第30話 ヒントは手紙
メアもメアで舎弟を引き連れ、これで協力者は整った。後は計画の方を詰めていくだけだ。
研究室に戻った俺は、テーブルに突っ伏して唸っていた。
「どうしたの、お腹痛いの? あんなの食べるからよ」
「至って健康だよ。俺が悩んでるのは計画のこと。出来る限り調べてみたんだけど、やっぱ俺の使いたいものはこっちの世界にはないみたいなんだよ……」
ある前提で計画を立ててたから、昨日みんなに確認したところで破綻に気づいたのだ。今から計画を立て直すか? いや、でもなあ……。
「お兄とロジクルさんが知らなかったら、そりゃないでしょ。アタシもそんなの聞いたことなかったし」
「あー、ヤバいヤバい。めっちゃ啖呵切ったのにこのザマは笑えねぇ……」
俺が頭を抱えてジタバタしていると、窓の外からひらりと一通の封筒が舞い込んできた。窓際で本を読んでいたエレンがそれをキャッチする。
「ん、村からだ」
封筒を破いて中を確認したエレンが、ほっとしたような悲しそうな複雑な笑みを浮かべた。
「おばあちゃん、特に異常はないって。まだ眠り続けてるみたいだ」
「そっか」
良かった、とは言えない。
この手紙は、村人たちから定期的に送られてくるおばあちゃんの体調を知らせるものだ。異変があったらすぐに、異変がなかったら五日おきくらいに届く。
エレンは手紙に目を通しながら言った。
「ないんだったら作ればいいんじゃないか? 陽翔の頭の中にはイメージがあるんだろ?」
「作る!? 無理無理無理、職人じゃないと作れないって。大体作り方どころか材料も知らないし。何がいるんだっけ、火薬とか?」
「もう、そういうことじゃないでしょ」
俺が一人でまくしたてていると、メアに冷ややかな目線を向けられた。俺は「は」と動きを止める。
「そういうことじゃないって……?」
「絶対に陽翔が想像しているのと同じものを作らなきゃいけないわけじゃないでしょ? 似たようなものを使えばいい。この世界には魔法があるってこと、忘れないでよね」
メアが俺の目の前で、指にボウッと火を灯した。間近で揺らめく炎を見つめながら、俺は顎に手を当てる。
「でも、俺は魔法使えないし……。そもそも魔法ってそんなに融通が利くものなのか? 俺の求めてるものに沿う魔法ってあるの?」
「融通が利くのは魔道具の方かな。最近は魔道具の技術も進歩したし、魔道具屋に依頼するのも手かもしれない」
「魔道具屋……そういえば聞き込み途中で何件か見かけたな。魔道具屋に頼んでみるか」
確かに良いアイディアだ。立ち上がった俺は、メアと二人で城下町へ出掛けた。そしてその30分後には手ぶらで帰ってきた。
「駄目だ。どこも予約で埋まってる。オーダーメイドの魔道具作ります、なんて店がほとんどない!」
「それに、陽翔の依頼内容じゃ怪しまれるんじゃないかって思ったの。唯一依頼を受けてくれそうな店は『王室御用達』って掲げてたから、そのまま帰ってきた」
「あー、なるほど……」
エレンは眉間に皺を寄せて考え込んだ後、「そうだ」と俺に向かって手紙を突き出してきた。
「陽翔宛てに手紙。ガッシュさんからだって」
「ガッシュさん? 元気にやってるかな」
久しぶりに聞く名前に、少し心が躍る。俺は手紙を受け取ると、さっそく読み始めた。
『陽翔、元気にしているか。俺はなかなか賑やかな生活を送っている。お前のおかげだ。ありがとう。
ところで、お前は今城下町にいると聞いた。城下町はどうだろうか。俺がいた時と様子は変わっているだろうか。
一応それなりの期間城下町に住んでいたから、何か教えられることがあるかもしれない。答えられるかどうかはわからないが、何か困ったことがあったら気軽に聞いてくれ。
お前が探し人と無事に再会できることを祈っている』
その堅苦しい文面に、俺は思わず吹き出す。
「ガッシュさん相変わらずだな」
「でも楽しそうで良かったじゃない。ガッシュさんって村に来る前は城下町に居たのね。知らなかった」
「そうそう。城下町に店を構えて、時計と魔道具を――」
そこでハッとした。魔道具? そうだ、ガッシュさんは魔道具を売っていたと話していた。
『昔は城下町で魔道具と時計を扱ってた。魔道具に詳しい友人がいたから、そいつが商品を作って、俺が売って。もう閉めちまったが、この村に帰ってきてからは時計屋だった』
「エレン、便箋と封筒ってあるか!?」
突然立ち上がった俺に、エレンがびくりと背筋を伸ばした。目を丸くしながら「あるけど……」と俺を見上げる。
「じゃあすぐに欲しい! メア、手紙って最速でどれくらいで着く?」
「手紙だけなら、アタシが直接本気を出せば一日ちょっとくらいで行けるわ。往復させるようにも出来るわよ」
「天才!」
「ふふん、まあね」
メアが得意げにふんぞり返る。エレンが棚から便箋・封筒とペンを出し、こちらを振り返った。
「ガッシュさんに魔道具のことを聞くの?」
「いや、違う。ガッシュさんの友達が魔道具に詳しいらしいんだ。その人に手紙を出してもらう」
俺がエレンから手紙セットを受け取ろうとすると、ひょいと避けられた。エレンは自分の席で便箋を広げ、ペンを握る。
「陽翔の字、かなり汚いだろ。僕が代筆するから、陽翔は文面を言って」
ちょっと反論したかったけど、俺の字が汚いことは確かなので、ここはエレンの言葉に甘えることにする。だってこっちの世界の字って形が難しいんだよ。
俺は咳ばらいを一つすると、ゆっくりと手紙の内容を読み上げ始めた。
ガッシュさんへ。お手紙ありがとうございました。早速ですが頼みたいことがあって……。
普段紙に書きなぐってるときは汚いくせに、ちゃんと書くとエレンの字は綺麗だった。読みやすい。エレンに代筆してもらった手紙に封をして、返信用のメアの魔法をかけた便箋も同封しておく。
「じゃあメア、飛ばしてもらっていいかな」
「もちろん。行くわよっ」
メアは手紙を胸に当てて念じ始めた。やがて、まるで羽が生えたかのように手紙が浮き上がり、窓の外へビュンッと飛んでいく。かなりの速度で、すぐに点になって見えなくなってしまった。
手紙を送り終えたメアは、ふうっと息を吐きだす。
「ま、こんなところね。あとはガッシュさんから返事を待つだけ。久しぶりに本気出したから疲れちゃったわ」
「メアのおかげで助かったよ。ありがと」
「感謝の気持ちがあるなら、今度美味しいものでもごちそうしてよね」
メアが少し頬を膨らませる。毎日いろいろとカツカツなのでそんな贅沢なこと出来るかどうかはわからないけど、メアには世話になってるし何らかの形でお返しはしたい。いつか……。
俺は窓枠に手をかけると、身を乗り出すように手紙の飛んでいった先を眺めた。
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