第13話 スイスイ丸でGO

 その翌日。荷物をまとめ、村の人たちへの挨拶も済ませた俺たちは、エレンの車(仮)の前に立っていた。


 エレンは車の隣に立つと、自信満々に腕を広げた。


「改めて紹介しよう。これが僕の愛車、スイスイ丸だ」

「スイスイ丸かー」


 俺は何度か頷き、穏やかな笑みを浮かべる。


「エレンらしい良い名前なんじゃないかな」

「ありがとう。自分でも速そうでいいなって思ってるんだ」

「ちょっと陽翔、テキトーなこと言わないでよ。お兄はセンスが皆無なんだから、図に乗らせちゃダメ」


 メアは死んだ目で自分の兄を見ている。

 いや、俺は悪くないと思うけどな。無駄にカッコつけてないところとか。俺は絶対にそんな名前付けないけど。


 エレンは俺とメアの微妙な反応も気に留めることなく、解説を進めていく。


「スイスイ丸は冷暖房完備で、夜間でも安全に飛行可能。見た目に反して中も意外と広い。まあ、三人で乗るには少し狭いかもしれないけど……。とにかく、最先端技術を詰め込んだ結構すごい代物だよ」

「ふうん。研究員ってすごいんだな」

「一応国家直属の研究所だからね」


 そう話すエレンは得意げだ。国家直属なんて、エレンは結構すごい奴らしい。


 俺の隣で、メアが退屈そうに間延びした声で言った。


「お兄、長話はいいから早く乗せてよ。中でしたっていいでしょー?」

「……それもそうか。必要なことはその時その時に話せばいい。ごめんね二人とも。お待たせしました」


 エレンはあっさりと頷くと、スイスイ丸のドアを開けた。ちょっと抵抗はあるけど、この名前で呼ぶよりほかはない。俺はスイスイ丸の中に乗り込んだ。


「おー、確かに意外と広い」


 スイスイ丸の内部は、エレンの話の通り見かけよりも広かった。外から見たサイズは観覧車のゴンドラくらいなのに、実際の広さはその倍近くはあるだろう。座席が前列と後列の二列になっていたので、後部座席に乗り込んだ。


 俺とメアが車内を見回していると、前の運転席らしきポジションに座ったエレンが、何やら手元を操作し始めた。


「この座席もベッドに変えられたりするから、中で寝泊まりも可能だよ。少し狭いかもしれないけどね」


 その途端、背もたれがゆっくりと傾いた。動いている間、背もたれの感触がどんどん柔らかくなっていく。完全に水平になった頃には、かなり寝心地が良いベッドに早変わりしていた。


「すごい、これなら今すぐにでも眠れる」

「さらに天窓も開くよ」

「おー」


 天井に取り付けられていた天窓が、ガシャンと開いた。日の光が眩しい。隣でメアがげんなりした様子で呟いた。


「こんなの何に使うのよ。勝手にこんな変なの取り付けて、研究所の人たち怒らないわけ?」

「え、これ標準装備じゃないの?」

「ベッドも天窓も標準装備じゃないよ。ベッドは元からあったものの改良だけど。だって別にいらないじゃないか」

「自覚あったんだ……」


 ベッドは便利だけど、天窓は正直いらないなと思っていた。今も目が潰れそうなくらい眩しい。


 俺は体を起こすと、運転席の方へ身を乗り出した。


「城下町まではどれくらいかかるんだ?」

「五日もかからないと思うよ。途中で燃料を補給しながらになるから、そこまで早くは辿り着けないだろうけど」

「いや、十分。ありがとう。本当に助かる」


 俺は頭を下げた。エレンは「そんなのいいよ」と困ったように手を振ると、椅子に座り直した。


「じゃあ、おしゃべりもこれくらいにして、もうそろそろ出発しようか」


 エレンはそう言ってレバーを引いた。直後、窓の外の景色がぐんと遠ざかる。地面がどんどん離れていく。エレベーターに乗っているような浮遊感だ。


「浮くんだ……。てっきり地上を走るものかと」

「研究所の最先端技術を取り入れたスイスイ丸だよ? 飛行くらいなんてことないさ。地上と違って、空を飛べばかなり時間も短縮できる」


 そう話すエレンの声は、弾んでいる。スイスイ丸のことをよっぽど気に入っているのだろう。まあ、実際にすごい乗り物だしな。まさか空を飛べるとは思ってなかった。


 俺が窓の外を眺めていると、隣のメアが「当てはあるの?」と聞いてきた。


「城下町に行くって言っても、どこにいるのか具体的にわかってるの? 城下町って結構広いわよ」

「いや、残念ながら当てはない。言ったっけ? この世界に来た直後に助けてくれたおじいさんに、エミリを探しているなら城下町に行けって言われたんだよ。持ってる情報はそれだけ」


 俺は視線を車内に戻すと、座席にもたれかかった。


「そのおじいさんもなかなか謎が多い人でさ。城下町に行って、それでもエミリを助けたいのなら、その人の元に戻って来いって……。多分、協力してくれるってことなんだろうけど」


 一瞬のことだったし、結構前のことだから記憶がぼやけてきている。せっかくだし、今まで考えてきたことを整理することにした。


「俺が目を覚ました時にはその人の家の中にいたから、世界の境界線はその家から近いところにあるんだと思う。で、俺を助けてくれたのと同じように、エミリのことも助けたんじゃないかなって」

「それで、エミリさんを城下町へ送り届けたと?」

「そう。どうかな」

「うーん……」


 運転席のエレンは、思案しているのか少し沈黙した。


「エミリはアンタがここに来る何日前にいなくなったの?」

「……一日前。いや、一日も経ってないはず。じゃあ無理か」

「そうね。城下町まで、早くても五日はかかる。そうなると余計に謎が深まってくるわね」

「そうとも限らないんじゃないか?」


 予想が外れたことにガックリと肩を落としていると、運転席のエレンがそう言った。


「そのおじいさんは、陽翔にこの世界の言語がわかるようにする魔法をかけたんだろ? そんな高度な魔法、簡単に使えるものじゃない。もしかしたら転移魔法か何かを使ったのかも」

「転移魔法!?」


 隣で、メアが大声を上げた。それからぱっと口を押さえて、声のボリュームを抑えて話し始める。


「そんなの、すごく難しい魔法でしょ? 本当に使える人がいるの?」

「あくまで想像だよ。今大切なのは真相じゃなくて、陽翔がどうするつもりなのか、だ」


 エレンが運転席からチラリと俺を見る。俺は頷いて、答えた。


「当てはないけど、絶対に見つけ出す。それが今の俺の目的で、生きる意味だから」


 単純、とメアがぽつりと呟いた。その口調はどこか寂し気で、俺は内心首を傾げる。どうしてメアがそんな顔をするんだろう。


「……じゃあ、とりあえず城下町を歩き回るってことでいいのね?」

「もし彼女が陽翔と同じ立場なら、言葉が通じるだけでお金もないはずだ。それに、すぐに異世界の生活に溶け込めるはずがない。城下町の人に聞き込みをしたら、意外と情報が出てくるかもしれないね」

「なるほどな……。ありがとう、二人とも。ホントに助かるよ」


 俺一人だけだったら、こんなに冷静に状況を整理できなかったと思う。二人に感謝だ。

 俺が小さく頭を下げると、メアが俺の方へ身を乗り出してきた。


「ねえねえ。アンタの幼馴染の顔がわかるものとかないの?」

「あー、あるよ。そういえば見せてなかったっけ」


 俺はそう答えて、リュックの中から生徒手帳を取り出した。制服の中に入りっぱなしだったものだ。生徒手帳に挟んであった紙切れをメアに手渡す。


 メアはそれをまじまじと見つめたのち、「なにこれ」と呟いた。


「プリクラ。左のオレンジっぽい茶髪が俺の友達のタクで、右が俺。真ん中がエミリ」

「これアンタなの!? え、目がデカすぎて気持ち悪いんだけど!」

「何それ、僕も見たい」


 メアがプリクラを握りしめて容赦なく叫んだ。エレンも運転席から身を乗り出してプリクラを見ようとする。ヤバい、ちゃんと弁解しないと。


「違っ、違うんだよ。プリクラってのは目をデカくしたり輪郭削ったりして顔を良く見せるやつなんだけど、俺は何か盛れない顔らしいの。こっちのタクはすげー盛れる顔らしいの!」

「ワケわかんない……。陽翔は普通にしてる方がいいわよ」

「じゃあ、エミリさんも顔が変わってるってことか?」


 エレンが写真の中のエミリを指さした。


「いや、エミリは全然変わってない。多少肌と髪が綺麗になってるくらいで、顔は実際と変わらないよ」

「えっ」

「へえ。すごい美人さんだな、メア?」


 メアがショックを受けたような顔をして、エレンがそれを見て笑う。俺ももう一度、エミリを見つめた。


 俺とタクによって中央に押し出されたエミリは、照れくさそうにはにかんで、ぎこちないピースを顔の横に掲げている。想いが溢れてきそうで、なるべく見ないようにしていたエミリの写真。


 エミリを見ていると、彼女との思い出が溢れてくるようだ。俺は目を閉じると、エミリとの思い出を辿り始めた。


 

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