第12話 彼女との買い物
「あ~、やっぱり家に帰ってくると落ち着く~」
「おい」
六花は部屋に入るなり、持っていた手下げかばんを置いてベッドに腰掛けた。
まるで我が物顔である。
俺からのツッコみに対しても動じず、部屋の主がお茶を持ってくるのをくつろぎながら待っている。
これは大物になりそうだ。
「ほい」
「ありがとっ」
彼女にお茶を渡し、隣に腰を下ろす。
「で、どうだったの、初授業は」
「何人かと話せたぞ」
「私も数人と話せたよ。みんないい人そうでホッとした~」
老夫婦のようにお茶をすすりながら今日のお互いの感想を話していく。
初授業を終えてお互いちょっとお疲れ気味だ。
自然とお茶を飲んだり、お菓子を食べたりして無言になっていく。
ふと時計を見ると、針はまだ3時を指していた。
高校では考えられない時間だ。
「今日の夕飯何にする?」
六花は思い出したかのように今日の夕飯の話題を持ち出した。
その後すぐに「私は何でもいいけど」と付け足す。
「うーん、…………何でも」
「……だよね~」
俺の答えになっていない答えに、六花はちょっとため息をつくようにして天井を見上げた。
予想通りだったらしい。
「『何食べたい』って言われて、なかなか出てこないよな」
「私もお母さんに聞かれて、よくそう答えてた」
眉を下げて苦笑いする。
「でも、何でもいいが一番難しいのよね~」
俺も母さんに何でもいいと言うといつもため息をつかれてたっけ。
「冷蔵庫の中ももう無いしな~」
「うーん」
六花の料理テクはいう所がないのでどんな料理でも俺は喜んで食べるんだけど。
「……じゃあ、スーパーに行って適当に見てこよっか」
「そうだな」
食材を見ていたら何か思いつくかもしれない。
そういう期待を込めて俺たちはスーパーへ出かけることにした。
※
「さ~て、来たものの……」
「何を買いますか」
彼女の言を継いで食品棚を見つめる。
夕食代は折半する形に決めたので、金額はまあまあ使えるのだ。そのために嬉しい悩みではあるが、メニューの幅も広がって彼女をより悩ませる事態となっていた。
野菜とジ~っとにらめっこをしている六花を横目に俺も野菜を眺める。
あまり変わらないようにも思うが、六花曰く一人前作るのと二人前作るのとでは代金もいくらか変わってくるらしい。確かに少量に買うより大量に買った方が単価的に安上がりになりやすいもんな。
キャベツも半玉ではなく一玉をかごに入れる六花。
食費を安く済ませられるのも半同棲生活のメリットの一つで。
我が家の料理長には感謝感謝である。
「……お魚もいいわよね」
鮮魚コーナーを過ぎたあたりでポツリと独り言をつぶやく。
どうやら干物が目に入ったようだ。
「ねぇ、干物だったら何を食べたい?」
「……アジとかかな?」
「オッケー、サンマね」
あ、あれ?
俺はアジと言ったつもりなのだが……。
六花は何事もなかったかのようにサンマをかごに入れた。
「あの~、六花さん?」
「私もサンマを食べたい気分だったの~」
ニヤっと口角を上げ、不敵な笑みを見せた彼女は「気が合うわねっ」とこちらにウインクして見せた。
まぁこれくらい、いいけど……。
「それじゃ、今日の夕食はサンマにして……」
今度は精肉コーナーへと向かった。
スーパーに毎日来るのは意外と面倒だ。
ちなみに俺の家から片道10分弱かかる。ということは、往復になると約20分かかるということで。
そう考えるとなかなかに遠いな。
アパートの下にコンビニはあるが、なぜか周りにスーパーは少なくこれだけ離れているのにここが最寄りというから驚きだ。
もう少し多くスーパーを作って欲しい。
たかが20分ではあるが、大学が忙しくない今はまだしも本格的に大学の授業が入ってくるとこの20分が面倒になるわけで。
コンビニでいいんじゃね、的な事態にもなりかねない。
六花としては、それは極力避けたいのだろう。俺がコンビニで済ませているのを聞いた時はちょっとあきれられてたっぽいし。
数日分の食料を一回の買い物で買っておくのが効率的というものだ。
「ハンバーグがいいかな~」
ひき肉を見ながらまたしても独り言をつぶやく。頭の中の整理がしやすいように言葉をぶつぶつ言いながら選んでいるそうだ。
その彼女の横顔からは熟練の主婦そのものといった風格が漂っていて。
幼さの残る外見とのギャップにおかしく思ってしまう。
そんな俺の感想など知る由もない彼女は、夢中になって色々なお肉を物色している。
「……ロールキャベツが食べたい」
ボソッと自分の要望を伝える。
何だが雰囲気がある背中に聞こえるか聞こえないかの声音で言ったが、ちゃんと聞こえていたらしい。
了解っ、という声と共にあらびき肉をかごの中に入れてくれた。
優しい!
マジ天使じゃん!
「……そんな、恥ずかしいよ」
あれ、声に出てた?
あんな恥ずかしいことを言ってしまってた?
完全に地雷を踏んでしまったような気がする。
少し戦慄しつつ覗き込んで彼女の表情を伺うと、六花は恥ずかしそうに頬を薄く桃色に染めて俯いていた。でも嫌ではなかったらしいことは頬がわずかに緩んでいるところから読み取れる。
今までなら、「ふ、ふざけんじゃないわよッ⁉」や「あ、あんたにそんなこと言われても嬉しくないんだからねッ⁉」とか言って嚙みついてきそうなところだが、今の彼女はこんな言葉にも素直に喜んでくれるからなんだか嬉しい。
「……人もいるんだから、優しいとか、天使とか、完璧すぎワロタとか言わないで……」
六花はチラッと上目遣いで「今度から気を付けてね?」と優しく諭してくれた。
綿菓子のようなフワッとした声音に。
自分の心臓を撃ち抜かれる音が耳朶に響く。
つくづく幸せ者だと実感する今日この頃である。
俺は彼女からの注意を小さな子供のように力強く頷き、反芻。
……あれっ?
「最後のは六花の幻聴だと思うぞ?」
俺からの指摘に六花はペロッと舌を出しておどけて見せた。
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