第33話 言い伝えと作戦前夜
作戦会議中、突然ロジクルさんが変なことを言い出したことがあった。
『エレンとは以前少し話をしたことがあるのだが、二人はこの歌を覚えているかな』
そう前置きして、ロジクルさんはある歌を口ずさんだ。
星の輝きが曇るとき 光をもたらすものは愛
すべて正しきに導く者と すべて受け入れる広き者
世界を超えしその愛は 希望の元に巡り逢わん
どうか我らをお守りください 我らの世界に光あれ
その聞き覚えのある歌詞に、俺はしっかりと頷く。
「もちろん。エミリが歌ってた歌だ」
『その通り。だが、メアとエレンは聞き馴染みがないだろう?』
「うん。ロジクルさんが歌ってるのを聴くまで、聴いたことなかった。アタシたちが歌ってる歌とは違うわよね?」
『これは、今歌われている歌の原曲だ。古代から何度か訳されたりしながら伝わってきた歌なんだが、子供が歌うには少し難しすぎるということで編曲された。編曲されたのは四十年ほど前のことだから、私達の世代はこちらの歌詞の方が馴染みがある』
なるほど、だからロジクルさんは古いバージョンをエミリに教えたのか。
その点では納得したけど、どうして今になってその話を始めたのかがわからない。俺が首を傾げていると、その空気を感じ取ったのか、ロジクルさんが再び話し始めた。
『陽翔にこの歌を歌うように言われてから、ふと考えていたことがあってね。予想というより空想に近いのだが……この歌は、陽翔とエミリを示しているのではないかと思ったのだよ』
「俺とエミリ?」
予想もしていなかった方向から話が飛んできたので、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「なんで? え、俺って歌になるほど有名だったっけ?」
「別に陽翔をモデルにした歌ってわけじゃないよ。説明するためにも、少しだけ二つの世界のことを話しておこうか」
エレンは呆れたようにため息を吐いて、口を開く。
「元々、僕たちの先祖と陽翔たちの先祖は一緒に暮らしていたんだ。それが、魔素の出現によって分かたれてしまった。魔素と共に生きることを選んだ僕たちの祖先と、自分たちの力で生きることを選んだ陽翔たちの祖先の二種類に。魔素は当時から有害だったから、魔素を巡っていろいろ大変だったそうだよ」
「へえ。じゃ、俺たちは長い時間を超えてこうして仲良くしてるってことか。そう考えると、普通のことなのにすごいことしてる気分になってくるな」
「まったく、考え方がノンキなんだから」
至って真面目に言ったのに、メアにはため息を吐かれた。メアは頬杖をついて兄の話をつまらなさそうに聞いていたけど、少し経って「あ」と呟いた。
「もしかして、歌の中の『世界を超えしその愛』が陽翔とエミリのことを言ってるっていうの? それはちょっと無理があるんじゃ……」
そう言うメアの表情は、どこか不満げだ。俺も隣で大きく頷く。
「俺としても、そんなスケールのデカい話にされると困るよ。正直、俺は我儘でこっちまで来てるんだからさ」
ただの片思いを拗らせた末の行動が、そんな高尚なものみたいに言われると困る。実際、俺は家族にも友達にも何の説明もせずにこっちへ来た無鉄砲で我儘な子供だ。
しかし、ペンダントを通じて聞こえてくるロジクルさんの声は楽しげだった。
『いいや、話はまだまだこれからだよ。この世界では、星の光は平和の象徴のようなものだ。それが、あの歌の中では「星の輝きが曇るとき」と言われている。この世界に何か悪いことが起きたことを示しているのだろう。
加えて、すべて正しきに導く者と、すべて受け入れる者。この二人は、君とエミリを示していると解釈できる。取り込んだ魔素をすべて分解して正しく還すのがエミリ、魔素をそのまま取り込み続けるのが陽翔、というように』
どうにも答えようがなくて、俺はエレンとメアを見た。メアの表情は冴えない。エレンは隣で「僕は面白い話だと思うよ」と言った。
「でも、そういう歌って、わざと曖昧にして誰にでも当てはまるようにしてるって聞いたことあるけどな。よくある占いみたいにさ」
『はは、思わぬところで現実的なことを言うね。これは私の空想だ。ふと思いついたから話しているだけで、そこまで重く受け止める必要はない』
そんな前置きをして、ロジクルさんは続ける。
『私の考えでは、この歌は将来訪れる危機を乗り越える方法を伝えるために歌い継がれてきたのではないかと思う。その危機とは何か? 未曽有の危機、魔素の大氾濫だ。そしてそれに呼応するように現れた、魔素に対して特殊な体質を持つ陽翔とエミリ。つまりだね――』
空想だなどと前置きしていたくせに、ロジクルさんの声はいたって真剣だ。メアやエレンが同じ内容を話していたら笑い飛ばせるのに、よりにもよって相手がロジクルさんなものだから、つい本当なんじゃないかと思ってしまう。ずるいよな。
『陽翔とエミリこそが、今のこの世界を救う。そのように思えてならないのだよ』
ロジクルさんの声は、最後まで真剣だった。
時間は流れ、作戦決行前夜。
冷たい風が頬を撫でたような気がして、俺は目を覚ました。まだ部屋の中は暗い。普段ならこんな時間に起きることなんてないのに。緊張してるんだろうな。
目を擦りながら体を起こすと、「あれ」と声が聞こえた。
「ごめん。起こした?」
顔を上げると、窓辺に座ったエレンが俺を見ていた。俺は首を横に振って、窓の方へ歩く。
「いや、エレンのせいじゃねーよ。エレンも寝れなかった?」
「当たり前だろ。灯り消してすぐ寝息が聞こえてきたから、陽翔って図太いなーって思ったよ。こうして起きてきてちょっとほっとしてる」
「図太いって……。メアはどうだろうな。ちゃんと寝れてるかな」
俺は窓辺に置かれていた椅子に座ると、すぐ傍の小さなドアを見た。この研究室内にある物置的な小さな部屋を、今は片づけてメアの私室として使わせている。だからメアがどうしているのかはわからない。
「アイツは肝が据わってるから大丈夫だと思うよ。僕が知る中で一番度胸があると思う」
「すげーなメア。いや、でもメアって頼りになるもんなぁ。わかるよそれ」
「本人が聞いたら喜ぶだろうね」
エレンが笑う。どうだろう。アタシのことなんだと思ってんのよ! って叩かれそうな気もするけど。
俺は大きく息を吐きだすと、項垂れて顔を両手で覆った。
「俺さぁ、不安なんだよね」
「わかるよ。僕も結構心細いし」
「エミリ、告白OKしてくれるかなぁって……いてっ」
ばちん、と頭を叩かれた。叩かれた意味がわからず顔を上げると、今度はエレンが額に手を当てて天を仰いでいた。
「やっぱり図太いよ陽翔。図太いっていうかズレてるよ」
「はあ? 俺こんなに悩んでるじゃん。繊細さの塊だよ」
「そもそもエミリさんと会えること前提なのが図太いんだよ。作戦が成功すること前提だ。僕は作戦上手くいくかなーって不安に思ってるのに」
「いやいや、待て」
呆れた様子で話すエレンに、俺は全力で首を振る。
「よく考えてみろよ。もう一か月以上も会ってないんだよ? 緊張するじゃん。しかも告白って、それはもうヤバいじゃん。俺の記憶だと結構脈アリかなーって思ってたんだけど、俺の記憶アテにならないし。そもそもエミリが俺のことどう思ってるのかもわかんないし……!」
「はいはい。君がエミリさんのこと大好きなのは、よーくわかってるよ」
エレンの返しのやる気がなくなってきている。俺は「それに」と続けた。
「ロジクルさんやリーダーやパクレさん、他にもたくさんの人と力を合わせるんだから、成功しないわけがないだろ。何よりエレンとメアがいる。三人で力を合わせれば出来ないことはないって信じてるから、余計な心配はしないんだよ」
俺たちの全力を出し切るんだから、逆に成功しなかったら困る。
俺がきっぱりとそう言い切ると、エレンは「図太いなあ」と笑った。
「メアにもそれ言ってあげてよ。きっと喜ぶよ。バッカじゃないのって」
「あー目に浮かぶ。それ喜んでんの?」
「アイツは感情を表現するのが下手だからね。メアは君の……」
そこでエレンは言葉を切った。少し黙ってから、「僕が言うのは違うよな」と呟く。
「エレン?」
「何でもない。今のはちょっと嬉しかったよ。おかげで緊張も和らいだ」
エレンは立ち上がると、大きく伸びをした。それから俺を振り返る。
「僕はもう寝るよ。クマのある顔で告白されても、エミリさんはOKしてくれないんじゃないか?」
「わかったわかった。俺も寝る」
俺も立ち上がって、ふと窓の外へ視線を向けた。
普段と何一つ変わらない風景。明日何が起きるかをまだ知らない世界は、いつも通りのんびりしている。緊張しているのは俺たちだけだ。
陽翔、と呼ばれ、俺は返事をしながら窓から離れた。
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