第22話 語られる真実
城下町を出発してから四日後、俺たちはおじいさんの小屋の前に到着した。スイスイ丸から降りたメアが、きょろきょろと辺りを見回している。
「すっごく近くまでは来たことがあるのに、この小屋があるなんて知らなかったわ。こんな辺鄙なところに住んでるなんて、よっぽどの変人ね」
「おい。陽翔の話から考えるに、おじいさんは相当な魔法の使い手だ。あまり失礼な態度をとるんじゃないぞ」
「わかってるし、そのくらい」
エレンに注意されたメアが、ふんとそっぽを向く。エレンはため息を吐くと、小屋のドアを指さした。
「それじゃあ、入ろう。先頭は陽翔にお願いしていいかな」
「当然。俺が訪ねるべき人だし」
俺は頷くと、小屋のドアに歩み寄った。手を握り、コンコンとドアをノックする。
「すいませーん。この前お世話になった、人間の陽翔です」
ドアの向こうに呼びかけると、すぐにドアが開いた。ドアの向こうには、あの日のおじいさん。おじいさんは俺を見ると、どこか悲し気に微笑んだ。
「久しぶりだね、陽翔。またここを訪ねてきてくれたということは……」
「はい。俺の幼馴染……いや、エミリを見つけました。俺はエミリに会いたいんです」
「そうか。そう言ってもらえて、嬉しいよ」
俺の言葉を聞いて、おじいさんは噛みしめるように頷いた。それから、俺たちを招くようにドアを大きく開ける。
「ちょうどいいタイミングだったね。中でゆっくり話をしよう。後ろのお二人も、さあ」
おじゃまします、と頭を下げて、俺たちは小屋の中に入った。
棚の上では、この前よりも大きな水晶玉が紫色に光っている。俺たちはおじいさんに促されるままに、木製テーブルを囲んで座った。
「長い話になる……。ああ、かしこまらなくていいよ。ゆっくり聞いてくれればいい」
おじいさんは奥の小さなキッチンでお湯を沸かしながら、言った。
「まず自己紹介をしようか。私はロジクル・ケントニス。エミリの祖父だ」
えっ、と俺たち三人の声が揃った。視線がキッチンのロジクルさんに集中する。
エミリのおじいさんって、この人が?
何の前触れもなく明かされた衝撃的な事実に驚いたけど、兄妹は別のことに対して驚いているようだった。メアがロジクルさんの方へ身を乗り出して尋ねる。
「ろ、ロジクルって、有名な魔法使いの!?」
「はは、私を覚えてくれているなんて嬉しいな」
「当然ですっ。ロジクル様と言えば、エストレインで一番の魔法使いだから……」
上ずった声で答えるメアを見て、また驚愕する。大体誰に対してもふてぶてしいメアが、こんなにもかしこまっている。しかもエストレインで一番の魔法使いって……。
ロジクルさんはまた笑って、「昔の話だよ」と言った。
「今は、この辺鄙な森で死を待つだけの老人だ。さて、どこから話そうか……。私の妻の話から始めようか」
小屋の中にお茶の良い匂いが漂ってくる。ロジクルさんは静かに話し始めた。
「私の妻は、陽翔と同じ日本から来た人間だ。確か、陽翔と同じくらいの年だったかな。五十年ほど前にこの世界にやってきて、この森で倒れていたところを見つけたのが出会いだった。
彼女は自分の世界に帰りたくないようだった。だから、私の家に連れて行って一緒に暮らし始めたんだ。日本語も、その時に少しだけ覚えたんだよ。数年後に私達は結婚し、息子も生まれた。そして、息子夫婦の間に生まれたのが、君も良く知っているエミリだ」
ロジクルさんは、湯気の立ち昇るティーカップを四つ運んできた。人間に関する研究をしているエレンにとってこの話はとても興味深いものらしく、食いつくように質問する。
「息子さんに、特殊な体質などは見られなかったんですか? 違う世界の人の血を受け継いでいるんですよね?」
「息子には何も変わったところはなかったよ。しいて言うならば、少しだけ魔素の分解能力が弱かったくらいだ」
「息子さんには」
「細かい部分に気が付くね。そう。孫のエミリは、特殊な体質を持って生まれてきた」
ロジクルさんはお茶を一口飲んで、続ける。
「あの子を見たのなら、わかるだろう。あの子の白い肌。エミリは、並外れた魔素の分解能力を持っていた。この魔素の大氾濫の中でも、その影響を全く受けないほどね」
そういえば、と思い出す。エミリは人間界にいる時から、ずっと変わらない透き通るような白い肌だった。こっちの世界の人たちは、魔素に蝕まれて体のあちこちが変色しているのに。それは魔素の分解能力のおかげだったのか。
「ただ、その分解能力のせいで、一切魔法が効かなかったし、使うことも出来なかった。魔法は、魔素を呪文で何らかの力に変換しなければ使えない。しかし、エミリは変換する前に全て分解してしまうんだ」
「それは……すごいわね。ケタが違う」
メアが半ば呆れたように首を振る。
「そう。どうやっても目立ってしまう。だから、五年前のある日、家に兵士たちが攻め入ってきた。人間を匿っていた罪とか何とか言って、な」
ロジクルさんの表情が険しくなった。怒りを抑えているのだろうか、ティーカップが小刻みに震えている。
「そしてあっという間に息子夫婦と妻を捕らえ、投獄した。私はそれなりに名を馳せた魔法使いだったこともあり、むやみに扱えなかったのだろう。エミリの願いもあって、私は投獄されることなく、城下町から離れたこの小屋で暮らすことを命じられた」
「エミリは? エミリはどうなったんですか!?」
俺は思わず食い気味に聞いた。ロジクルさんは静かにティーカップを置いた。
「エミリは、その特殊な魔素分解能力を利用するため、城の尖塔に閉じ込められた。魔素の影響を受けない存在は、魔素氾濫を解決する鍵になるかもしれないし、もし歯向かわれると厄介だ。だから奴らは、エミリの家族を人質に取り、無理やりに従わせることにした」
「じゃあ、エミリは五年前からあの尖塔に……?」
「うん。祖父である私も、この間久しぶりに会ったほどだからね。きっと……ずっと一人きりだっただろう」
エミリの笑顔を思い出す。いつだって俺に元気をくれたエミリは、そんな辛い過去を抱えていたのか。気づかなかった。気づけなかった。俺はいつもエミリに甘えてばかりで、彼女のことを深く知ろうとしなかった。
後悔したらキリがない。冷めたお茶を一気に流し込んで、ロジクルさんに尋ねる。
「今まで尖塔に閉じ込められていたエミリが、どうして人間界に来たんですか? ええっと、いや、ちょっと待て。そもそも、俺が会ったのは本当にエミリだったんですか?」
「君が会ったのはエミリで間違いないだろう。エミリは一か月間、人間界に偵察に行っていた」
「偵察? エミリ一人で? 何のために?」
「……申し訳ないが、ここから先は私も詳しく知らないのだよ」
ロジクルさんは眉を下げ、小さく首を振った。
「一見自由気ままに暮らせているように見えるけれど、実はこの小屋は常に監視されているのだよ。少しでも変な動きをすれば、すぐに牢の家族に危険が及ぶ。だから下手に詮索も出来ず、少しだけ偵察の準備を手伝ったに過ぎないんだ」
無念そうなその表情に、俺は乗り出しかけていた姿勢を元に戻す。ロジクルさんは今もいろいろな縛りの元で暮らしているのだろう。ん? ってことは……。
「それ、今も監視されているってことですか!?」
「いいや。今は監視の魔法は誤魔化してあるよ。あの水晶玉でね。いやぁ、あれは五年間の私の血と汗と涙の結晶と言っても過言じゃない」
ロジクルさんは棚の上の水晶玉を指さした。俺が初めてここを訪れた時よりも、数倍デカくなっている水晶玉。
「不思議だとは思わなかったかな。何故、陽翔が来た時すぐにこの話をしなかったのか。そうしたら、陽翔は城下町へ行く必要もなかった。命を魔素の危険に晒すこともなかっただろう。
答えは簡単。話をする間もなく、試作段階だった水晶玉が壊れてしまったからだった。水晶玉が壊れれば、陽翔の存在が城の奴らに知られてしまう。それだけは何としてでも避けなければならないと思って、遠回りな方法ではあるけれど、君に直接エミリを見てもらうことにしたのだよ。君が城下町へ行ってここへ戻ってくるまでには、完全な監視妨害装置も作れるだろうと思ってね」
ロジクルさんは片目を瞑る。それから、テーブルに手をついて俺たち三人を見回した。
「長話になったけれど、私が伝えたいことはこれだけだ。どうか、エミリの……私の孫の救出に、手を貸してくれないだろうか」
ロジクルさんは真剣な瞳で、俺たちにそう訴えた。
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