第20話 星送りの祭

 翌日、星送りの日がやってきた。


 星送りが終わった後にすぐ出発できるように、先に荷物をまとめておく。宿泊費を節約するため、今まで俺たちはエレンの所属している研究室で寝泊まりさせてもらっていた。職権乱用だよな、と思う。別に誰も咎める人はいなかったんだけどさ。


 星送りの祭りが本格的に始まるのは、日が暮れた午後七時頃から。その少し前の午後六時に、ゴンゴさんが見送りに研究室を訪ねてきた。


「あっという間で、ほとんど何もお役に立てませんでしたねぇ。すみません。これ、今までにわかったことをまとめたメモです」

「ありがとう。また戻ってくるから、その時はまたよろしくお願いしますね」

「もちろん。それまでにもっと調べておきますよ。もちろん口外せずに」


 ゴンゴさんはサムズアップして笑う。この四日間でわかったのは、俺の体内に蓄積している魔素が致死量の二倍ほどだということと、エレンの「推測」だけだった。その他にもいろいろ調べてはいたけど、俺が知っているのはそれだけ。


 とりあえずエミリのことをハッキリさせてから、おばあちゃんのためにまた研究所に戻ってくることになっている。俺のこの謎の力でおばあちゃんを助けられればいいなと心の底から願っている。


 エレンは受け取ったメモをしっかりと鞄に仕舞うと、俺たちを振り返った。


「それじゃあ行こう。もうそろそろ祭りも始まっているはずだよ」


 


 祭りが行われているのは、主に町の中心部だった。多くの店が、星送りの日限定のテイクアウトメニューを看板に掲げていて、人も多い。数年前まではこれに加えて出店もあったというのだから、相当大きな祭りだったのだろう。


 今日はいつもに増して人が多く、あちこちで子供の姿を見かけた。すれ違う人たちのほとんどが、食べ物を手にしている。いい匂いが漂っているせいで、俺のお腹がぎゅるると情けなく鳴いた。


 エレンは先に会場で場所取りをしてくれているので、俺とメアで食べ物を買いに来ている。


「店が多いな。メア、何が美味しいかとか知ってるか?」

「当然でしょ。今日のために勉強したんだから。さ、ついてきなさい!」


 メアは待ってましたと言わんばかりに胸を張ると、スタスタと歩いて行ってしまった。その小さな背中が人の波に飲まれないうちに、と追いかける。


 メアが案内してくれたのは、やたらとキラキラしたかわいい系の店だった。いかにも女子が好きそうな店だ。

 この店の看板メニューは、薄い生地でクリームを巻いたクレープのようなスイーツ。星送りということで、星を模したキラキラの何かがクリームの中に混ぜられている。それが何なのかは説明されなかった。


 それを三人分買って、店の外に出た。メアはお目当てのスイーツを手にして目をキラキラと輝かせている。こんなに幸せそうな顔をしているメアも、なかなか見ない。


「すごい。かわいい。きれい」

「女子の好みって全世界共通なのかな。クラスの女子の間でも人気でそう」


 見栄えもいいし、SNSに上げる女子が続出しそうだ。きっとエミリも気に入るだろうな。


 メアはしばらくスイーツを前にプルプルと小刻みに震えていたけど、やがて顔色を窺うように俺を見た。


「一口だけ、食べていい……?」

「いいよ。食べたかったんだろ」

「やったっ」


 ぱくり、とかぶりついたメアが、またぱあっと顔を輝かせる。


「おいしい……! 陽翔も食べてみて」

「え、俺はエレンと合流してから食べようと思ってたんだけど」

「一口だけだから!」


 仕方がないので、メアに促されるままにスイーツに噛みつく。もちもちした皮と、やたら甘いクリーム。クリームの中にはサクサクしたものが混じっているから、多分このサクサクがキラキラしているやつなんだろう。甘いけど美味い。


「ん、美味い。このもちもちサクサクが……ってメア、もう半分食ってるじゃん! 一口だけって約束はどこに行ったんだよ」

「だって、一口食べちゃったら我慢できなかったし……」

「あーあ。エレンの分は食べたらダメだぞ」

「何よその子供に言い聞かせるみたいな言い方!」

「実際やってることは子供だろ」


 ぐっ、と言葉に詰まるメアを見て、声を上げて笑う。「性格悪っ」と、メアがぶつかってきて、また笑う。


 それでも思い出すのは、やっぱりエミリのことだった。祭りの日、エミリと屋台を回ったことを思い出す。幸せだった、過ぎ去ってしまったあの時間。どうしようもなく過去の瞬間を重ねてしまう自分に、少し嫌気がさす。


「……うりゃっ」

「んぐ!?」


 突然、口に何かを突っ込まれた。甘い。意識を現実に引き戻すと、メアが眉を吊り上げて、自分のクレープを俺の口に突っ込んでいた。


「だーかーら、こんな時に辛気臭い顔してるんじゃないわよ。これでも食べて元気出しなさい」

「…………ふぁひはほ」

「せめてちゃんとした言葉を話しなさいよね」


 俺はクレープを嚙み切って、もぐもぐと咀嚼する。甘ったるい。でも何故か、さっき食べた時よりも少し美味しく感じる。


「メアのやつ、もうほとんど残ってないな」

「誰のせいだと思ってるの?」

「ほとんどお前が食べてるんだよ。途中で美味しそうなドーナツ屋見つけたし、そこに寄ってからエレンのとこ行くか」

「ドーナツ!」


 メアがぱあっと顔を輝かせる。そうして、俺とメアは肩を並べながら、はぐれないように歩いた。





 流星群を見る会場は、城下町の中でも少し高いところに造られた公園だ。メアのピアスのおかげで、難なくエレンと合流出来た。「楽しかった?」と笑うエレンに、クレープを渡す。


「ありがと。もうすぐ始まるよ」


 エレンはクレープに噛みついて、空を見上げる。俺も同じように空を見上げた。よく晴れた夜空。エレンによると、記録に残っている限り、星送りの日に天気が悪かったことは一度もないらしい。織姫と彦星がさぞ羨ましがることだろう。


「願い事って、やっぱり流れ星が光ってる間しか駄目なの? 俺の住んでたところだとそうだったけど」

「流れ星って一瞬でしょ? そんなの出来るの?」

「いや。そうそう出来ないから、出来たら願いが叶うって言われてるだけだと思う」


 それを聞いたエレンは、おかしそうに笑う。それから、どこか得意げな笑みを浮かべた。


「心配しなくていいよ。ちゃんと願い事をする時間はあるから」


 そのとき、空の隅っこで小さな光が瞬いた。それを合図とするように、いくつもの星が空を横切り始める。数多の光が線を描くようにして流れていく様子は、まるで星の雨が降り注ぐようだった。


 人間界では目にすることが出来ないであろう絶景に、俺は息を呑む。今まで魔素だの魔法だの魔物だの、ありえないような存在を目の当たりにしてきたけど、そのどれよりも今目の前に広がる絶景は現実離れしていた。


 「言っただろ」とエレンが笑う。


「願い事をする時間は、たっぷりあるって」


 確かに、流星は途切れることがない。俺は一つ深呼吸をすると、星に向かって祈った。


 エミリが見つかりますように。

 無事に人間界に帰れますように。

 エレンとメアのおばあちゃんが助かりますように。

 いや、魔素の問題が片付いて、エレンもメアもみんな無事に暮らせますように。

 エミリと……また、前みたいに笑いあえますように。


 そんなバカみたいに幸せな願い事を伝えて、俺はまた流星群を見上げる。そのとき、


「ユーレイユーレイ!」

「ユーレイいた!」


 子供の囁き合うような声が聞こえてきた。ハッと辺りを見回す。

 ユーレイ。貼り紙に落書きされていた言葉だ。つい声の主を捜してしまう。


 視線を彷徨わせると、すぐ近くに双眼鏡を手にした男子三人組がいることに気づいた。小学校低学年から中学年くらいだろう。そいつらはお互いに顔を見合わせて頷くと、人の間をすり抜けて、公園の出口へ駆けていった。その保護者らしき人たちは、流星群と酒に夢中で気づいていない。


 ユーレイ。そういえば、どうしてエミリの貼り紙にそんな言葉が落書きされたんだ? 本当に、ただの脈絡のないイタズラだったのか? 


 俺はほぼ無意識に、まだ半分ほど残ったクレープをメアに押し付けた。


「ごめん、俺ちょっと抜ける」

「はあ!?」

 

 せっかくの祭り。もう二度とこんな綺麗な景色は見られないだろうけど、それでも何だか胸騒ぎがして放っておけない。俺は地面を蹴って走り出す。


 流石に小学生に足の速さで負けるほど衰えてはいなくて、人ごみを抜けるとすぐに三人組を見つけた。一段飛ばしで階段を駆け上る。

 三人組は階段を上り、身軽に近くの倉庫の上へよじ登った。俺も塀に足をかけて、慎重に倉庫の屋根の上へ上る。


 屋根にしがみつくようにしてどうにか登り切った俺は、こちらに背を向け、双眼鏡で城の方を見ている三人組を発見した。物音でバレたのか、一人が俺の方を振り向いて、首を傾げる。


「あ? 誰だおまえ」

「勝手についてきたりしてごめん。俺もユーレイが気になるんだ。ホントにいるのか?」

「あー、そういうことね。見てもいいよ。ほら」


 怪訝そうな顔から一転、自慢げな顔になって、俺に双眼鏡を渡してくれた。双眼鏡を受け取って、とりあえず辺りを見回す。


「ユーレイはどこにいるんだ?」

「城の、あの尖ってる窓みたいなところ。あそこにいる。激レアだから、運が良かったな!」


 もう一人の子供が指さす先は、城の尖塔だった。そこに視点を固定して、双眼鏡を覗き込む。心臓がやけにうるさい。この年になって、何をユーレイ如きにビビってるんだか。


 ……わかってるよ。自分が、何を恐れてるのかくらい。


 双眼鏡を覗き込んだ。二つの丸に切り取られた視界に、尖塔の窓が映る。窓には鉄格子がはめ込まれている。そして、その中で一人の少女が物憂げに流星群を見つめている。


 サラサラでまっすぐな髪。澄んだ青色の瞳。透き通るほど白い肌。


 「ユーレイ」は、俺の記憶のエミリとそっくりそのままの姿で、尖塔に囚われていた。


 



 


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