第6話 2/4

「やめてください!」

 ぴしゃりとした女の叫び声に飛び出して見ると、材木置き場のところで先程詰所にいた鎧姿の民間祓瘴士が三人、何かを囲むように立ちケラケラと笑っていた。

 積まれた丸太を背にその真ん中にいるのはリッチェ。ノアロ侍女の制服であるオーバーオール姿で、体を守るように芋の籠をかき抱いている。

「なんだよいいじゃん。俺ら金もらったばっかだからさぁ、一緒に遊びに行こうよ」

「こんな可愛い娘が入ったなんて、田舎の城にしちゃ上出来じゃねぇか。へへへ」

 レイオは溜め息を吐いた。祓瘴士に人間を取り押さえる権限はないが、王城のお膝元だ。少しくらい捻っても問題はあるまいと足を踏み出す。

 その瞬間、地面が縦に揺れた。


 笑い声が止み、場にいる全員が固まる。地震……ではない。大岩を落としたような轟音の残響、その方向に目を向けると、作務衣姿の男が立っていた。

 右手にぶら下がる輝甲剣の切っ先は地面に埋まり、前後に黒雷のような地割れが伸びている。

「金を受け取ったならさっさと失せろ、下郎」

 地割れから漏れるような低い声。見下ろす三白眼に赤い瞳が冷たく光る。

「やべぇ、ファースだ」「ちくしょう。王家の犬が」

 民間の連中は悪態を置き去りにそそくさと出口へ走った。

 ふん、と鼻を鳴らして踵を返すファースに、何故かレイオが突っかかる。

「おいおい町の安全のために協力してくれる民間のみなさんに下郎なんて言い方……」

「ややこしくなるからやめて」

 リッチェに襟首を掴まれ、鶏が絞められるような声を出しながら足を止めた。




「やっぱり田舎だなぁ」

 広大な浅緑の畑に一筋引かれた農道を、でんでん太鼓のような輝粒エンジンの音を響かせながら三輪車が走る。道の端に並ぶスズメが飛び立ち、後ろでカタカタと揺れるリヤカーの縁にとまった。

 のどかな光景に思わず漏らしたリッチェの呟きは、跳ね返す物もない地平にスッと消える。

 ノアロの城は兵士も料理番も少なく、アンジリアでは彼らの役目だった細かい用事は手の空いた侍女がやることになっており、リッチェも野菜の調達のため農家を目指している。


「そういえば姫様がスキンケア用の野バラが欲しいって言ってたな。どこか生えてないかな」

「あっちに群生している場所があるわよ」

 人影らしきものはカカシだけのこの場所で独り言に答える者があり、驚いて横を見たとき、リッチェの肌は粟立った。

 田舎道に似つかわしくない楚々とした黒いドレスの女。帽子から垂れるメッシュのベール越しに透き通るような白肌は、眩しい青空の下で幽霊のように浮いている。寒気がするような美しさだ。

「ねぇ、駅までの道、教えてくださらない?」

 血のように赤い唇にグローブを嵌めた指を当て、鼻にかかった甘い声でささやく。

「あ、あ、はい。この道をまっすぐ行って、穀物庫のところの分かれ道を右、です」

 気圧されたように途切れ途切れ、後ろを指差しながら答えると、女は優雅に微笑み「ふふっ、ありがと」と言い残して歩いていく。

「あっ、でもここからだとすごく遠い……」

 数秒放心した後思い出して振り向いたとき、その姿はもうどこにもなかった。




 野バラの群生を探して少し道を行ったところで、今度はぽつんと生えた木の陰から進路上に複数の人影が飛び出してきた。慌ててブレーキをかける。

「ここから先は危ないぜ。俺たちを雇わないかい? なんてったって俺たち祓瘴士……」

 狭い道で横並びにポーズを決め、不敵な笑みを浮かべる三人の男。そのすぐ頭上をスズメが飛び去る。

 しかし目が合うと、精一杯キメていた男たちの顔がみるみる萎びていく。リッチェの方も相手に見覚えがあった。


「あ、下郎」

「下郎って言うな!」

 真ん中の剣を持った男は一つだけ抗議して木の陰に戻っていく。

「なんだよ城の人間か。意外と金払い悪いんだよな」

 大柄な斧男と細身の槍男もぼやきながらそれに続き、全員の姿が消えた後、剣の男が顔だけをひょこりと出した。

「お前一人か? 言っとくけどここから先が危ないのは本当だぞ」

「じゃあ付いてきてよ」

「金は払えよ」

「えぇ~、ケチ」

 頬を膨らませるリッチェに、男の顔が苦虫を噛み潰したようなものになる。

 その時、道の先から小さな鳴き声が聞こえた。スズメのような可愛いものではなく、人間の声に近いが言葉としての体は成していない。首を傾げるリッチェに対し、男三人は振り向きながら逆立つような警戒を全身に漲らせた。

 すぐそこに深緑と灰色の斑が見える。

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