第7話 一仕事終えて
俺の一日は、時計の音で始まる。振り子時計の低い音や華やかな音、鳥の鳴き声。そういった騒がしい音で目を覚ます日々を、もう二年も繰り返してきた。
今日もその音で目を覚ますのだろう。何も変わらない日々が、今日も続いていくのだろう。そう思っていたのに。
俺を眠りから引き摺り出したのは、玄関に取り付けたベルがガラガラと騒がしく鳴る音と、
「おはようございまーす!!」
聞き覚えのある少年の声だった。
翌日の朝、俺はすぐに家を飛び出した。ガッシュさんの家に駆けて行って、玄関の
ドアを開ける。ガッシュさんの家のドアに鍵がかかっていないことは、もう知っていた。いくら何でも不用心だ。
その不用心に助けられて、俺は家の中に入った。ドアのベルがガラガラと鳴る。息を吸って、「おはようございまーす!!」と声を張り上げた。
しばらくすると、奥から眠そうな様子のガッシュさんが出てきた。
「なんだ、お前か……。もう仕事は終わっただろう」
「いいや、まだ終わってません。ガッシュさん早く着替えてください。部屋着じゃなくてちゃんとした服。早く、早く!」
俺はまくしたてると、手をパンパンと叩いた。ガッシュさんは困惑した様子ながらも、奥に戻っていく。きっと服を取りに行ったのだろう。少し経ってまた顔を出したガッシュさんは、古ぼけたシャツとジャケットに着替えていた。
「いきなり何なんだ。これでいいのか?」
「なんか浮きそうな感じもしますけど、ボロボロの部屋着よりはマシかな。とりあえずなくなる前に行きましょう」
「なくなるって、お前はさっきから何の話をしてるんだ」
ガッシュさんはひたすら戸惑っているようだ。少し語気が強くなってきている。
俺は笑って、家のドアを開けた。
「もちろん、パーティーのことですよ」
ドアを開けた途端、人々が談笑する声や美味しそうな匂いが家の中に流れ込んできた。村の中心にいくつかの大きなテーブルが並び、そこに芋を使った手料理が並んでいる。
そう。今日は、前に芋のおっちゃん達が教えてくれたパーティーの日だ。朝から村人たちが集まって、わいわいやっている。
ガッシュさんはドアの外の光景に、目を丸くしていた。
「これは……」
「ほら、早く行きましょうよ。俺お腹ペコペコなんです。朝ごはん食べてないから」
「ちょっと待て」
ガッシュさんは俺を引き留めるように叫んだ。
「ずっと村に顔も出してないのに、行ってもいいのか」
「村の人たちも、依頼人のヘルムさんも、みんなガッシュさんのことを心配してるんです。少しだけでも顔を出したら喜ぶと思いますよ」
俺はサムズアップしてにっと笑った。村の人たちの声で、秒針の音は聞こえない。綺麗に磨き上げた窓は、朝日をたっぷりと部屋の中に取り込んでいた。
「時計の音で目を覚ます日々も良いと思いますけど、たまにはこんな賑やかな朝があってもいいじゃないですか」
ドアの外に向かって足を踏み出す。外に出ると、村の子供の一人が「陽翔ー!」と手を振ってきた。その声につられて、周りの大人たちも俺の方を見る。
そして、はっと目を丸くした。
俺は後ろを振り返る。そこには、村のパーティーには不釣り合いなジャケットに身を包み、曖昧に笑うガッシュさんが立っていた。
すぐに俺はエレンとメアと合流し、村のパーティーを楽しんだ。
「うまくやったね、陽翔」
パンの一つを掴んだエレンが、俺を見てニヤリと笑う。俺もパンにかぶりついて、頷いた。
「ま、何でも屋なんで」
「何よ、カッコつけちゃって」
隣でメアが口をとがらせて呟いた。
並んでいる料理はどれも美味しくて、腹がはち切れそうになってもまだ食べ続けた。これだけ食べたら、昼どころか夜も要らないくらいかもしれない。メアも「この時期は太るのよね」とスイーツを堪能していた。
結局、早朝に始まったパーティーは、昼過ぎに片づけが終わった。村の大人の何人かは酒を飲んでいて、飲み会はパーティーが終わった後も続行するらしい。俺はその中にガッシュさんを見つけた。グラスを片手に、楽しそうに笑っている。
ガッシュさん、口数が少ないだけで話すと面白いところあるからな。お酒の力で上手くやってるのかもしれない。
などと余計なことを考えていると、ガッシュさんと目が合った。ガッシュさんは周りの人に何か伝えてから、こっちへ歩いてくる。メアが俺の後ろにピャッと隠れた。
「楽しんでるか?」
「はい。腹がはち切れそうです。ガッシュさんは?」
「俺もだ。久しぶりに、誰かと一緒に酒を飲んだ。マーサが好きだった酒だ」
マーサ。ガッシュさんの奥さんだったっけ。
ガッシュさんは俺に向き直り、頭を下げてきた。
「陽翔、ありがとう。お前のおかげで、ようやく時間が進みそうだ」
「それはよかったです」
「ああ。それで、お礼をしたいと思ってる。何がいい?」
ガッシュさんは軽く聞いてきた。お礼って、そんなの気にしなくていいんだけどな。俺がガッシュさんに頼みたいことは……。
少し考え込んだところで、ふと思いついたことがあった。俺はエレンとメアに声をかける。
「おばあちゃんのロケットペンダント。あれの修理をしてもらおうと思ったんだけど、どう?」
「あー、あの写真が入ってるやつのことだよね。どうって、僕たちに何を求めてるんだ?」
エレンが不思議そうに首を傾げた。
「いや、おばあちゃんのペンダントじゃん。余所者の俺が勝手に決めていいことなのかなーって思って」
「別にいいんじゃない?」
軽く答えたのは、メアだ。メアは軽く肩をすくめる。
「アタシも賛成だし、おばあちゃんもアンタのこと気に入ってるから何も言わないでしょ。逆に喜んでもらえると思うわよ。お兄は?」
「僕も良いと思うよ。おばあちゃんのペンダント、確かにボロボロだったもんね」
エレンも笑って頷く。
自分でも良いアイディアだと思う。せっかくの機会だし、もしペンダントの修理が出来たら、パーティーとか開くのもいいかもしれない。何の記念日とかでもないけど。
俺は期待を込めて、ガッシュさんを見上げた。
「ってなわけで、ロケットペンダントの修理をお願いしたいんですけど、出来ますか? 多分魔道具です。ガッシュさん、昔魔道具のお店やってたって話してたので……」
「ああ、そういえばそんな話もしたな。魔道具の専門は友人の方だったが……」
ガッシュさんは少し考え込んだのち、大きく頷いた。
「うん、修理くらいなら出来ないこともないだろう。詳しいことは現物を見ないとわからんが、恩人からの頼みだ。出来る限り綺麗な姿にしてみせよう」
「「「ありがとうございます!」」」
俺たちが声を揃えてお礼を言うと、ガッシュさんは目を細めて笑った。少し酒が入っているからだろうか、いつもより表情が豊かだ。
「いい孫たちだな。じゃあ、また明日店に来てくれ。今日みたいに早朝に飛び込んでくるなよ」
そうとだけ言い残して、ガッシュさんは俺たちに背を向けて歩き出す。俺は「いい孫たち!」とエレンの肩に腕をまわした。
「俺もおばあちゃんの孫だってさ!」
「ぐっ、陽翔、首絞まってる……!」
「何してるんだか。こんな奴らと家族なんて恥ずかしいんだけど」
俺の腕をバンバン叩いて抵抗しているエレンと、俺たちを見て肩をすくめるメア。
まだこっちへ来て一週間くらいしか経ってないけど、こうして上手くやれてるのは二人のおかげだ。二人に会えなかったら、多分俺は森で野垂れ死んでたと思う。
だから、「孫たち」って言ってもらえるくらい仲良く見られたことが何となく嬉しかった。
そんな感謝の気持ちを込めて、俺は「ありがとな」と笑ってみた。
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