第31話 魔道具の依頼
手紙を出してから三日後の朝、俺とメアは城下町のとある民家の前で足を止めた。城下町の奥の路地に入った先にある、古い民家だ。
「ここだ……」
俺はガッシュさんから貰った手紙を握りしめる。ガッシュさんからの返事には、こんなことが書いてあった。
『そういうことなら、喜んで力になろう。俺の友人は城下町の古い住宅街に住んでいる。地図も同封しておくから、訪ねる時はその地図を参考にすると良い。
友人パクレは、店こそ営んではいないが、今も魔道具を作り続けているそうだ。陽翔たちが来たら依頼を受けるように頼んでおいたから、恐らく大丈夫だろう。変な奴だが腕は確かだ。
もし奴が言うことを聞かなかったら、俺に言いつけると脅せ。他にも何か困ったことがあったら、遠慮なく手紙で知らせてくれ』
俺は顔を上げると、ドアに手を伸ばした。隣でメアが俺を促すように頷く。コンコン、とノックした。
「すいませーん、ガッシュさんの案内で来――」
俺が言い終える前に、勢いよくドアが開いた。ドアがおでこにクリーンヒットして、俺は思わずその場にうずくまる。
「いってぇ!!」
「なんじゃなんじゃ! そんなところに突っ立ってないで中に入れ! そこのお前も、なーに人ん家の前で座り込んどるんじゃ」
「理不尽すぎんだろ……」
俺は痛みにギリギリと歯を食いしばりながら顔を上げる。中から顔を見せているのは、髭がやたらと長い、背の低い老人だった。間違いなくこの人がパクレさんだろう。
どうにか立ち上がって、メアに続いて中に入る。入ったすぐの部屋は居間らしく、すっきりと片づけられている。小さめではあるものの居心地のよさそうな空間だ。
しかし、パクレさんはそんな居間を完全に通り過ぎて、奥の部屋のドアを開けた。ガラガラガラ、と何かが崩れる音が聞こえてくる。
「……………」
俺たちが黙って顔を見合わせていると、パクレさんがこちらを振り返った。
「ほら、早く中に入らんかい。ここがワシの部屋じゃ」
その部屋の中には、壊れた魔道具が山のように積み上げられていた。そしてその山を掻き分けて作ったらしいスペースに、マグカップが三つ並んで置いてある。もちろん床に直置きだ。
「お、おぉ……。なかなかすごい部屋だな」
「そうじゃろう」
得意げなパクレさんの後に続いて部屋の中に入り、狭いスペースに二人腰を下ろした。パクレさんはといえば、山の上に埋もれたソファに腰かけて俺たちを見下ろしている。多分あそこが定位置なんだろう。
「話はガッシュから聞いたぞ。魔道具の依頼をしたいそうじゃな。良い良い。このパクレに造れぬものなどないからのう!」
パクレさんは楽しそうに声を上げて笑う。隣のメアはと言えば、眉間に皺を寄せて不審そうな顔をしていた。
まあ、ガッシュさんからの紹介だ。この人しか頼れる人はいないし、言うしかない。
俺は覚悟を決めると、パクレさんを見上げて話し始めた。
「じゃあ、早速作ってもらいたい魔道具になるんですが……」
俺が魔道具の構想を話し終えると、パクレさんは「ふむ」と髭に手を伸ばした。その目はいたって真剣だ。
「世間一般の魔道具とは一味違う感じじゃな。一回一回消費し、大砲と一緒に使うんじゃったか」
「はい。それが一番いいかなって」
「なるほど……。それを、なるべく多く作れと」
「お金は出せるだけ全部出すので、数が多い方が助かります。一発だとすぐに終わっちゃうんで」
パクレさんは髭を指で触りながら、じっと考え込んでいる。メアが足をパタパタと動かした。
「やっぱり難しいの? 出来そう?」
「バカもん! ワシに出来んモンなどないわ!」
すぐに怒鳴り返された。メアが「わっ」と俺の後ろに隠れる。ちゃっかり盾にしないでくれ。
パクレさんはゴミの山のてっぺんで立ち上がると、ぐっと拳を握った。
「人生を魔道具に費やしてきた男、それがワシじゃ! もしかしたらこれがワシの最後の作品になるかもしれん……。どうやってフィナーレに相応しい作品を完成させてやろうかと考えておっただけじゃ。完成する日まで首を長くして待っておれ! いや、首を長くする暇もなく完成させてやるわ!」
ガッハッハ、と高らかに笑うパクレさん。最後とかフィナーレとか言ってるけど、まったくそんな風には見えない。むしろ若者よりも生きる気力に満ち溢れてる感じがする。この人、魔素の悪影響とかまったく受けてないだろ。
「さあ、そうと決まれば早く帰ってくれ! ワシはこれから部屋に籠る!」
さあさあ、と急かされて、俺たちは慌てて部屋を出た。最後に部屋の中を覗き込んで声をかける。
「急なお願いですみません。よろしくお願いします!」
パクレさんは俺たちに背中を向けたまま、無言で親指を立てた。俺はメアと顔を見合わせてこっそり笑うと、すぐにパクレさん宅を後にした。
パクレさんの家から研究所に戻る。なんか、あの人の家に行っただけでどっと疲れたような気がする。只ものじゃないオーラを漂わせていたあの人が、ガッシュさんと仲がいいのも驚きだった。あの二人噛み合うのか。
「濃い人だったわね。アタシは嫌いじゃないけど」
「相変わらずの上から目線だな……。でもああいう変わった人ほど腕はすごそうだし、完成が楽しみだよ」
そんな風にのんびり話しながら帰っていると、呼び込みのおじさんに声をかけられた。
「そこの兄妹、うちでつめたーい飲み物買っていかないかい? うちの美味しいドリンク飲んだら、疲れもぜーんぶ――」
「誰が兄妹よ! どこに目ぇ付けてんの!?」
すぐに、メアが食らいつくように叫ぶ。おじさんは「うわっ」とのけぞると、そそくさと俺たちから離れて行ってしまった。厄介な奴らだと思われたに違いない。
メアは腰に手を当てて頬を膨らませる。
「まったく、アタシと陽翔なんて全然似てないのに。見間違えるなら他に……って、陽翔も何笑ってるのよ!」
「ご、ごめんって。メアがムキになって否定するのが面白くって、いてっ」
俺が必死に笑いを堪えていると、メアに背中をバシッと叩かれた。
笑いが収まってから、改めて口にしてみる。
「メアがどう思ってるのかは知らないけど、俺は結構メアのこと妹だと思ってるよ。70%くらいは」
「何よそれ。じゃあお兄は?」
「エレンは、40%は兄みたいな感じだな。40%が友達で20%が母親。美味しいごはん作ってくれるし……って、これ言ったら怒られるかな?」
「さあ……。普通の人だったら怒るだろうけど、お兄ヘンなところあるし意外と喜ぶかもしれないわね」
「だよな。今度ちょっと言ってみよ」
面白い反応をしてくれるかもしれない。
研究所の近くまで来たころ、メアが「でも」と呟いた。
「アタシはあんまりないわよ。陽翔のことを兄だと思ったことなんて」
その口調が不似合いなくらいに真剣だったので、俺は思わず足を止めてしまった。
「え、マジで? かなりショックなんだけど……マジで?」
「マジで」
「じゃあ俺のこと何だと思ってるんだよ」
「んー……」
メアは目を伏せて考え込む。考え込むほど俺ってボヤけた存在なのか。結構仲良くなれたつもりでいたんだけど。
メアは思案の後、いたずらっぽく笑った。
「教えない。ってか、教えたくない」
「なんだよ、それ……」
俺が大きくため息を吐いたその時、
「メア、陽翔!」
エレンが、走って研究所から飛び出してきた。留守番を頼んでいたはずなのに俺たちを探して外に出てくるなんて、何かあったに違いない。
俺達はすぐに駆け寄ると、「どうしたんだ!?」と聞いた。
「何か計画にまずいことでも……」
「いや、計画には関係ない。ゴンゴさんが……」
エレンは上がった息を整えるように一つ深呼吸をすると、強張った表情で答えた。
「ゴンゴさんが倒れた。魔素にやられて、もうあまり動けないみたいなんだ。死ぬ前に僕たちに伝えたいことがあるって」
えっ、と声が漏れた。ゴンゴさんが? この前会った時は元気そうだったのに。そんな急なことって……。
混乱に陥りそうになって、俺は慌てて頬を叩いた。痛みで目を覚ましてからエレンを見る。
「わかった。ゴンゴさんは今どこにいる?」
「研究所一階、廊下の突き当たりの部屋にいる。面会許可はもらってるから、すぐに会いに行こう」
俺たちは三人顔を見合わせて頷くと、研究所に駆け込んだ。
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