第32話 ゴンゴさんの告白
「ゴンゴさん!!」
俺たちが部屋に押し掛けると、ゴンゴさんはベッドからぼんやりと部屋の外を眺めていた。俺の声にゆっくりとこっちを向いて、いつもより弱々しく笑う。
「ああ、陽翔さんたち。もう来てくれたんですねぇ」
「そりゃ来るよ。ゴンゴさん、大丈夫……じゃない、か」
ゴンゴさんの痣は、前よりもかなり黒くなってしまっている。ゴンゴさんは気まずそうに頭を掻いた。
「実はですね、最近ちょっとお酒を飲み過ぎていたんです。そうしたら体調が悪くなってしまって、一気に転落です。昨日の夜から記憶がなくて、気が付いたらここに居て……。いやあ、参りました」
「だから言ったじゃない。お金もかかるんだから、酒なんて早くやめちゃいなさいって」
「すみません……って、メアさん。そんなに泣きそうな顔しないでくださいよー」
目を潤ませたメアが、ぷいとそっぽを向く。ゴンゴさんは「弱ったなあ」と頭を掻いた後、小さく呻いた。顔をしかめながら俺たちを見上げる。
「ああ、そうだそうだ。わざわざ皆さんにここに来ていただいたのは、一人が寂しかったからでなく、お話ししたいことがあったからなんですよ。エレンさん、近くには誰もいませんか?」
「うん。誰もいないよ」
「そうですか。それは良かった」
ゴンゴさんが話したい事? 俺の力のことだろうか。いや、でも最近は検査とかあんまりやってなかったし……。
詳しいことはわからない。だけど、魔素で弱ったゴンゴさんがわざわざ俺たちに伝えようとしていることだ。ちゃんと聞かないと。
ゴンゴさんは一つ大きく息を吐きだすと、口を開いた。
「皆さんは、私に隠して何かの計画を進めていますよね。恐らくは大っぴらに言えない計画を」
「!」
いきなりそこに踏み込まれるとは思っていなくて、驚いてしまう。まさかゴンゴさんが自分からその話題に踏み込んでくるとは思っていなかった。
ゴンゴさんは俺たちの反応を見て、「ああ、違うんですよ」と手を振る。
「皆さんを責めるつもりは微塵もないんです。私に気を遣ってくれていたことはわかっていますし、私も何も関わらずに見過ごすつもりでした。最近皆さんのところへ行っていなかったのもそのためです。離れて暮らしているとは言え私には家族がいますし、これ以上目を付けられることになったらたまったものじゃないと思っていましたから。……でも、こんな体になっちゃいましたからねぇ」
ゴンゴさんは情けなさそうに笑った。
「こんな風になってしまっては、家族にも会えず死を待つだけです。だから、自分の保身のことは考えず、あなたたちに協力したいと思いました。皆さんは、女王様に歯向かうつもりなんですよね?」
「……うん、その通り。意外と筒抜けだったかな」
エレンが決まり悪そうに答える。ゴンゴさんは「ただの勘ですよ」と笑うと、目を閉じた。
「皆さん、くれぐれも気をつけてくださいね。皆さんが立ち向かおうとしている相手は、ただの国の女王ではありません。もっととんでもない存在です」
「とんでもない存在?」
「ええ。エストレイン女王。彼女は魔物ですよ」
その衝撃の事実を、ゴンゴさんは淡々と口にした。思わず、「魔物?」とゴンゴさんの方へ身を乗り出す。
「魔物って、俺が取り込んだ魔物のこと?」
「動物が魔素を吸収し過ぎた際に、稀に生まれる魔物?」
「ええ、その魔物です。私達も動物ですから、魔物になり得る可能性はあるわけですね」
ゴンゴさんは当然のことのように話す。エレンは大きく目を見開いていた。
ゴンゴさんは俺たちを見回すと、「少し長い話になりますが」と前置きした。
「まずは、女王様の話から始めましょうか」
――私も、以前は城の研究室で働いていたものですから、女王様の話を耳にすることが多くありました。大体共通していた彼女の評判は、自己中心的。自分の美しさばかり気にして、我儘なことばかり言う、と。まあ、多分その評価は間違っていないと思いますよ。実際に私も、そのような印象を抱いていましたから。
ただ、意外と知られていないのが、女王様は王様をとても愛していたということです。彼女が美しさにこだわっていたのも、すべては最愛の夫の隣に美しい姿でいたかったからなんですね。
お二人はとてもお似合いの夫婦で、王様の国務が落ち着いたときには、二人で別荘に出掛けるほど仲良しでした。少し微笑ましい話でしょう。
しかし、悲しいことに、世界初の魔素の氾濫はその別荘で起こってしまったんです。
その日はよく晴れた暖かい日で、お二人は別荘の近くの小道を歩いていました。その別荘は森にあったので、少し散歩が出来る道も作っていたんですね。そんな穏やかな散歩中に、悲劇は起こってしまいました。
散歩道の途中で、突然夥しい量の魔素が噴き出してきたんです。国王は即死し、女王様だけが生き延びました。そして城に帰ってきた女王様は、亡き国王様の代わりに国を動かすようになりました。
どうして、同じ場所にいた女王様だけが生き残ったのか。私と研究所時代の友人には、それが不可解でなりませんでした。だからその友人が魔素で体調を崩したのを機に、二人で密かに調査を始めました。死ぬ前にどうしても真相を突き止めたい、その一心で。
結論を先にお伝えしたので、この先の展開はお分かりだと思います。女王様はたまたま魔素を体内に取り込んで変質し、半分魔物になったことで一命を取り留めました。それはほとんど奇跡だと言っても過言ではないでしょう。
しかし最愛の夫を目の前で亡くし、自らも不完全な魔物になり果ててしまった女王さまは、とても不安定な存在になりました。日に日に女王様は若く美しくなっていき、またどんどん正気を失っていくように思われたのです。
彼女は私達の研究室に多額の資金援助をし、魔素を克服する術を見つけ出せと命じました。女王様も不安だったんでしょうね。自分が人ならざる存在に変わり果てていくのが、きっと恐ろしかったのでしょう。
自分の国が魔物に操られているということを知った私たちは、これは放っておけないとすぐに研究室長に伝えました。女王は魔物だ、このままだと国が危ない、と。
しかし、室長は私達の訴えを一蹴し、国家に対して危険な思想を持っているとして研究室から追放しました。突然職を失った私は妻と子供に逃げられ、友人は失意の中で死にました。その後エレンさんに助けてもらってどうにか研究所に復帰し、これからは下手なことはするまいと、研究所の指示に従いながら生きてきました。
それが皆さんもよくご存知の、落ちぶれた研究員ゴンゴです。
「でもね」
長い話のあと、ゴンゴさんはぽつりと寂しげに呟いた。
「どうせ死ぬのなら、やっぱりあなたたちに話しておきたいと思った。せっかくここまで生き延びたのだから、私の友人の意志を伝えなければならないと思った。……もう一度言います。女王は魔物です。何を考えているのか、いえ、何をするかもわかりません。それでもあなたたちは女王に立ち向かうつもりですか?」
俺たちを見つめるゴンゴさんの目は真剣だ。俺はその目を真っすぐに見つめて、「もちろん」と頷いた。
「相手が何であろうと、俺の気持ちに変わりはないよ。むしろ、余計にエミリを助けなきゃって気持ちが強くなった」
「……あはは、陽翔さんらしいですね。あなたは……あなたたちは、いつだって勇敢だ」
ゴンゴさんは眉を下げて笑った。それから、俺たちをゆっくりと見回す。
「私から伝えたかったことは以上です。相手は魔物。くれぐれもお気をつけください」
「うん。ありがとう、ゴンゴさん。教えてくれて助かった」
女王は魔物になりかけていたから、エミリたちにあんな酷いことが出来たのか。だからといって許されるわけじゃないけど、でもきっと女王だって助けを求めているはずだ。相手が魔物なら、俺の力で何とか出来る……かも、しれない。
俺が考えていると、隣でメアとエレンが身を乗り出した。
「ま、後はアタシたちに任せなさい。余計な心配はしなくていいわよ」
「ゴンゴさんは今は体を休めるのに専念して。じゃないと良い知らせも伝えられないからさ」
「もちろん。それまでは絶対に生き延びますよ」
ゴンゴさんは元気にサムズアップする。俺たちが部屋を出ようとしたとき、ゴンゴさんが最後に声をかけてきた。
「皆さんは、私にとって……いえ、もっと多くの人にとっても、希望となる存在のはずです。皆さんなら、どんな困難なことだって成し遂げられますよ」
ゴンゴさんらしくない、ちょっと大げさなセリフ。でもゴンゴさんの顔はいたって真剣だ。
だから俺たちも茶化さずに、揃って頷いた。
「ありがとう。頑張るよ」
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