第29話 二度目の勧誘

 俺、エレン、メアの三人は、またローブを着て城下町の西側へ足を踏み入れた。バリケードを乗り越えて中へ入る。二回目なので、前回ほどの緊張はない。


 中へ入って歩いていると、すぐに目の前に壁が現れた。いや、思わず壁って表現しちゃったけど、実際には違う。腕組みをして目の前に立ちはだかる、数人の男たちだ。どこか見覚えのある顔ばかりだから、多分この前メアに吹っ飛ばされた奴らだろう。


「気をつけろ。逆恨みしてるのかもしれない」

「ふん。気の小さい奴らね」


 俺が耳打ちをすると、メアは肩をすくめた。これだけの数を前にして、怯む様子はまったくない。俺の方はといえば、この前殴られたところが妙に痛くなって頬に手を当てていた。


 メアは俺とエレンの前に立ちはだかると、男たちに向かって胸を張った。


「周りに仲間がいなきゃ、アタシみたいな子供にも勝てないってワケ? なっさけないわね。思う存分かかってきなさいよ!」


 数秒間、メアと男たちは無言で睨み合う。ビリビリと空気が張り詰めるような緊張感に、俺は思わずごくりと息を呑んだ。


 そして、


「流石だぜ姉貴ィ!」


 男の中の一人が、そう叫んだ。それに呼応するように周りの男たちも叫び始める。


「やっぱり姉貴はカッケェな!」

「オレ達、姉貴にやられて気づいたんだ。子供だからってナメてかかってた、自分の浅はかさをな……」

「姉貴は、その蹴りでアッシらの目を覚まさせてくれた! そして思ったんだ。姉貴についていきたい!!」


 突然の大歓声に囲まれて、メアは呆然としていた。もちろん俺とエレンも訳がわからず突っ立っている。ついこの間まで敵対してたやつらが、今はメアのことを姉貴と呼んで慕っている。なんだこの状況。どうなってんだ。


「姉貴ならまた来てくれると思ってた! 会えると思って――ギエッ!」


 駆け寄ってきた男に、メアは無言のまま一発蹴りを食らわせた。男はそのまま地面にすっ転ぶ。

 まだ身体能力アップの魔法も使っていないはずだから、この前よりも威力は劣るだろうけど、それでも痛そうだ。


「これで目は覚めた? まさか本気でアタシのことを姉貴って呼んでるんじゃないでしょうね?」


 蹴りを入れたメアも困惑顔だ。しかし、転んだ男は脛を押さえながら呻くように答えた。


「本気っすよ……。でも姉貴ィ、脛蹴らなくてもいいじゃないっすかぁ……」

「それは謝る。ごめんなさい。……アンタたちが本気なら、アタシもやるしかない、か」

「メア?」


 エレンが心配そうに声をかける。メアはさっきまでの困惑顔から打って変わり、目をキラキラと輝かせていた。どうやら兄の呼びかけは聞こえていないらしい。


 メアはその辺りに置いてあった木箱に片足を乗せると、びっと虚空を指さした。


「慕ってくれるアンタたちのことを、放っておくわけにはいかないわ! アタシについてきなさい!!」

「「「「姉貴ィ!!」」」」


 あーあ、もう訳がわかんねぇ。一体俺の目の前で何が繰り広げられてるんだ? なんでメアは屈強な男たちに姉貴って慕われてるんだ? 


 俺がただただその異様な光景に呑まれていると、エレンに肩を叩かれた。


「メアが心配だし、僕はもう少しここに残るよ。陽翔はリーダーの男に会いに行って来たら? もし何事もなさそうだったらすぐに追いかけるからさ」

「あ、うん。そうだな。そうしよう」


 これ以上ここに居ても、正直何が起こっているかを理解することは出来ないだろう。俺はエレンの提案に頷くと、メアの取り巻きたちの脇をすり抜け、大砲のある奥へと向かった。




 大砲の前でリーダーを見つけた。暇を持て余しているように、煙草をふかしている。俺に気が付くと、「おぉ」と面倒そうな声を上げた。


「また来やがったか。諦めの悪ぃ奴だ」

「いろいろ真面目な話をしようと思って来たんだけど、まず先に聞かせてくれ。あれは何? 何が起こってんの?」


 話したい諸々のことを置いといて、俺はメアの回りの人だかりを指さした。リーダーも苦虫を噛み潰したような顔をする。


「ああ……アイツらはな、ちょっとおかしくなっちまったんだ。カワイイ女の子から気絶するくらいの蹴りを食らった経験なんてないだろ? そのギャップにやられちまったのさ。本気だから安心しろよ」

「安心? 安心かなあ……?」


 騙されてる心配がないなら良いかもしれないけど、それはそれで安心できる材料にはならないと思う。


「それで、テメェはそんな話をするためにここまで来たのか?」

「!」


 リーダーの言葉に、俺は現実に引き戻された。そうだ。メアとゆかいな仲間たちに気を取られてる場合じゃなかった。俺はしっかりとリーダーと向かい合い、「いや」と答える。


「もう一回話をしに来たんだ。城に囚われた女の子を救うため、どうか俺たちに協力してほしい」

「同じ話だったら聞かねぇぞ」

「女王たちは、この世界を捨てようとしている」


 俺はそう言って、研究所から盗んできた手紙を突き出した。リーダーの目が吸い寄せられるようにこちらを向く。


「……どういうことだ?」

「そのまんまの意味だよ。ここにも新たなる地って書いてある。女王はこの世界を捨てて、魔素の脅威がない場所へ逃げようとしてるんだ。自分に都合の良い人たちだけを集めて。それがこの星雲団」


 俺は手紙を指さす。リーダーの手から煙草がぽろりと零れ落ちた。


「なんだそりゃ。聞いたこともねぇ」

「疑うのも当然だと思うけど、この手紙には女王の印みたいなのが入っているらしい。それを調べてもらえばすぐに本当だってわかるはずだ」

「…………」


 リーダーはじっと手紙を睨みつける。


「まとめると、女王はこの世界のほとんどの人たちを見捨てて、自分たちだけ逃げようとしてるんだ。このまま何もしないでいたら、その計画は成功すると思う。生活がマシになることなんてまずあり得ない。それ、黙って見過ごせるのか?」

「…………んなワケねェだろ」


 俺の問いかけに、リーダーは吐き捨てるように答えた。俺は「そう言ってもらえると思った」と笑う。


「恐らくその計画には、俺が助け出そうとしている女の子も組み込まれてる。今回俺たちで騒ぎを起こしてその女の子を助け出せば、女王の計画に綻びが出ることは間違いないはずだ。これだったら、そっちにも戦う理由があるだろ?」


 リーダーはしばらくの間黙っていた。煙草をもう一本出して火を点ける。


「陽翔」


 背後から声が聞こえて、振り返るとエレンがこっちへ駆け寄ってくるところだった。エレンは何とも気の抜けた表情で笑う。


「多分メアのところは大丈夫。話はうまく伝えられた?」

「…………まだイマイチ信用出来ねぇんだよな。テメェらを」


 リーダーは煙草を摘まむと、その先を俺に向けた。


「そもそも、テメェらは何者なんだ? 突然現れて城に囚われてる奴を助けようって、胡散臭ぇんだよ」


 至極真っ当な指摘だ。俺は小さく頷くと、隣のエレンに聞いた。


「エレン、アレ持ってきてくれた?」

「持ってきたよ。本当は渡したくないけど……」

「大丈夫。安心しろって」


 エレンは不安そうに、鞄の中から箱を取り出した。ルービックキューブくらいの大きさで、上に蓋が付いている。

 俺はそれを受け取って、口を開いた。


「実は、俺はこの世界の住人じゃない。女王様が逃げようとしてる『新たなる地』から、もう一度女の子に会うために来たんだ。もちろん、その子は今城に囚われてる子だよ。違う世界から来た俺には、魔法も魔道具も使えないけど……」


 顔を上げると、リーダーはポカンとしていた。俺が何を言っているのかさっぱりわからん、と言った顔だ。まあ「百聞は一見に如かず」だよなと蓋を開ける。


 箱の中には、紫色の煙のようなものが渦巻いていた。昨日の夜、俺が少し遠出して捕まえてきた魔素だ。ゴンゴさんから、研究所で使っている超密閉容器を借りてここまで持ってきた。


 エレンとリーダーに少し離れるように言って、俺は箱の中に手を突っ込んだ。容器の中で圧縮したせいか、魔素はギュッと押し固められて固形になっている。相変わらず不思議だ。


 俺が立方体の形をした魔素を掴み上げると、リーダーがギャッと悲鳴を上げた。


「そんな俺にも、一つだけ出来ることがあるんだ。俺の覚悟を見ててほしい」


 手の中の、ルービックキューブ大の魔素。周りに影響を及ぼす前に終わらせないと。

 俺は深呼吸すると、そのまま魔素を口の中に押し込んだ。


「あぁ!?」


 リーダーが俺を指差して大声を出した。吐き出さないように両手で口を押さえて、魔素の塊を飲み込む。ごくん、と喉が鳴った。


「陽翔!」

「馬鹿、ドアホ! オレも目の前で死ねとは言ってねぇだろうが!!」


 すぐに二人が駆け寄ってきて、リーダーに強く背中を叩かれた。多分吐かせようとしてくれてるんだろうけど、一発の威力がえげつない。このままじゃ背骨が折れて死ぬ。


 俺は「痛い痛い」とリーダーの手から逃げるように距離を取ると、じゃーんと元気よく両手を広げた。叩かれた背中が痛いだけで、体調に異変はない。


「俺は、人よりも魔素を吸収出来るんだ。普通の人にとって致死量の魔素でも、俺なら多少は大丈夫」

「……は、生きてる? 嘘だろ。無効化できるってことか!?」

「無効化は出来ないよ。ただ、致死量が僕たちより遥かに多いってだけ。この調子で魔素を吸収し続けていればいずれ限界が来るだろう。だから僕はやめておけって言ったのに……」


 エレンが不機嫌そうに解説をする。相当ご立腹だ。俺は話題を変えるように、親指で自分を指した。


「そんなわけで、これが俺の自己紹介と覚悟だ。俺も命を懸けるくらいの覚悟は出来てる。何かあった時、役に立つようなら迷わずこの力を使うよ。何なら、もう一つ食べてもいいぜ」

「…………いい。テメェらの覚悟はよーくわかったよ。あー、肝が冷えた」


 リーダーは胸をなでおろしながら立ち上がった。ここまで心配されるとは思ってなかったけど、意外と面倒見が良いらしい。


 リーダーは砲台の横に立つと、一つ大きなため息をついてから俺たちを振り返った。


「陽翔って言ったな。いいぜ。オレらも手貸してやる。その代わり、絶対しくじるんじゃねぇぞ!」


 ビッ、と指を指された。俺はエレンと顔を見合わせ、吹き出すように笑う。そして、


「おう!」


 勢いよく、拳を突き出した。


 

 

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