第10話 幼馴染との半同棲生活
「やっぱり……」
静かに、自分の言葉を確信するように六花は囁く。
「だって、俺のせいでっ……」
彼女に背を向けたままうなだれる。
自分に対する怒りから、やりきれない声になってしまう。
「俺のせいでっ……渚沙との関係を壊して、三人の関係も壊して……。そんな俺が六花と付き合える資格なんて…………ない」
自分の中の思いを吐露した。
自分でも驚くほど、声が震える。
あのあと六花にも伝えていなかった自分の中にあった罪悪感を彼女に向けて吐き出す。
自然と目の前がぼやける俺に。
「そんなの……本当に友達なの?」
ポツリと彼女の口から言葉がこぼれた。
「……えっ」
「自分が好きなことも正直に伝えられないでっ、表面上の関係性だけのために自分の気持ちに嘘をつき続けることが本当によかったって思ってるのっ⁉」
六花は俺の両腕を掴んで体を揺さぶる。
涙声になりながら、六花は声を荒らげた。
「私は、飛鳥の事が好きだった、大好きだったっ。でも、飛鳥は渚沙のことが大好きだってことが分かってたからっ……私は飛鳥の恋を応援しようと思ったッ‼」
再び背中に頭が押し付けられる。
「それで卒業式の日に、飛鳥は渚砂に告白した。自分の中の気持ちを渚砂に伝えたじゃないっ。本当の、何の偽りのない自分の気持ちに向き合ったのっ。だから、自分のせいで関係が壊れたとか、思わないでよっ……」
最後の方は途切れ途切れになりながら。
消え入りそうな声になりながら、六花は俺に訴えかけた。
「六花……」
六花にこれまでの間自分の中に刺さり続けていたものが否定される。
あの日からこの話題を避けてきた俺にとって、俺の判断に対して彼女が感じていた思いを初めて聞いた瞬間だった。
向き直ると、涙でぬれた彼女の瞳と俺の瞳が交差する。
六花は泣いていた。
瞳から細い筋を何本も作って涙をこぼしていた。
だけど俺を見つめるその瞳は、俺の心の罪悪感を貫くような力を宿していて。
俺はおもむろに彼女の両腕を掴む。
「六花……、本当にいいのか?」
もう一度彼女に俺のしたことに対して確認を取る。
「俺は、自分のわがままだけで告白した……どうしようもない奴だぞ?」
「私は……飛鳥が好きだから」
俺の質問に六花はうつむき加減で答えるけれど。
そんなの答えになってないじゃんか。
六花の返答は自分が期待したものとは違っていて。
答えになっていないはずなのに、彼女のその一言が罪悪感でいっぱいだった心を溶かしていくのを感じた。
「……ありがとう、六花」
彼女を自分の中にギュッと包み込む。
すると彼女は自ら胸の中に顔をうずめ、さらに強く彼女を抱きしめる。
「俺も……六花が大好きだ」
温かくて柔らかな感触が抱きしめた腕から伝わってくるが、それ以上に自分の心臓がヤバいほど大きく強い鼓動を鳴らしている。
多分六花もその音が聞こえたのだろう、胸の中から頭をひょこっと出した彼女は「飛鳥、私と同じだね」と少し恥ずかしそうにはにかんだ。
視線を合わせ続けられない。
「……仕方ないだろっ」
横を向いたまま彼女に反論する。
恥ずかしすぎて顔が火照ってしまっていて全然威厳などはあったものじゃないが。
俺の反論もそこそこに彼女はまた俺の胸に顔をうずめ、俺もギュゥ~と彼女をさらに抱きしめる。
甘い空気が二人の間を包み込んだ。
※
「ねぇ、飛鳥……」
しばらく抱きしめ続けていると、六花がおもむろに口を開いた。
ひょこっと出す動きがなんとも可愛らしい。
「どうした?」
「私、……飛鳥とずっと一緒にいたいっ」
子供がおもちゃをねだる時のような口調になる。
今までの彼女からは想像もつかないようなデレだ。
そのギャップということもあるし、普通に六花の目鼻立ちが整っているということもあるけれど。
目元が自然とゆるくなってしまう。
母性本能というのだろうか、守ってやりたくなる気持ちもより強くなるのを感じる。
とはいっても。
「さすがに、ずっとは厳しくないか?」
「えーー」
飛鳥と一緒に暮らしたい~、と駄々をこねる。
うーん、デレというか幼児退行しているような気がせんでもないが、これはこれで可愛いので良しとしておこう。
「だって、六花だってアパート借りてるだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
「それに……」
「それに?」
「夜に一緒に寝るとか……」
「あっ……」
それを出して瞬間、六花の顔が真っ赤になる。
純情な乙女のように俺の腕の中であたふたとし始めた。
全然頭になかったらしい。
一緒に住むってそういうことなんだぞ。
俺たちはまだまだそんな段階じゃないから無理に決まっているけど。
指摘されてもなお何かないかと思考を巡らせる六花。
まだあきらめないらしい。
「じゃあさっ」
何かを思いついたらしい彼女は、輝く瞳を俺に向ける。
「夜はちゃんと私の家に帰るからさ、夕飯までここで一緒にいさせてよっ?」
「えっ?」
寝るのは家で寝るから、それ以外は俺の部屋にいるってこと?
思わぬ考えに素っ頓狂な返事をしてしまう。
「…………だめ?」
その上目遣いはズルいって前から言ってるだろっ!
あらがえるわけないんだから……。
「分かったよ……」
俺自身、六花と長くいられるのはありがたいけれど、それを前面に出すと面目が立たないので、しぶしぶといった感じで彼女の提案を受け入れる。
「これから、私たち半同棲生活だねっ!」
俺から承諾をもらった六花は、小学生のように純朴な微笑みを俺に向けた。
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