第14話 惚気る六花に渚沙の夢は滅せない 

 スーパーでの買い物中。

見られている――よく分からないけれど、そんな視線を感じた私は、それを感じた方向に体をひねった。一瞬、緊張が体を駆け巡る。

 何だろう、この感覚。

 背中がむずがゆくなるような感覚。

『あっ、カップルだ』などとすれ違いざまにチラッと見られてるのとは全く違う、私たちをジッと見ている存在を今、確かに感じた。

 行き交う人たちを無遠慮に見て行く。

「どうしたの?」

 急に話を切ってあたりをキョロキョロ見渡していた私に、彼からの怪訝そうな双眸が向けられる。その声音からも飛鳥の方は何も感じていないようだった。

 しばらく彼の言葉に返事せず私は一通り辺りを見回す。だが、私たちを見ているような人物はどこにもいない。

 うそっ、確かに……。

 確かに何者かの視線を感じたのだ。

 しかし、色々な所に目を向けても、思しき人物を見つけられない。

「……大丈夫?」

 飛鳥が心配そうに再び尋ねてくる。

「いやっ、何でもないっ――」

 やっぱり勘違いだったのかな。

 これだけキョロキョロしたのに何も分からないんじゃ気のせいだったと思うのが普通だろう。その場を繕うような笑みを作って再び飛鳥に向き直ろうとした。

 その時。

 何も買わずにスーパーを出ていく一人の女性が視界の端にとまった。見た感じは私たちと同じくらい。顔は隠れてよく見えないけれど、ダーク系を基調とした服装にどこか大人っぽさを感じさせる。

 そんな彼女を思わず目に追ってしまった。

 彼女の方は何か急いでいるかのように足早でスーパーを後にする。すると外からの風でボブカットの茶髪がなびき、隠れていた横顔があらわになった。

 露わになった美麗な横顔には若干の憂いが浮かんでおり――。

「な、渚沙………………⁉」

 私はその顔を見て思わず声にならない声を漏らしてしまう。

 中学生の頃より大人になっているけれど、幼馴染の相貌を見間違えるはずがない。

 渚沙、間違いなく渚沙だ。

「六花、どうした――――」

「ちょっと持ってて!」

「えっ⁉」

 訳も分かっていないであろう飛鳥に買い物かごを無理やり押し付ける。

「り、六花っ⁉」

 訳の分からないままポカンとする飛鳥を置き去りにして、私はすぐさま彼女の後を追った。


     ※


「ちょっと待って、渚沙‼」

 背中からゆずの鬼気迫った声が届く。

 どうやら見ていたのがバレてしまっていたらしかった。自分の中では影を薄くしてスーパーを出たつもりだったんだけどな。

でも仕方ないか、あんなに穴が開くほど二人を観察していたら。

 羨望の眼差しで見つめていたら。

「……ゆず、久しぶり」

 こちらは努めて冷静であることを装いながら彼女に振り返った。

 目の前の彼女は少しおびえたような目をしてこちらを見ていた。彼女が呼吸するのに合わせて短くなった髪がかすかに揺れている。

 もちろん気まずいのは確かだ。

 飛鳥はもちろん、彼女とだって話すのは何年かぶりなのだから。

「久しぶり渚沙…………」

 私の反応に驚いたのか、それとも合わせたのか、彼女も声のトーンを一つ下げて挨拶に答える。彼女の可愛い顔が不格好に引きつる。

 挨拶を終えた彼女は言葉を探しているようだった。

「渚沙も…………こっちに来てたんだね」

 しばらく経って。

 ばつが悪そうに瞳を泳がせながら彼女はポツリと言った。

「奇遇だったね。私もゆず達がいるなんて夢にも思ってなかった」

 再び言葉に詰まる、ゆず。

 高校という3年間がこんなに私と彼女の仲を離してしまったのだろうか。

 少し胸がキュッとなる。

「それで……どうしたの?」

 少し俯く彼女に首を傾げ、こちらから質問する。

「どうした、って……………」

 その言葉に反応した彼女は瞳を見開き、「何でそんなことを聞くの、聞かなくても分かるでしょ」とでもいうように私を睨みつけてきた。

 興奮しているのか、彼女の頬も赤く染まる。

 その表情に。

 その何かを訴える瞳に。

 私は自分が野暮なことを聞いてしまったと後悔した。

 確かに聞かなくても分かるような答えだったかもしれない。

 私は彼女の言った言葉の続きを紡ぐ。

「……消せない夢も?」

「…………違うわよッ!」

 ゆずは胸ぐらを掴むような勢いで私の目の前まで接近する。さっきよりもガンのつけ方が強くなっているような気がした。

 睨む睨まれる、という構図が出来上がる。

 私は彼女の視線に仰け反りながらも耐える。

 ゆずの方もしばらくの間、目線を色々と変えて睨み続けてきた。

 そして。

「…………プッ」

「………………フフッ」

 その彼女の顔に耐えられなくなり笑ってしまった。

 つられて睨んでいた彼女の方も笑い出す。

「なんで、こんな真剣な場面でふざけるのよっ……」

「だって、ゆずが緊張してて堅かったし」

 ゆずも緊張が取れて晴れやかな表情になっていた。

「でも、渚沙ってそんなこと言うタイプじゃなかったでしょ」

「私も変わったのよ」

 ゆずは中学生の頃と同じような声音で私のボケに突っ込みを入れてきた。

 一分前の関係が嘘のように、二人の間にかかっていた靄がきれいになくなっていく。

 この数年間、疎遠になっていたゆずとこのちょっとしたやり取りで心が再び通じ合えたような気がした。

 幼馴染としての勘を取り戻していく。

「ところでさ、ゆずは飛鳥と付き合ってるの?」

 一通り笑い終えた後、私は手裏剣を投げた。

 バカップルぶりを見せられておきながらこんな質問は野暮かもしれないけれど、本人の口からこのことは聞いておきたい。

「そ、それは…………」

 一瞬口ごもる、ゆず。

 ただその表情は言いたくなくて口ごもっているのではなく、「今絶賛幸せ中です!」といった人たちが見せる照れによる口ごもりだった。

 体も何だかくねくねさせている。

 うーん……。

「やっぱり、言わなくてもいいわ」

「な、何でっ⁉」

 一瞬でも聞きたいと思って自分がバカだった。

 すぐさま前言を撤回する。

 ただ、やっぱりゆずは言いたかったらしく、面食らったようだ。

「だって、ねぇ」

 今度は私がゆずに向かって「何でって、そんなこと言わなくても分かるでしょ」という瞳を向ける。

 その少しあきれたような視線にゆずは「うぐっ⁉」となった後。

「実はね、私…………飛鳥と付き合い始めたの、数日前から」 

 そんな瞳に意味はなかった。

 勝手に彼女の方から話し始めてくるとは、なかなかの猛者ね。

 自分から聞いといて何だけど、もうお腹いっぱいだから。

「そうなんだ、良かったね」

 話も長くなりそうな予感がしたので、ゆずの話を適当にあしらっておく。

夢中になるといつまでも相手を離さないから。

「そろそろ帰るよ、ゆずも彼とのデートがあるだろうし………………飛鳥と仲良くね?」

 社交辞令的になってしまったが、別れの挨拶をしておく。

 彼女の方は少し寂しそうに目を伏せた後。

「…………渚沙も飛鳥と――」

 彼女が何かを言おうとしたその時。

「六花―――?」

 私は買い物袋をさげた飛鳥がこちらに向かって来ているのを彼女の背中越しに認めた。

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ただただ甘い、幼馴染との半同棲生活 春野 土筆 @tsu-ku-shi

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