第9話 苦い思い出

 ――あれは中学3年生の頃だった。

 もちろん俺と六花はこの時も幼馴染だった。

 でも、俺たちが二人で遊んだり話したりするようになったのは高校生になってからで。

 それまでの間はもう一人の幼馴染、柊渚沙を入れた3人グループで遊んでいた。

 俺たちは、3人集団だったんだ。

 柊渚沙は茶髪のボブカットにぱっちりとした瞳とスーッと伸びた鼻筋が印象的な、美人をそのまま体現したような女子だった。

 性格はおしとやかで、清楚。

 窓から駆け抜ける爽やかな風も彼女の魅力を引き立てる一つの道具に過ぎなくて。  何をやっても、どんな環境にいても彼女の一挙手一投足にはいつも華があった。

 そのちょっぴり大人っぽい落ち着いた立ち振る舞いに好意を抱くクラスメイトが数多くいたことを知っていた。

 何人も俺を通して彼女とお近づきになろうとする輩がいたのも事実だ。

 俺だって憧れと好意を抱いていたから、断り切れずに複雑な気持ちで彼らと彼女を近づけた回数は数知れず。

 全員玉砕したことは彼女本人の口から聞かされていたけど。

 また、渚沙も六花と同様、天から何物も与えられていて。

 好きな本は中学生にして純文学。

 学校では六花とよくトップ争いをしていたライバル関係でもあった。

 活発で自由奔放な六花と違って小さなころからずっと物静かな渚に、俺は次第にひかれていった。幼馴染としての「好き」ではなく、はっきりと一人の女子としての「好き」に変わっていた。

 いつ頃からその気持ちがあったのかははっきりと覚えていないけれど、中学生になる少し前から彼女の事を好きだと思い始めていたように思う。

 そして、中学の卒業式。

 俺は思い切って渚沙に告白した。

 日は三月九日の卒業式。

 場所は体育館の裏。

 今考えればあまりにもベタなシチュエーションだったと思うけど、告白一つしたことがなかった俺にとってそんなことに気を使っている余裕はなかった。

 幼馴染の告白。

 普通に考えてタブーだとは分かっていた。

今まで彼女がどんな風に俺を見ていたのか。

 男の子としてじゃなく一緒に道を歩んできた幼馴染として見ていたかもしれない。

 告白して付き合ってくれる確証もなかったし、もちろん『断られるかもしれない』という恐怖もあった。

 でも、それよりも自分の気持ちが抑えられなかった。

 渚沙と特別な関係になりたい――。

 渚沙と今まで以上に喜びを分かち合いたい。

 もっと二人で一緒にいたい。

 本当にそれだけの――今にして思えば何も考えていない判断からだった。

「――ごめんなさい。私、飛鳥のこと……」

 そう言われたときから、自分の家に帰った時の道のりは未だに思い出せない。

 彼女の答えに自分がどんな行動をとったのだろう。

 最後まで聞かずに彼女の前から逃げてしまったのか、しっかり彼女の返答を受け止めて何か言ったのか。

 記憶の奥に押し込められて今の自分では当時の俺の何も考えが及ばなくて。

 ただ、断られたこと、彼女の美しい顔が苦虫を踏み潰したような苦渋の表情に変わっていたことは鮮明に海馬に染み込んでいる。

 その顔が言い表せないくらい切なくて。

 俺は告白したことを、この瞬間になってようやく後悔した。

 水面に落ちた一滴の雫のごとき決定的な揺らぎが俺達の関係に生じた瞬間だった。

 この日以来三人でつるむことも、会話することさえも無くなり。

 渚沙とは会う機会は一度たりともなかった。

 意外と渚沙の方は気にしていなくて、今までと変わらないような関係で居続けたいと思ってくれていたのかもしれない。

 と考えてしまっている時点で自分の甘えなのだろう。

 でもその答えはたぶん一生分かることはないことで。

 彼女が今どこで何をしているのか、皆目見当もつかない。

 高校になってからは、中学の頃からやたらとツンツンした態度で接してきた六花と何やかんやつるんだけれど。

 心のどこかにはあの時の後悔と彼女への申し訳なさがあった。

 それと、二人だけの物足りなさも。

 六花、渚沙と出会ってからの何気ない日々は本当に楽しくて、どうしようもなくて。

 三者三様でつるんでいたあの頃が懐かしい。

 ただの日常だと思っていたあの頃にも戻りたいと何度とも数えられないくらい思った。また渚沙と話したくて連絡を取ろうともした。

 けれど。

 そんな都合のいいことは許されない。

 大事な友人関係を壊した自分にそんな資格なんてない。

 そんな思いが俺の心にくさびを打っていた。

 でも、これを俺は受け入れるしか選択肢はなかった。

 俺自身が戻れないようにしてしまったのだから。


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