第12話 旅の仲間

 いろいろあったあの夜から、二日が経った。


 朝日を見た後、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。気が付くと、俺たちはおばあちゃんの部屋で三人床に転がっていた。


 そのあと、メアに森で何があったのか、その力は何なのかと質問攻めにあった。答えるたびに驚かれるわ怒られるわ、最後には涙目で「無理させてごめん……」と言われ、なんかすごい苦痛な時間だった。メアにそんなに心配されるとも思ってなかったから、申し訳なさも倍増だ。


 それからは、驚くほどすんなりと日常に戻っていった。俺は何でも屋の仕事をして、メアは狩りに出かけて、エレンは本を読んだりレポートを書いたりした。

 生と死の境を行き来するような体験だったのに、それを少しの事故程度に受け入れてしまうこの世界の歪さも、身に染みて感じた。


 そして、三日目の朝、家に小包が届いた。



 俺が洗い物をしていると、窓がひとりでに開いた。この世界では窓が勝手に開くのは日常茶飯事なので、もう驚かない。大体窓が開くときは、何か配達物が届く時だ。ほら、小包が家の中に入ってきた。


「おーい、何か届いたよ」


 手が離せないので、俺は本を読んでいるエレンに声をかけた。エレンは「もう届いたのか」と本を閉じて、小包の方へ歩いていく。


「お兄が頼んでたやつ?」

「うん。思ってたより早かったね。早いに越したことはないんだけど」


 髪を結んでいたメアも、小包を見てエレンに声をかけていた。どうやら、二人は知っているものらしい。なんだか仲間外れにされたような、寂しい気持ちで皿を洗っていると、エレンがこっちを振り返った。


「陽翔、洗い物が大体片付いたら、家の外に出てきてくれないか? 話したいことがあるんだ」

「ああ、わかった。もうすぐ終わるから、すぐ行くよ」

「急ぎなさいよね。アタシたちは外でもう待ってるから」


 メアが念を押すようにビシッと指を指し、兄妹そろって居間を出ていく。俺は皿を洗う手を止めて、「なんだ?」と一人首を傾げた。




 洗い物が終わって家の外に出ると、エレンとメアが小包を手に何か話し込んでいた。メアがすぐに俺に気づいて、「早かったわね」と言ってくる。


「もうすぐ終わるって言ったろ。話って何? 気になって皿割りそうになったんだけど」

「あはは。別に深刻な話でもないから安心してよ。陽翔は、これからどうしようと思ってる?」


 エレンが軽く笑いながら尋ねてきた。今後の予定。最近ずっと考えていたことだ。

 まるで頭の中を覗かれたような居心地の悪さを感じながら、俺は答える。


「んー……っと。ここに来てもう二週間だろ。いつまでもここに居候させてもらうわけにもいかないし、もうそろそろ出ていこうかなー、と……」

「お金は貯まった? 城下町までの道のりはわかる?」

「あはは……」


 実は、ちょうど今日隣町へ行って交通手段について検討しようと考えていたのだ。だから、今日は仕事を休んでいる。二人にはあまりバレないように行こうと思っていたんだけど、いつの間にバレたんだ。


 メアが「だと思った」と呆れたように額に手を当てる。エレンは小包を開くと、中から小さなキューブを取り出した。


「やっぱり、城下町までとなると一気に難易度が上がるよね。乗り物も手配しないといけないし、道中の食費や滞在費もかかる。僕も言うかどうか迷ってたんだけど、やっぱりこの村の手伝いで貯まるような金額じゃないよ」

「だよな……。いや、結構貯まってはきてるんだよ。みんなのおかげで。でも、どれくらい必要なのかの検討もつかなくて……」


 あの小屋のおじいさんに言われたのは、「協力を仰いで城下町へ行け」だったから、そもそも自分の力だけでどうにか出来る問題じゃなかったのかもしれない。


 俺が頭を掻いたところで、突然エレンがキューブを放り投げた。指を組み合わせて、何か唱え始める。


「呪文……?」


 この世界の言葉はわかるようになっているけど、呪文や魔法に関してはさっぱりだ。俺は放り投げられたキューブを見上げる。


 キューブは、宙に浮いたまま回転している。だんだん回転速度が増していき、やがてボンッと弾ける音がした。同時に白い煙が辺りに立ち込めて、俺は小さく咳き込む。


「げほ、けほっ。おい、何してるんだよ!?」


 俺は、白煙の中エレンに向かって呼びかける。しかし、返ってきたのはメアの自信ありげな声だった。


「ま、見てなさいよ」


 徐々に煙が晴れていく。白煙の向こうにあったのは、深い青色の、箱のような乗り物だった。


 高さは二メートルほど。ちゃんとドアもライトもついていて、車みたいな感じだ。俺は自分の目を疑って、何度か目を擦った。


「見間違いじゃない……。これなんだ? さっきのキューブが変身したってことか?」

「うん。これは、僕が研究所から借りてる乗り物なんだ。普段は研究所に預けておいて、使うときにまた取り寄せることになってる」


 エレンは乗り物を軽くぽんぽんと叩いた後、俺を見て笑った。


「これで君を城下町まで連れていく。だから、僕たちも君についていっていいかな」

「…………え?」


 目の次は耳を疑った。今、こいつなんて言った? 連れて行くからついていっていい? 


「あ、もちろん嫌だったらいいんだ。幼馴染を探すなんてプライベートなところもあるだろうし、邪魔だったら……」

「いや、全っ然そんなことない! むしろありがたいよ。逆に、ホントにいいのか? ってなってるくらい」

「当然でしょ。アタシたちだってちゃんと話し合ったうえでアンタに話をしてるの。アンタ一人だと変な奴に絡まれるかもしれないから、アタシが守ってあげる」


 メアが胸に手を当てて、少し前のめりになった。年下の女の子に「守ってあげる」なんて言われるのは複雑だけど、正直めちゃくちゃ頼もしい。


 エレンは「よかった」とほっとしたように笑う。


「実は、これを運転するのには免許がいるから、陽翔に貸すってことは出来なかったんだ。おばあちゃんもいたから長いこと村を離れるわけにもいかなかったし」

「……今、そのことを聞こうとしてたんだ。この家にはおばあちゃんがいるだろ? 二人とも家を離れるって、そんなことして大丈夫なのか?」


 俺はおばあちゃんのことを思い出す。おばあちゃんを放っておいて俺についてくるというのであれば、どれだけありがたい申し出でも、俺は断らなきゃいけない。それなら俺は走って城下町へ行く。


 エレンはメアと一瞬視線を交わす。それから、少し俯きがちに話し始めた。


「おばあちゃんのことは、村の人たちにお願いした。陽翔も知ってるだろ? おばあちゃんが、あれから目を覚まさないこと。今までと違って、指先少しも動かないんだ。ずっとおばあちゃんの症状を見てきたから、何となくわかる。今のおばあちゃんはギリギリで持ちこたえている状態だ。魔素を何とかしない限り、二度と目を覚ますことはない」

「魔素なんて、アタシたちがどうにか出来る問題じゃない。今まではそうやって諦めてた。でも、そこに陽翔が現れた」


 メアは少しだけ泣きそうな表情で、くしゃりと笑う。


「魔物を吸収してもピンピンしてるって、アンタ何なのよ。初めて聞くわよ、そんなの。期待しちゃうじゃない。もしかしたら、魔素を何とかする方法があるのかもって。おばあちゃんを助けられるかもって」


 エレンが顔を上げて、メアの頭に手を乗せる。俺を見る目は、痛いほどに真剣だ。


「さっきはお願いみたいに言ったけど、ごめん。実はこれは取引みたいなものなんだ。君の幼馴染の捜索に協力するから、君も魔素の研究に力を貸してほしい。君の力を調べれば、魔素に対抗する術を見つけられるかもしれない。

 これが僕たちの本心だ。それでも、受け入れてくれるかな」


 俺はエレンの言葉をゆっくりと飲み込むように頷いた。それから、バッと勢いよく手を差し出す。


「もちろん。俺だっておばあちゃんを助けたいと思ってること、二人なら知ってるだろ。実は一人で城下町へ行くの、かなり不安だったんだ。二人がついてきてくれるなら安心だよ」

「じゃあ……」

「決まりね!」


 メアが飛び出してきて、俺の手を取った。手を伸ばしかけていたエレンが、仕方ないなと呆れた笑みを浮かべる。


 メアは俺の手を両手で握ると、ぐっとこちらへ身を乗り出した。


「もう少し一緒にいてあげる。覚悟しておきなさいよね!」

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る