、瞬時に一歩引き表情を引き締めたのは流石だった。


「ところで時間もありませんので、そろそろ仕事の話に移ってもいいですか?」

「あ、はい」


―――人格が入れ替わったかのようにオンオフ激しくね!?

―――つか、俺が神様だって認めたわけじゃないんだけど・・・。

―――まぁいいか、どうせ夢だし。


カオルは表情だけでなく目つきも変わっている。 どうやら仕事のオンオフがかなりハッキリと分かれるらしい。 この様子だと失敗したら怒られるといった可能性もありそうだ。


「ゼンから大体の仕事の内容は聞かされていますか?」

「えっと、神様の仕事は未練を持った人たちを無事成仏させることっていうのは・・・」

「その通りです」

「どうやって成仏させればいいんだ?」

「成仏すると決意し神様の前へ現れた者を“漂着者”と言います。 その漂着者から未練の内容を聞き、その未練を叶えてあげればいいのです」


仕事自体はとてもシンプルなことだった。 だがシンプルゆえに難しいということもある。 逃げ出した神がいるのだから、余程大変なのだろう。


「未練って、現世の後悔のことだろ? この世界で叶えるのは厳しくないか?」

「はい。 未練を叶えられるのは現世のみ。 そのために“狭間の鏡”を使うのです」

「挟間の鏡?」

「狭間の鏡はこの世界と現世が繋がっています。 その鏡を通じて現世へ戻り、未練を叶えるのです」

「へぇ、便利な鏡があるもんだな」


夢の世界であるなら何でもありだと思っていた。 だがそのようなものがあるのなら、未練のある者が勝手に未練を叶えに行けばいいのではないかとも思ってしまう。

もちろん手伝いが必要なら手伝えばいいだろう。 そんな結真の考えを見透かしたようにカオルは言う。


「もちろん制約はありますよ。 現世へ戻れるのは神様と神職、そして対象となる漂着者のみ。 現世の人には生きている神様のお姿しか見られません。 

 使用できる時間も一つの未練につき一時間だけと限られています」


死んでいる人間が見られないのは納得ができた。 だが時間制限があると聞き声を上げる。


「一時間だけ!? そんな短い時間で叶えられるわけがないだろ!」

「そのために私たちと神様がサポートをするのです。 この世界で綿密に策を練り、現世へ戻る一時間の本番で迅速に未練を叶えていく。 それが私たちの役目です」


長い人生で達成できなかったことが未練である。 それをいくら準備したからといって一時間かそこらで叶えることができるのか甚だ疑問だ。 

だが神主のカオルがやると言っているのならやるしかないのだろう。 今の結真に人がどんな未練を抱えているのか知る術はないのだ。


「・・・なるほどな。 で、もし未練が一時間で叶えられなかったらどうなるんだ?」

「未練が叶えられなかった場合、魂が消滅し虚無の世界へと落ちます」

「なッ!?」

「ですから漂着者も覚悟をした上でここへ来るのです。 ちなみに未練は狭間の鏡を使った上での現世でないと叶えてはいけません」

「この世界では叶えてはいけないということか」

「そういうことです」


そう言ったカオルの表情は今までにも増して真剣に思えた。 少しずつ積み重なる責任に押し潰されそうな気になってくる。


「・・・ちなみに俺、神様でも何でもない普通の人間で何の力もないんだけど、それでも大丈夫?」

「大丈夫です。 ユーシ様はちゃんと神様ですから」


―――いや、だから本当に違うんだって。


受けようか迷っているとカオルは襖を開き言った。


「そろそろ新しい漂着者が来る時間です。 ユーシ様、早速出番ですよ」


心の準備ができていないまま客室へと通された。



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