第11話 付き合い始めて
「おーい、こっちこっち」
大学での初日が終わって。
俺は講義棟から少し離れた待ち合わせ場所で一人の女子が来るのを待っていた。
ただ、さすが大学。
講義を終えた学生が所狭しと言った様子で講義棟から出てくる。
お洒落な格好に身を包んだ学生や髪を様々な色に染めた学生……。
その中からショートカットに切れ長の瞳をした女子が辺りをきょろきょろしながらこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
俺の声に気づいたのか、彼女は俺を見るなり小走りになってこちらまでやってきた。
春らしい桜色のロングスカートが眩しい。
「お待たせ、飛鳥!」
鈴のような明るい声音が耳朶に響き、彼女のはじけるような笑顔にドキッとしてしまう。
そんな俺の姿を知ってか知らずか。
「どう、可愛いでしょ?」
ロングスカートをふわっと浮かせながら俺の前で一回転し、スカートから垣間見えるしなやかに伸びた四肢を露わにしてさらに俺の鼓動を速めた。
「う、うん。似合ってるよ」
これ以上彼女を見ていては心臓のキャパをオーバーしてしまいそうだったので、彼女から視線を外して答えた。
顔が少し熱くなっているのは重々承知の上だが、どうすることもできない。
「ねぇ、ホントにそう思ってる?」
俺の反応が気に入らなかったらしい六花は、少し疑ったような声で再び問い質してきた。
極力彼女を見ないで答える。
「も、もちろん」
「じゃあ何でこっちを見てくれないの?」
「そ、それは…………」
すぐに良い返しが出てこない。
痛い所を突かれた俺は固まってしまう。
「可愛いから、まともに見れない」何て口が裂けても言えないじゃないか。
察しろよ、六花。
普通こういうシーンって、相手側は気づいていない態で察してくれるのが礼儀ってもんじゃないのか。
だけど、頭の回転の速い六花の事だ。
もしかしたら、わざと俺の照れている表情を見たいだけなのかもしれない。
六花は俺の一手先を読んでいてもおかしくはない。
何か、逆に彼女を照れさせることは出来ないか…………。
って、これじゃあ『からかい上手の〇木さん』の西片と同じじゃないか。
「ねぇ、何でこっちを見てくれないの?」
再び六花は固まる俺に問いかけてきた。
今度はさっきよりも寂しげな声音となっており、切実に見てくれないことを悲しんでいるように聞こえた。
チラッと六花を見ると、彼女は上目遣いでこちらを見ていて雨に濡れる小動物のごとき尊さを感じさせるもので。
すぐに視線を外したが、顔の熱量が下がるはずもない。
というか、より上昇したかも。
俺は良い返しも思いつかないまま彼女からの問答と視線を浴び続ける時間が続いた。
※
それから何回か後。
「ねぇ、何でこっちを見てくれないの?」
相変わらず彼女からの問いかけは続いていた、が。
さきほどから、毒リンゴを白雪姫に渡す魔法使いのような声を俺の耳元に囁くようになっていた。
顔を見ると、それこそ悪だくみをしている魔女そのものだ。
あ、ダメだこいつ。
絶対俺の表情を楽しんでやがる。
最初の内は本当に寂しそうな声を出してたくせに、今やディ〇ニー映画に出てくる悪役のような声で俺を問い詰めてくる。
杉〇右京ばりの犯人の追い詰め方である。
「すみません、可愛いです」
名警部から逃れ続けられるわけがない。
俺は彼女の入念な(しつこい)取り調べの前に屈した。
そして、彼女を直視できなかった理由をポツポツと述べていった。
はじけるような笑顔や上目遣いなど、可愛かったところを言っていく。
こっちは糸の切れた人形状態なのだが。
ふと彼女を見ると彼女に変化が訪れていることに気づいた。
可愛いかった点を言うたびに彼女が目を丸くして頬を赤らめるのだ。
まるで、想定外の事態に遭遇したように。
「ふ、ふ~ん」
ちょっと口を尖らせ、ジト目を向けてくる六花。
通常通りにしているつもりなのかもしれないが、頬が赤い。
どうやら可愛かったから見えなかったということまでは考えていなかったようだ。
普通にディ〇ニー物まねを満喫してただけっぽいな。
高木さんほどの推理力はなかったらしい。
ちなみに、黙秘権の行使は許してもらえなかったのでここに記しておこうと思う。
「もう、飛鳥ったらっ」
俺の告白を聞いた六花はちょっと手で頬を押さえながら視線を俺から外した。
ちょっと怒ったような恥ずかしそうなそんな声音だ。
「だって、付き合い始めてまだ数日だろ?やっぱり、まだドキドキするって」
「でもでも、可愛いからって……」
指をもじもじとさせ、何とも言えないような表情をしている。
あざといぞ、六花。
そうツッコもうかと思ったが六花はそういうタイプではないので、素の六花なんだろう。
しかし、素でこんな仕草を取られたら、惚れてまうやろ!
……いや、惚れてるのか。
「それじゃあ、行くか」
俺は平静を装って照れる彼女に促す。
六花は少し俯きながら「うん」とだけ頷いた。
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