第28話 「星雲団」

「エレン、その手紙は……」


 俺が恐る恐る聞くと、エレンはさらりと答えた。


「室長の部屋から持ち帰ってきた」

「お前、それ窃盗だよ」

「女王様に逆らおうとしてる奴が今更何を言ってるんだ? ここまで来たらやるしかないだろ」

「そうよ。なーに、今さら怖気づいちゃった?」


 やたらと覚悟が決まったエレンに、メアがニヤニヤしながら同調する。意地の悪い目を向けられたので、俺は一つ深呼吸したのちに、エレンの背中をバンと叩いた。


「ナイス。よくやってくれた」

「痛いよ」


 エレンは少し笑って、封筒から便箋を取り出した。封筒も上質な紙で、金色の綺麗な縁取りがしてある。

 エレンは封筒を透かして見ると、「女王の印があるね」と呟いた。


「これは間違いなく、女王が認めて送った手紙だよ」

「へえ、そりゃ内容にも期待できるな。メアもこっち来いよ。逆からだと見づらいだろ」

「ん」


 俺が声をかけると、メアはトトトと小さく足音を立てて駆け寄ってきた。俺の肩にそっと手を置いて、俺とエレンの間に顔を出す。


 エレンが開いた便箋には、文が数行並んでいた。


『デク殿

貴殿はその活躍により、女王様から星雲団の一員となる権利を授けられました。新たなる地への進出を許された、選び抜かれた精鋭である自覚を持ち、今後も女王様のためにその身を捧げなさい。

星雲団副団長 クリストフ・シモン』


 その中に見つけた覚えのある単語に、俺はハッと息を呑む。


「星雲団……!」

「知ってるの?」


 メアが驚いたように俺の顔を覗き込む。


「知ってるっていうか、ちょうど今日聞いたんだ。この前会ったヘルムさんって配達員、覚えてるか?」

「住宅街で会った人のことでしょ? その人が星雲団のことを?」

「ああ。ヘルムさんもどこかで名前を聞いただけだって言ってたけど……」


 俺が答えると、エレンが隣で腕を組んだ。眉間に皺を寄せて、難しそうな顔をしている。


「内容から推測するに、星雲団は少人数のグループのようなものだろうね。恐らく女王直属だから、書いてある通り選び抜かれた人しか入団できないんだろう。そして、この新たなる地への進出というのは……」

「俺たちの予想に当てはめれば、人間界に行くってことだよな。つまり、星雲団は人間界へ行くことを許された集団ってことになる」


 俺はエレンの後を引き継いで言った。メアが俺とエレンを交互に見てから、「はあ!?」と声を上げる。


「何それ、ありえないでしょっ。アタシたちは星雲団に招かれてない。ってことは、人間界に行く権利すら与えられないってことじゃない!」


 メアの抗議に、エレンが目を伏せた。


「……いや、こっちの方が現実的なんだよ。この世界の住人を全員人間界に連れて行くことなんて出来るはずがない。とてつもない人数なんだから。限られた人数でこっそりと行く方が断然楽な方法だ」

「それって……っ」


 メアが泣きそうな声で叫ぶ。


「アタシたちは、選ばれなかったその他大勢は、ここで死ねってこと……!?」


 エレンは答えなかった。歯を食いしばるように俯いただけだ。俺の肩を掴むメアの手の力が、縋るように強くなる。


 重い沈黙が研究室に満ち、俺たちはしばらくの間何も喋らなかった。メアの手の力が少し緩まったのを合図にするように、俺は立ち上がる。


「陽翔? どこに行くの?」

「腹も減っただろ。何か食べようと思ってさ」


 不安そうに見上げてくるメアに向かって、そっと笑いかけた。


「配達、頼むか」





 研究所の入り口に再び現れた彼は、俺たちを見てきょとんとした顔をした。


「あれ、陽翔くん。また君かい」

「数時間ぶりですね。よかった、ヘルムさんが来てくれて」


 もし違う人が来たらどうしようかと思っていた。


 ヘルムさんは配達用の箱を手にしたまま、はてなマークを浮かべている。俺はくるりと向きを変え、研究所の中へと一歩踏み出す。


「すいません、ちょっと中まで入ってきてもらえますか」

「え、ああ? ここじゃダメなの?」

「ダメです。少し話したいことがあって」

「……配達物のチキン、一つくれるならついていってもいいよ」

「あはは。一つと言わず、好きなだけ食べてもらっていいですから」


 そうして、ヘルムさんを連れて研究所内を歩く。研究所内をうろついている人は少ないので、誰にも会わないまま俺たちの研究室に到着した。


 ヘルムさんを先に中に入らせて、きっちりとドアを閉める。ヘルムさんは部屋を見回すと、困惑したように眉をひそめた。


「それで、話ってなんだろう?」

「星雲団のことです」


 俺がそう答えた瞬間、ヘルムさんの目が変わった。食いつくように「わかったのか!?」と聞いてくる。


「いや、そんなんじゃないです。もしかしたら俺の探してる子が関係してるんじゃないかって思って、どこで聞いたのかだけでも聞いておこうと」

「そういうことか……。でも、君の探している女の子は関係ないんじゃないかな」


 ヘルムさんは椅子の一脚に座って、腕組みをした。エレンが静かに、視線をヘルムさんに向ける。


「どうしてですか?」

「僕が星雲団って言葉を聞いたのは、貴族のパーティー会場なんだ。食材が足りなくなったとかで急遽配達を頼まれてね。そこでたまたま、貴族の方が話しているのを小耳に挟んだというか……」


 ヘルムさんは大きく息を吐きだした。


「どうにも嫌な感じがしたんだよね。それから頭から離れなくて、ずっと何のことだろうって考えてるんだ」

「どんな話の流れだったかは覚えていますか? 星雲団、としか言っていなかったわけではありませんよね」

「あー、覚えてるよ。星雲団員としてこれからはより一層仲良くやってこう、みたいな話。このご時世に未来の話するなんて余裕あるなーって思ったから」


 貴族たちが、星雲団員として仲良くやっていこうと話していた。

 

 一瞬思考に入りかけたけど、考えるのはエレンに回すことにして、俺は苦笑いを浮かべた。


「貴族かぁ。そしたら関係ないかもですね。俺の探してる子貴族じゃないし」

「そうだろ? 僕も配達中にまた探すよ。これで話は終わりかな?」

「はい。ありがとうございました。これ、お礼のチキンと飲み物です」


 俺が箱からチキンの包みと飲み物を手渡すと、ヘルムさんは嬉しそうに受け取った。


「ありがとう! 腹ペコなんだよね。ご利用ありがとうございました! これからもよろしくお願いしますねー!」


 最後に業務的な挨拶を残して、すぐに研究室を飛び出して行ってしまった。ヘルムさんの足音が完全に聞こえなくなった頃に、メアがため息を吐いた。


「これで確定ね。女王とつながりのある貴族たちも、人間界に行けることになってるのよ。ホントに腐ってるわ」

「ああ。となると、人間界も心配になってくるね」


 エレンが顎に指をあてて呟いた。俺も頷く。


「人間が住んでない場所は、環境が悪くて住めないところとか離れた島とかだろ。そんなところに女王や貴族が住もうと思うか? 住めると思うか? 俺には思えない。そもそも向こうには『魔法』があるんだから、魔法を使って人間界を乗っ取る方が手っ取り早い」


 それは、人間として見過ごすわけにはいかない。

 俺が拳を握りしめた時、メアがぽつりと呟いた。


「難しくって、わかんなくなってきちゃった」


 珍しく気弱な表情。俺はメアの頭に手を乗せると、ぽんぽんと軽くたたいた。


「大丈夫大丈夫。難しいことはエレンに任せて、俺らはもっと気楽に行こうぜ」

「……うん」

「そうは言ったけど、エレンもそんな難しい顔するなよ。せっかく奮発して配達頼んだんだし、冷めないうちに食べよう。な?」


 俺は箱の中からチキンの包みを取り出すと、二人の前に置いた。俺も一つ掴んで、これ見よがしにかぶりつく。


「ん、美味い」

「……ほんとだ。おいしい」


 俺に続いてチキンに噛みついたメアが、ぱあっと目を輝かせた。この顔を見ただけでも、ちょっと奮発した価値はある。俺はエレンとこっそり顔を見合わせて笑う。


「明日はもう一回反女王勢力のところへ行く。だから、ちゃんと食べて体力回復させるんだぞ」


 俺はそう声をかけて、またチキンにかぶりついた。

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