第13話 渚沙の見つめる過去と今
見つけたのは本当にたまたまだった。たまたま偶然、目の端に入った人の顔を何となしに見た、ただそれだけの事だ。だけど私は、そのたまたまの先に絶対にありえないと思っている――そもそも考えもしていなかった現実を見てしまった。
最初は自分の目を疑った。
こんなこと絶対にない。
あるはずがない。
現実は小説よりも奇なり、とはいうけれど。まさか、本当に小説よりも理解不能なことが起きるなんて思っても見なかったわけで。
並んで歩く二人を見た私の時は止まり、戦慄した。体に緊張が走り、筋肉はこわばって萎縮。
――飛鳥君とゆず。
こんな田舎の大学にあの二人が来てるなんて。
心拍数が上がり、耳には早くなった鼓動が響いて思考が乱れる。
じわっと汗が額に浮き上がるのを感じた。
こんな場合はどうすればいいのだろう。
逃げるのか、それとも知らないふりをして買い物を続けるのか……。突然の出来事に脳が追い付いていけない。
気が付くと私は目を皿にして二人を観察していた。二人がどんな様子で買い物をしているのか、棚の陰からこっそりと覗いていた。我に返って『何やってるんだ、自分……』と少し自己嫌悪に陥りながらもやっぱり気になって二人を観察していると、『マジ天使』や『完璧ワロタ』などのイチャイチャといった、仲睦まじいというか、バカップルっぷりをまざまざと見せつけられる始末。
いや何やってるんよ、二人とも⁉
ここ、スーパーの中なんやで?
二人だけしかいない秘密の部屋じゃないんやからね⁉
柄にもなく心の中で関西弁のツッコみを入れてしまう。
恋は盲目、とはこのことを言うんだろうか。
赤面するゆずを見ているとこちらの方が心臓バクバクで顔が熱くなってしまった。
公衆の面前で何を晒しているんだか……。
ついていけない……と言わんばかりに嘆息をするが。
そんな二人を見ていると逆にホッとして肩を撫で下ろす気分にもなった。
よかった。
本当に、本当に良かったねって。
心からそう思わせるような雰囲気が二人を包んでいる。
無邪気にじゃれ合っている二人を遠目に私は愁眉を開き、中学の頃から心の奥深くにずっと刺さっていた楔が今この瞬間に溶けて消えていくのを感じた。
飛鳥君の笑っている顔を見たのは、中学生以来。
そうか、彼はあんな感じで笑うんだった。
あんなに人をホッとさせるような優しい笑顔で。
――これなら、もう許してもいいんじゃないのかな。
私は自分の胸に問いかけた。
中学校を卒業してからずっと胸に抱いていた罪悪感に――。
※
やっぱり、この二人がお似合い。
飛鳥君には私よりもゆずの方が良く似合ってる。
強がっているけど本当は優しくって、甘えん坊さんな彼女の方が。
二人を包み込む甘い空気感が、呼吸が、遠くから見ているだけでも熱いくらい伝わってくる。どちらも互いの事を好きで好きでたまらないことが手に取るようによく分かった。
そんな様子にこちらも自然と目が細くなってしまう。
飛鳥のことを話題にすると、六花はいつもすぐに表情を変えていた。いきなり乙女っぽい瞳になって、顔も紅潮していた。そんな態度で、彼女が飛鳥君の事が好きなことは明白だった。彼女自身が飛鳥君の事を好きだと肯定したことは一度もなかったけれど。
いつも強い態度で当たっている仮面の下に隠された彼女は彼の事が大好きで。
彼女に一度「飛鳥君の事、好きなの?」と話題をふったときは、信じられないくらいの慌てようだった。誤魔化しになっていない誤魔化しを重ね、平生とは程遠いほど乙女な表情をしていた。
彼女はこんなに彼の事が――。
彼女の思いの丈を知った私はこの時、勝手に決めた。――六花の恋を応援しよう。純粋だけど、不器用な彼女の恋の手助けをしよう、って。
でも、結局は彼女を応援することもできなかった。
だって、卒業式の日に全部なくなってしまったのだから――。
今、自分の瞳には彼と屈託なく話す彼女の姿が映し出されている。
あんなに素直になれなかったゆずが飛鳥に甘えている。
胸にしまい込んでいた本当の気持ちを伝えられたんだ。飛鳥君の事が本当は大好きなんだって、伝えられたんだ。
そう思うと、胸が熱くなった。
おめでとう、六花。
彼に照れながら微笑みかけている彼女は本当に眩しくて。
私は誰にも聞こえないくらい小さな声で、彼女への言葉を紡いでいた。
――でもっ、でもっ…………。
それと同時に。
私は自分の心の隅にそれとは相反する気持ちが漂っていることも分かっていた。純粋に二人が付き合っていることを悔しい、と思う気持ち。この輪の中にもう自分は必要ないという事実。自分という存在の意義がなくなってしまったかのような、改めて自分の居場所がなくなってしまった事を突きつけられたような喪失感。
上手く表現しづらいけれど、この光景に私の心をえぐる何かがあることは間違いなかった。ギュッと胸が締め付けられ、胸いっぱいの切なさを感じさせるものが。
でも、それを考えるのは仕方のないことで。今更どうこうっていってもどうしようもないということは痛いくらいに痛感している。
だってこれは私が自らの手で選んだ選択なのだから。
私があの時に飛鳥君をフッたりしなければ。
私がちゃんと自分自身にしっかりと向き合えていたら――。
私が、私が、私が、私が私が私が…………………
後悔の念は未だに収まることはないけれど。
Ifを上げていけばキリがないけれど。
私がこうなることは必然だった気がする。
だって私が六花の恋を応援する、って決めた時から私の飛鳥君への答えはもう決まっていたのだから――。
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