第34話 エミリ救出作戦―①
「あー、こっちですこっち。そうそう。で、ここに運んでおいて」
男の人の声が聞こえる。箱が揺れた拍子に頭をぶつけて、声が出ないように慌てて自分の口を塞いだ。
「重っ。この箱重くない? エレンー、何入ってるんだよ」
「皆さんが研究室に置いていった資料に決まってるでしょ。結構な量が置かれっぱなしだったんですから」
「あ、アタシも手伝うわ」
メアの声が近寄ってきて、箱がさらに揺れた。俺はじっと息を潜めて身を屈める。
「ごめんねーメアちゃん。お兄ちゃんの付き添いなのに、こんな力仕事させちゃって。うわ、メアちゃん力持ちだな」
「これでも村一番の魔法の使い手って評判だったんだから。少し魔法を使えば簡単よ」
「こんなご時世でわざわざ魔法なんて使わなくてもいいのに」
そんな会話が交わされながら、ゆっくりと箱が運ばれていく。しばらく進んだところで、急に動かなくなった。
「ここからはアタシが持っていくから大丈夫。もうすぐ荷物の運搬も終わるんでしょ? 副室長なんだから早く戻った方がいいんじゃないの」
「メアちゃんの言う通りなんだけど……一人で持っていける?」
「もちろん。さっきも言ったでしょ、村一番だって」
メアのどや顔が目に浮かぶ。それじゃあ、と男の人が離れたのがわかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとね、メアちゃん!」
パタパタパタ、と足音が遠ざかっていく。また箱が移動を始めた。やがてドンと雑に箱が下ろされ、蓋が開けられた。視界が少し明るくなる。
「ほら、着いたわよ。お待たせ」
「いてて……。ごめん、重くなかった?」
「重かった。アタシだったから大丈夫だったけど」
俺を覗き込んだメアが胸を張る。俺は箱の中から少しだけ顔を出した。狭くて薄暗い室内は、少し埃っぽい。
「じゃ、第一段階・荷物のフリをして城に潜入は上手くいったってことか」
「気を抜くのはまだまだ早いけどね。ここ、使われてない物置だから人が来る心配もないみたいだし、城の奴らが動き出すまではしばらくここにいて」
「了解。メアは?」
「アタシはお兄の様子見てくる。良いタイミングになったら戻ってくるから」
メアは物置のドアの前に立つと、にやりと笑って俺を振り返った。この刺激を楽しんでいるような顔だ。
「もしこの物置に人が来ることがあったら、すぐに隠れなさいよ。いいわね?」
「わかってるよ」
「うん。じゃ、行ってくるわね」
メアはすぐに物置の外へ出て行ってしまった。知らない物置に一人きりなのは少し不安なので、ロジクルさんのペンダントに呼びかける。
「ロジクルさん、ロジクルさん。聞こえる?」
『ああ、聞こえるよ。どんな様子だい?』
「無事城の中に侵入した。もう少し経ったら案内頼むことになると思うから、よろしくね」
『もちろん。転移用の魔法陣の方は?』
「メアがちゃんと描き上げてくれたよ。研究所の敷地内にある。すぐに城が見える位置だから、多分迷わないんじゃないかな」
『ありがとう。頼もしいよ』
ペンダントの向こうでロジクルさんが笑ったのがわかった。俺も頷いて天井を見上げる。シミがいくつか見えた。
『今から私たちは女王を敵に回すんだ。気を引き締めて行こう』
「相手は魔物だもんなあ……。俺もメアに強化魔法かけてもらいたかったな」
俺はあーあとため息を吐いた。
何度もメアに「強化魔法をかけてくれ」ってお願いしたんだけど、全部断られてしまった。陽翔には危なすぎる、って俺のことちょっとバカにしてるよな。
『強化魔法? ……まあ、今は自分に出来ることを精一杯頑張るしかないだろう。陽翔には特に働いてもらうことになるからね』
ロジクルさんにそう声をかけられ、俺は「うん」と頷いた。
確かに、メアにばっかり頼ってもいられない。ここから先何が起こるかはわからないけど、自分の力で切り抜けられるようにしないと。
俺はぎゅっと手を握りしめると、扉の外へ視線を向けた。
「とりあえずは、エレンとリーダーの合図待ちだな」
<エレン>
「それで、エレン」
荷物を運び終え、部屋に研究員たちが戻ってきたころ、室長がこちらを振り返った。どこかピリピリとした雰囲気を纏わせている。
「面白い仮説を立てた、とは言っていたが、今ここで話す必要はあるのか。私達は皆忙しいんだが」
「まあまあ、久しぶりなんですしいいじゃないですか。それに、エレンは必要もなしに人を集めるなんてことしないでしょう」
副室長が宥めながら部屋の中に入ってきた。周りの研究員も同調して頷くと、室長はため息を吐いてそっぽを向いた。
「手短に話すように。私は探し物をしなければならないんだ」
「わかりました。では早速話を始めましょう」
エレンはそう答えると、大きく息を吐きだした。心臓が痛いほど大きく脈打っている。緊張してるな、と笑った。
エレンに任された仕事は、研究員たちの目を引き付けることだった。陽翔やメアも頑張っているんだから、と自分に言い聞かせ、慎重に口を開く。
「実は城下町に来る数日前、僕は家の近くである痕跡を見つけました」
「痕跡?」
副室長が首を傾げる。
「はい。大きな魔法が使われた痕跡です。それと、何か変わった気配を感じました。あの特徴的な痕跡は、間違いなく王室に仕えている魔法使いでないと残せないでしょう。まだ痕跡は保存してあるので……」
「ま、待った!」
突然、室長が大声を上げて話を遮った。部屋中の視線が室長に集まる。室長は顔を青くして、うっすらと汗を浮かべていた。
「ま、待て。それ以上話すな」
「室長。エレンに当たるのは良くないですよ」
「どうかしたんですか? かなり自信のある仮説なんですが……。もしかして室長は、この話について何か思い当たることがあるんですか?」
研究員の一人がたしなめるように声をかけ、エレンは眼鏡の奥の目を光らせる。室長は言葉に詰まって少し沈黙した後、「待てと言ったんだ」と呻くように呟いた。
「面白そうな話だから、人を呼んでこようと思ったんだ。私が戻ってくるまで決して話さないように」
研究員たちがざわめく。きっと、エレンの話がそこまで重要なものだと思っていなかったからだろう。エレンは「わかりました」と笑った。
「ありがとうございます。わざわざ他の人も呼んできてくれるなんて、嬉しいです」
室長はエレンの礼も聞かず、既に部屋を飛び出していた。そして数分後、息を切らして部屋に戻ってきた。
「待たせたね。人を連れてきたから、エレン以外はこの部屋から出て行ってくれ。このままだと狭くなるだろう」
背後に引き連れてきたのは、とても話に興味があるとは思えない兵士たち十数人だった。
「どうして兵士たちが?」とさらにざわめきだす研究員たちが、兵士たちによって部屋の外に締め出される。兵士が出てきたことで研究員たちも露骨な抵抗は出来ないようだ。
バタンと荒い音を立てて扉が閉まり、部屋の中にはエレンの他に室長と兵士たちしかいなくなった。その状況に、エレンは内心でほっと息を吐く。恐怖や緊張もあるが、まずは安堵の方が大きかった。
――良かった。なんとか上手く行ったみたいだ。
想定よりも多い人数の兵士を引き付けることが出来た。扉の外では研究員たちが息を潜めているような気配もするし、今のところ作戦は順調だと言ってもいいだろう。
その安堵を悟られぬよう、エレンはわざとらしいほど綺麗な笑顔を浮かべて見せた。
「それでは、話の続きを始めましょうか」
そのとき、ドォンと重い音――作戦の開始を告げる音が、城を震わせた。
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