第6話 3/4
「はあっ」
斑の体を剣が撫で、薄く瘴気が吹き出した。しかしまだ浅いようで、反撃の拳が飛んでくる。なんとか兜の額部分で受け、衝撃とくわんくわん反響する音を堪えながら空いた脇に剣を振るった。
手応えがあり、更に二閃三閃と追撃すると、ついにバイラ兵はギュロ……と断末魔を上げながら倒れた。
そこから少し離れて、手斧で二体を相手にする大柄の男。
「とりゃあっ」
的確な残撃ではないが、その重さにより着実に敵を押していく。後ろからもう一体の打撃を受けるが、固い鎧とその体躯により体勢を崩すほどのダメージは通らない。
手斧の男の傍らでも、槍の男が二体に挟撃されていた。
「せいっ、せいっ」
長い柄で後ろを上手く牽制しながら刀身を前に突き出しダメージを重ねていく。軽装の身軽さを活かして間合いを調整しながら攻めていた。
「大丈夫かな……」
離れた場所で三輪車に跨がり、リッチェは心配していた。もしかすると城に戻り府属なりレイオなりに知らせた方がいいのだろうか。
それをよそに三人は周囲のバイラ兵を仕留め終え、元来た方をちらりと見る。ぽやっとしているオーバーオール姿の侍女。性格は悪そうだが顔はいいので、いいところを見せようと少し発奮した。
そして帳面に出現場所、遭遇の流れ、退治数をメモする。倒したのは五体だが、上手いこと描写を水増しして六体分にしておいた。これを持っていけば城から日銭がもらえる。大きく誤魔化すと後が怖いため、こうしてセコセコやっているのだ。
懐にも見通しがつき、再度ナンパを試みるため三人が戻ろうとした時、
「お、なんだぁ?」
すぐ前方に繁る林から声が聞こえる。今度こそはっきり人間の言葉だ。
落ち葉を乱雑に踏む音とともにグレーの体がその姿を見せた。人間離れした体躯と硬質的な皮膚、卵形の顔の左右には通気孔のような羽根付きの穴が開き、頂点には奇妙な取っ手が生えている。右肩から腕にかけて蛇腹のホースが伸び、先端には横長のヘッドが突いてコブラのようだった。
「なんだあれ」
剣の男が首を傾げる。明らかに怪物だが、見たことのないタイプだ。
「Lサイズのバイラ兵とか?」
「倒したら特別ボーナスもらえるかも!」
構える三人と周囲に転がるバイラ兵の残骸を見て、グレーの怪物はまた明瞭に喋る。
「お前らがやったのか、これ」
ぞくりとするような低い声とともに視線を向けられ、たじろいだ瞬間にその姿が恐ろしい速度で近づいてきた。
最初の狙いは槍男。ホースのヘッドで殴り付けるのを咄嗟に槍を縦にして受けるが、その柄は小枝のようにパキリと折られ腹に攻撃がめり込む。
もう一撃が顔面に入り「ぐああ」と呻きながら転がるのを尻目に、まだ反応しきっていない大柄の男を今度は打ち据える。鎧が砕け散る音ともう一つの呻き声が響き、ようやく剣の男が構え直した。
「ななな、なんだてめぇ!」
その声は震え、腰は引けている。一発でのされた仲間の姿に完全に怖じ気づいていた。
「おいこいつやばい! 城から助けを呼んでくれ、早く!」
リッチェに向けてそう叫ぶと、彼女は我に返ったように慌てて三輪車を降りる。男は怪物にカコンとはたかれ兜と二方向に吹き飛んで気絶した。
「レ、レイオさん呼ばなきゃ……」
走り出そうとするその後ろ姿、指先の大きさに見えるほど離れたそれに向けて、怪物は右手を伸ばした。
「俺はクリーナーバイラ。この距離なら逃がさねぇ!」
リッチェは急に向かい風に襲われた。無数の手に押し留められているように体が前に進まない。それが向かい風でなく後ろから吸われているのだと気付いた時には、足はあえなく地面から離れ木の葉のように宙を舞っていた。
ぐおんぐおんと周囲の景色が前進し、気付けば首根っこが何かに貼り付いて猫のようにぶら下げられていた。耳元で乱暴な吸音に混じり、低い声が響く。
「へへへ、やっぱ人質は女の方がいいよな」
「やだ~~~」
「な、なんだお前ら!」
城門から衛兵の焦った声が聞こえ、たまたま近くをぶらぶらしていたレイオは駆け寄った。
衛兵たちに囲まれ地を這っている三人の男。全員形が変わるほど顔のどこかしらを腫らしているが、見覚えはあった。
「お前らこの間の……」
ボロボロなのは顔だけでない。鎧兜は無残に砕け、破れた服の合間から無数の青あざと擦り傷が見える。
「どうした! 大丈夫か下郎!」
「ううう、下郎って言うな」
片頬が真っ青になった顔で息も絶え絶えに言う。
「やばいんだ。あの侍女が捕まっちまった」
「え、リッチェが!?」
ミレットが悲鳴のような声を上げる。
王子の執務室は壁一面の本棚と来客用のソファ、そして執務机があるだけの簡素な部屋だ。そして今本棚の逆側に補佐用の机が仮説されており、ミレットの席となっている。
「どうしよう。レイオ助けて」
レイオの隣で分かりやすく取り乱す妹をよそに、尖ったように冷静な顔で座るレディン。その机の横、ゴザを敷いて正座していた男がのそりと立ち上がる。
「バイラ獣が出たのは由々しき事態です。ノアロは面積に比べて警備に割ける人員が少ない。すぐに潰す必要があるでしょう」
腰の輝光剣をがちゃりと鳴らし、ファースはレディンのみに目を向け続ける。
「私が行きます」
それを受けたレディンは宙を見るような思案顔を数秒した後、頷いた。
瘴気の王国 平川楓人 @HirakawaSouto
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