第41話 エミリ救出作戦―⑧
格子を隔てた先に、エミリがいる。エミリの青い瞳が俺を映している。
「陽翔……?」
ああ、声もエミリだ。ひどく久しぶりに聞いたその声に、思わず涙ぐみそうになる。痛みまでどこかへ行ってしまったみたいに、エミリのことしか考えられなくなる。
「ああ。陽翔だよ」
「うそ。なんで」
「エミリを迎えに来たんだよ。いつまで経っても登校してこないから」
エミリはまだ信じられないといった顔をしている。俺は格子を握り直して体勢を整える。
「今、そっちに行くから」
「ち、違うの……っ!」
エミリが震える声で叫んだ。大きく頭を振って、俯く。
「実は、私、あなたの幼馴染じゃないの。勝手にあなたの記憶を操作して、勝手にあなたの幼馴染になってただけ。……ごめんなさい。だから……」
「知ってるよ」
何を今更。俺は笑った。え、と小さく呟いて、エミリが顔を上げる。エミリの透き通るような青い瞳が揺れていた。
「全部知ってる。全部知ったうえで、俺はもう一度エミリに会いたいって思った。魔法なんかじゃない俺の本心で。だからここまで迎えに来たんだ。一緒に帰ろう」
「……でも……その格子には、魔法がかかってて……」
まだエミリは怯えている。エミリが怯えているものの正体には心当たりがあって、だから俺は「心配するなって」とまた笑ってみせる。
「魔法なんて俺たちの敵じゃねーよ」
そして、格子を握る腕に力を込めた。格子から紫色の霧が染み出して、俺の手の中に吸い込まれていく。いくら吸収しても溢れてくるから、確かに相当な魔法がかかっていたに違いない。でも、それは俺にとってはどうでもいい話だ。魔素の吸収に集中する。
少し経って、格子の魔素を完全に吸収した。こうなってしまえば相手はただの格子だ。俺は一つ息を吸って、背負っていた剣の鞘に手を伸ばす。剣の柄を握って勢いよく引き抜くと、光の刀身が現れた。
「うおっ、やっぱ実際に見るとすごいな」
俺は剣を見て、思わず声を上げる。これはエレンやメア、ゴンゴさんたちの魔力が込められた魔道具だ。この時のために用意してもらっていた。
輝く刀身からは、切れないものなんてないという自信を感じる。俺は格子から手を放し、窓の上側を掴むと、剣を握った右腕を振り下ろした。
「やあっ!!」
光の剣は、いとも簡単に格子を断ち斬った。刀身に触れた部分から、格子が溶けるように崩れ落ちていく。エミリは大きく目を見開いたまま、その様子を見つめていた。
尖塔の中に足を踏み入れる。エミリとすぐ間近に向かい合う。エミリはセーラー服を着ていたから、動きづらかったけど制服で来て良かったなと思った。
「エミリ」と彼女の名前を呼ぶ。まだエミリは信じられないといった様子で俺を見上げた。
「ごめん。あの時の俺は何も知らなかった。エミリが何を抱えて、どんなに苦しんでたか。何も知らずに、考えずに、のんきに暮らしてた。だから、あの質問にも答えられなかった」
目を閉じると鮮明に思い出すのは、エミリがいなくなった日、河川敷で交わした会話だ。
『だって、夢は夢だよ。いつか覚める。悲しい結末を迎えるってわかってるのに、かりそめの幸せを夢見てしまうのは、悲しいことじゃないのかな』
そんなあまりにも悲しい問いかけに、俺は答えることが出来なかった。
「でも、今は違う。多分だけど、あの時よりはエミリのことをわかってるつもりだ。エミリが苦しんで頑張ってたこと、あの時よりはわかってると思う。だから、答えられる」
俺はまっすぐにエミリを見つめた。もうあの時みたいに悩んだりする必要なんてない。躊躇わずに伝える。
「夢を見ることは、悲しいことじゃない。夢から覚めてしまったとしても、目覚めた後で幸せな夢を現実にすればいい。俺も一緒に頑張るから。だから……頼むよ。夢を見ること、幸せになろうとすることを、恐れないでくれ」
エミリがはっと息を呑んだのがわかった。綺麗な青色の瞳が、花火の光を受けて輝く。一筋の涙が彼女の頬を滑り落ちた。
「うん。うんっ……!」
涙を流しながら、エミリは顔をぐしゃぐしゃにして笑っていた。笑って、それでも涙が止まらなくて、何度も何度も手の甲で拭う。俺はそっとエミリの肩を引き寄せて、抱きしめた。
「ありがとう、陽翔。会いたかったぁ……っ」
「俺もだよ。ずっと、エミリに会うことばっか考えてた」
「ごめっ、んね。急にいなくなったり、して」
「気にすんなって。こうしてまた会えたんだからさ」
胸の中で泣きじゃくるエミリを宥めながら、俺は笑う。エミリを抱きしめる両腕に、無意識のうちに力が入る。もう二度と離したりしない。じわっと視界が滲んで、バレないようにそっと目を閉じた。
「ありがとう。ありがとう。助けに来てくれて、ありがとう……っ」
何度も何度も繰り返すエミリが愛おしい。別に俺の方だって大したことしてないんだけどな。ここまで来たのは俺のわがままだし、それに、エミリに助けられたのは俺の方だ。
俺の方こそ、と言おうとしたところで、突然『陽翔!』とロジクルさんの声が聞こえた。俺はハッと目を開き、胸元のペンダントを見る。
紫色に光るペンダントから、ロジクルさんの切羽詰まった声が聞こえてきた。
『大変だ。もしかしたら、私の家族は地下牢にはいないかもしれない』
<ロジクル>
時間は少し遡る。
ロジクルは、牢屋へ続く階段の近くで足を止めた。壁に身を寄せ、見つからないように辺りの様子を窺う。
転移先の研究所からここまで、意外とすんなりと来ることが出来た。陽翔たちが起こしている混乱の影響で、見張りの兵士たちが持ち場を離れたりしているからだろう。
久しぶりにこんなに体を動かしたな、と汗を拭っていると、すぐにメアが現れた。メアはロジクルを見て、きょとんとする。
「ロジクルさん。もっと遅くなると思ってたわ」
「研究員が転移先で人払いをしてくれていて、人の目を気にする必要がなかったからね。少し小太りの男性で、多分君たちの知り合いだと思うんだが」
「えっ、ホントに? ゴンゴさん、また無茶するんだから……」
メアは眉間に皺を寄せ、ぶつぶつと呟く。確かに彼はフラフラの状態だった。
今度はロジクルがメアに尋ねた。
「それより、怪我はないかな? ペンダントから聞くに、かなり危ない状況だったようだが……」
「それなら大丈夫よ。グエンが庇ってくれることも多かったから。ぜーんぶかすり傷」
そう笑うメアには、無理をしているそぶりはない。やはりメアには才能がある。陽翔よりエレンより、戦闘に優れているのはメアだ。
そんな会話をしているうちに、ちょうど階段の見張りが一人減った。何か招集されたらしい。今の見張りは二人だ。
「メア、今のうちに行こう。早く千代子たちを助けに行かなければ、間に合わなくなるかもしれない」
自分たちの狙いがエミリだと知られれば、危険が及ぶのは家族たちだ。その前に安全を確保しておくのが、今からの目的だ。
しかし、メアから返事は返ってこなかった。今にも駆け出そうとしていたロジクルは、背後を振り返る。
「メア?」
「……待って、ロジクルさん」
メアは耳元に手を当てて、大きく目を見開いていた。いや、正確には、手を当てているのは青色のピアスだろうか。
「お兄が動いてる」
「生きているのだから、エレンも動くことはあるだろう」
「そうじゃないの。城の外に出てるのよ」
それは確かに変だ。彼に任された役割はそう簡単に終わるとは考え難いし、もし何事もなく終わったとしたら、こちらと合流する予定だった。それが、城の外へ? 確かに何かあったに違いない。
「エレンが何かを伝える手段は、そのピアスしかないのだろう? エレンは無事なのか?」
「そこまではわからないけど……。でも、多分お兄はアタシに何かを伝えようとしてるのよ。アタシを城の外へ導いてる。そんな気がする」
そう答えたメアは、硬い表情でロジクルを見上げた。
エレンが、家族の救出に向かうロジクルたちをわざわざ外へと誘導する理由。そんなもの一つしか思いつかない。
メアは目を僅かに細める。
「もしかしたら、ロジクルさんの家族がいるのは、ここじゃないのかもしれない」
「ああ。私も今その可能性を考えていたところだ」
ロジクルも重々しく頷いた。直感に過ぎないが、何となく違和感がある。ロジクルはすぐに、懐から水晶玉の欠片を出した。
「陽翔!」
兵士たちに気づかれないように、しかし、切羽詰まった声でロジクルは呼びかけた。
「大変だ。もしかしたら、私の家族は地下牢にはいないかもしれない」
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