第42話 エミリ救出作戦―⑨
ロジクルさんの言葉を聞いた俺は、無意識のうちに手を握りしめていた。
あと少しだってのに、ここで作戦が行き詰まるとは思ってなかった。俺がエミリのところへ向かったことは兵士たちもわかっているはず。となると、もしかしたらもうエミリの家族のところに……。
「おじいちゃん?」
エミリの声で、俺ははっと現実に引き戻された。ペンダントを見つめるエミリに向かって頷く。
「ああ、ロジクルさん。一緒にエミリを助けに来たんだ。今はエミリの家族の救出に向かってるんだけど……」
「そうだったんだ。陽翔、ちょっといい?」
エミリはペンダントを摘まんで口元に引き寄せると、ペンダントの向こうへそっと呼びかけた。
「おじいちゃん、聞こえる? 私。エミリ」
ロジクルさんが息を呑んだのが、ペンダント越しでわかった。ペンダントから放たれる光が震える。それから、絞り出すように『ああ』と呟いた。
『陽翔に、会えたんだね』
「うん。おじいちゃんたちのおかげ。……それでね、お母さんたちのことなんだけど」
エミリは目を細め、宙を見つめている。必死に何かを思い出そうとしているようだ。
「私、聞いたことがあるの。お母さんたちが閉じ込められてるのは、他の罪人たちがいる牢屋じゃなくて、もっと別の場所だって。そこは突貫工事だったから、城下町の地下水路に繋がっているかもしれないって噂も」
『地下水路!』
ロジクルさんは、合点が言ったような明るい声を上げた。『それなら辻褄が合うな』と、恐らくメアに話しかけているであろう声も。
俺もそんな情報は初めて聞いたから、エミリに「それ本当か?」と尋ねた。
「噂だから本当かどうかはわからないけど……。でも、おじいちゃんたちは何か思い当たることがあるみたいだね」
「確かに。ロジクルさん、思い当たることがあるなら、すぐに確かめに行ってほしい。俺もエミリと一緒に脱出するから」
『わかった。……気をつけて』
ペンダントがふっと光を失った。俺はエミリを見る。
「多分、すぐに追手が来る。今のうちに逃げよう」
「うん」
エミリが力強く頷いた。俺はエミリの手を引いて、窓の外へと向かう。エミリが「え」と呟いた。
「陽翔、肩……」
「大丈夫。この程度大したことないよ。エミリが気にすることじゃない」
「……うん。ありがとう」
エミリは何か言いたいことを飲み込むように頷くと、窓の外を指さした。
「ここから下に飛び降りれば、お城の屋根の上に落ちるでしょ? そこには天窓があるから、それを壊しちゃえば中に入れると……」
そう話しながら窓の外を見たエミリは、「うそ」と目を見開いた。俺も窓の向こうに広がる光景に驚く。
何故なら、エミリの言っていた屋根の上には兵士たちが集まっていたからだ。エミリの部屋に入ってくるんじゃなくて、逃げ道を防がれていたのはちょっと予想外だった。
兵士の一人とバッチリ目が合い、俺とエミリは慌てて窓辺から距離を取った。賑やかになった窓の外とは対照的に、部屋の扉の外は静まり返っている。
「このルートじゃダメだ! 逆に普通に逃げる方が安全そうだし、この部屋出るぞ!」
「わ、わかった!」
俺は剣を構え、扉の鍵の部分に突き刺す。この鍵に特別な仕掛けはないらしく、すぐに壊れて鍵が外れた。代わりに込められた魔素は使い切ってしまったみたいだけど、出られただけでも十分だ。
体当たりするように扉を開け、部屋の外に飛び出した。
幸運なことに誰もいない。すぐ正面の螺旋階段を駆け下りる。
「この階段を下りたらもう一つ大きな扉があって、そこを抜けると渡り廊下に出るよ。渡り廊下の先はお城の四階で……」
「オッケー、そこからはわかる。あ、足元に気をつけろよ!」
「わかってるっ」
でも、多分嬉しいのだろう。階段を全部下りて後ろを振り返ると、エミリは残りの三段をジャンプで飛び降りていた。着地で少しよろめいたエミリに手を貸すと、エミリはちょっと照れたように笑った。
渡り廊下に繋がる扉には、鍵がかかっていなかった。薄く開けて外の様子を窺ってみても、兵士が構えている様子はない。
「誰もいない……? 俺たちがここにいることはバレてるはずだよな?」
「おかしいね。普段よりも見張りが少ない」
エミリも戸惑った様子で辺りをきょろきょろしている。何が起こっているのかはわからないけど、とりあえずラッキーだと思って逃げることにする。俺は扉を開けて渡り廊下に飛び出した。
渡り廊下に出て走っていた時、突然肺に鋭い痛みが走った。その覚えのある痛みに、思わず呻く。
「うっ……」
「陽翔!? どうしたの!?」
足を止めた俺に、エミリが悲痛な声を上げた。俺は答えることも出来ないまま浅い呼吸を繰り返す。深く息を吸うと、痛みで肺まで貫かれてしまいそうだ。
手足が痺れてきた。少し収まっていた脇腹や肩、膝の痛みまでぶり返してくる。呼吸を整えながら「大丈夫」と声を絞り出した。
「大丈夫。何でもない」
「大丈夫じゃないよ。顔色がひどい……」
「そうだとしても、今はここを出ないことには、どうしようもないだろ」
顔を上げると、エミリの澄んだ瞳が俺を覗き込んでいた。打ちひしがれたような顔をしているエミリが愛しくて、そんな顔させてごめんってなる。
俺は無理やり体を動かして歩き出す。ふらふらで歩くのもやっとの俺を、エミリが隣で支えてくれる。
また、森の中を走っていた時のことを思い出した。あの時はエミリとの記憶を思い出して魔素を克服したけど、今回はダメみたいだ。あれだけ待ち望んでいたエミリが隣にいるっていうのに、苦しさは増していく。
そもそも、俺は「魔素を人よりも吸収できる」のであって、エミリみたいに分解できるわけじゃない。城壁の罠の魔素、尖塔の格子の魔素も全部吸収したんだから、そろそろ限界を迎えても何もおかしくない。むしろよく持った方だと思う。欲を言うなら、もうちょっと持ってほしかったけど……。
「ごめんね。陽翔、ごめんね」
ずっとエミリが謝っている。エミリが謝ることなんて何もない。「謝るなよ」と言った声が、エミリに届いたかすらもわからない。
そうしているうちに、
「いたぞ!」
兵士の声が聞こえた。薄く目を開いて顔を上げると、三階へ繋がる階段の方から兵士たちが雪崩れるようにやってきた。エミリがおろおろと辺りを見回して、俺の手を引く。
「三階には下りられないみたい。とりあえず五階に行くね!」
一歩踏み出すたびに体中に激痛が走る。それでもここで足をとめるわけにはいかない。俺はエミリに手を引かれるまま、五階へ続く階段を駆け上った。
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