第36話 エミリ救出作戦―③
四階まで来ると、流石に矢も届かないらしい。ただ、すぐに追いつかれてしまうだろう。俺は走り続けながら、ペンダントに向かって呼びかける。
「四階に着いた! 渡り廊下ってどこだ、ロジクルさん!」
脇腹の痛みがまた蘇ってきた。ぐっと歯を食いしばって、どうにか痛みを堪える。
『中央の階段から登ったならば、しばらくは一本道だったはずだ。直線を抜けたら右に曲がってくれ。それから……』
「ロジクル?」
聞きなれない声にハッと顔を上げると、すぐ横の部屋から兵士が一人出てきたところだった。顔に大きな傷があるその兵士は、怪訝そうな顔で俺たちを見ている。
ここは狭い一本道。この人を突破するよりほかはない。下から上ってくる兵士たちの声もだんだん大きくなってきている。
「手荒なマネは、したくないんだけどっ」
そんなセリフを吐いて、メアが俺の前に出る。最高にカッコいい。ただ、走り続けていたおかげで、俺もメアもかなり息が切れていた。
傷のある兵士はしばらく俺たちを見つめていたが、やがて螺旋階段の方へと視線を向けた。
「急げ! 早く挟み撃ちにするんだ!!」
その声がすぐ間近に迫ってきているのを感じ、俺とメアはハッと後ろを振り返る。不意にメアに腕を引かれ、俺はバランスを崩した。
「うわっ!?」
どうやら、傷のある兵士がメアを部屋の方へ突き飛ばしたらしい。手を繋いでいたため、そのまま俺も引きずられてしまったようだ。
二人でドサッと部屋の中へ倒れこんだと同時に、部屋のドアが閉められた。変な体勢になったせいで、脇腹に鋭い痛みが走った。思わず床に這いつくばったまま呻く。
「陽翔っ。大丈夫? 動ける?」
「いってぇ……。動ける、けど、この状況で突破するのは難しくないか」
ちょうど、部屋の外から大勢の足音が聞こえてくるところだった。俺たちを追いかけてきた兵士が、この階に到着した足音だろう。この部屋に閉じ込められてしまった以上、今の俺たちに出来るのは、部屋の中から奇襲をしかけるくらいだ。
どこか隠れる場所はないか、と部屋の中を見回した時、部屋の外から声が聞こえた。
「おい、こっちに侵入者が来なかったか!?」
メアの顔が強張る。俺はメアの目をまっすぐに見て言う。
「あっちの棚に隠れよう。それで――」
「――いや、見ていないな」
ドアの外から聞こえてきた返事に、俺は大きく目を見開いた。見ていない? なんで、そんな嘘を。
「そんなわけがないだろう! 奴らは間違いなくこっちに行ったんだ! 本当に見ていないのか?」
「本当だ。そもそもどうして俺がそんな嘘を吐かなきゃならないんだ。魔法でも使って姿を消したんだろう」
「はあ……。姿を見つけられないのなら、そんなところだろうな。これで捕まえられなかったら散々だ……」
「もう一度下を調べ直した方が良いかもしれないな。俺はこの辺りを見ておくよ」
そんな会話が交わされ、足音が遠ざかっていく。少し経ってから、部屋のドアが開いた。
「あいつらなら行った。もう警戒しなくて良いぞ」
「……警戒するだろ、流石に」
俺は入ってきた男を睨みながら答える。傷のある兵士は「それもそうか」と息を吐きだすと、ドアを閉めた。
「俺はエミリの見張り役だ。お前らはエミリを救出しに来た、違うか?」
バタンという音を立てて、部屋が完全に閉ざされる。俺は目の前の男をじっと睨みつけたまま、必死で頭を働かせていた。
思ったより早くバレた。エミリがどうとか言ってるけど本当なのか? ロジクルさん……には、聞けない。ペンダントで連絡し合っていることを知られたら、すぐに奪われるだろう。この状況でメアを守るためにはどうすればいい?
俺が考えていると、兵士はなだめる様に手を出した。
「勘違いしないでほしいんだが、俺はお前らの敵じゃない。エミリを助けようとしているのなら、手を貸そうとも思っている」
「…………信用できないな。どうして、いきなり俺たちに協力するなんて言い出すんだ? そこを説明してもらえないと、こっちは信じられない」
時間稼ぎのつもりで、俺はそう聞いた。意図せず威嚇するような口調になってしまう。
俺の質問を受けた兵士は、小さく頷くと、ポケットから一枚の写真を取り出した。それを俺に手渡してくる。
警戒しながらそれを見ると、そこには小さな女の子が映っていた。まだ幼いのに、魔素の侵食がかなり進んでいる。しかし、小さなぬいぐるみを抱きしめて、嬉しそうに笑っている。
そのぬいぐるみに見覚えがあって、俺は「え」と呟いた。
「そのぬいぐるみは、エミリが俺の娘にくれたものなんだ。お誕生日にどうぞ、と」
写真を指さし、兵士は話し始めた。
「見ての通り娘はもう長くない。その話をどこで聞いたのか、娘の誕生日の数日前、そのぬいぐるみを渡してきてな。自分の力を込めたから、もしかしたら魔素の侵食を遅らせられるかもしれない……と」
もう一度、写真の中のぬいぐるみを見た。種類がよくわからない羽が生えた動物が、ニッコリ笑顔を浮かべている。俺がもらったニコりんと同じだ。やっぱりエミリらしいキャラクターだな、とぼんやり思う。
「それ以来、今まで感じていた疑いが膨れ上がってきたんだ。罪のない、心優しい少女を閉じ込めて自由を奪って、そんなことが許されていいのだろうか。いいわけがない」
その兵士は、グッ、と力強く手を握った。顔を上げて、まだ少し躊躇いの残る瞳で俺たちを見つめる。
「だから……お前らを見て、踏ん切りをつけた。あいつらに嘘を吐いた以上、俺はもう後には戻れない。俺に出来ることは限られているが、力は尽くすと約束しよう」
俺はもう一度、写真に目を落とした。ぬいぐるみを抱きしめた女の子が、この人を信じてもいいのだと、俺に証明しているように感じた。
メアを見ると、メアは俺にすべて任せるといった様子で肩をすくめた。
息を吸って、吐いて。一呼吸おいて、俺は頷いた。
「じゃあ、よろしくお願いします」
俺の返事を聞いて、傷のある兵士は「よかった」と少し笑う。
「俺はグエン。二人は?」
「俺が陽翔で――」
「アタシがメア。アンタに託すしかないんだから、ちゃんとしてよね」
協力してもらう立場なのにも関わらず、メアは相変わらずの高圧的な態度だ。多分、いきなり部屋に閉じ込められたことにまだ怒っているんだと思う。
グエンさんは軽くあしらうように片手を上げた後、ドアの方を見やる。
「まだ少し外が騒がしいな。一刻も早く動きたいのに……」
「あ、じゃあちょっと待って。メアに頼みたいことがある」
俺がそう言うと、隣でメアが「アタシに?」と首を傾げた。俺は頷く。
「ああ。メア、俺に強化魔法をかけてくれないか」
何度目になるかもわからない頼みを、俺は懲りずに口にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます