第8話 六花の告白
「まさか、今日の私を変だと思ってた?」
しばらくの静寂の後、六花は確かめるように口を開いた。
何をいまさら当たり前の事を言っているのか。
「そりゃあ、いつもの六花はもっとツンツンして俺に突っかかってくるじゃん」
「突っかかっるって…………ま、まぁ確かに高校までそんな感じだったけどさ」
ちょっと拗ねてしまう。
部屋の隅を見ながら、六花は俺に言われたことに対して何やら不満を口にしているっぽかった。聞こえなかったけど。
「で、どういうことだ?」
このまま話が斜めに行きそうだったので、議題を「今日の六花が一日おかしかった件について」に戻したが。
「ねぇ、飛鳥。飛鳥がこの大学に来た理由って、新しい自分に生まれ変わりたいから、だったよね?」
六花は逆に質問を投げかけてきた。
それも俺がこの大学に来た理由。
さっき聞かれたことに会話が戻ってしまった。別に隠すようなことじゃなかったから素直に答えたけれど、それがどうかしたんだろうか?
せっかく脱線した話を元の線路に戻したというのに、無駄な修正だった。
だが、彼女の声音はいつの間にか真面目なものに戻っていて。
この話題に対する切実さが伝わって来た。
「ああ、そうだよ。俺はこの大学に新たな自分を見つけにやってきたんだ」
彼女が言った事を繰り返す。
改めて真面目に言うと、なかなか恥ずかしい内容であったことに気づいた。
さっき言ったときは全然気にならなかったのに改めて考えると何だよ、新たな自分って。
中二病でもこじらせているのか、俺。
外面は堂々と述べたが、心の中では恥ずかしさが時間差で俺を襲ってきた。徐々に顔が熱くなるのを感じる。
今さら取り繕って別の理由も言えないし……。
自分の答えがこの静寂の中で自然消滅してくれるのを待った。
幾許か経って、「ねぇ」と六花は静寂を切り裂く。
「私が何でここに来たか、わかる?」
少しだけ上目遣いになった六花が甘えるような試すような瞳で訊ねてきた。
真面目な声とは対照的で色っぽい。
「俺を驚かせるため……?」
最初に彼女が言っていたことをそのまま答える。
だけど六花は首をブンブンと振った。
「ほんとにそうだと思ったの?」
「いやっ…………」
そこで言葉が詰まる。
やっぱりあの時の彼女の理由は本当の理由ではなかったらしい。違和感はあったけれど、そのまま信じてしまっていた。
でも、別の理由……。
六花がもっと有名な名門大学を蹴ってまでこの大学に来た理由。
「うーん……」
天井を見上げる。
もちろん何か書いてあるわけでもないから、考えるヒントにはならなかった。
適当な答えも出てこない。
「私がここに来た理由は――」
口元を押さえて真剣に考えている俺に業を煮やして、彼女は口を開いた。
ちょっぴり頬を紅潮させている。
「――飛鳥と同じ。わ、私も新しい自分になろうと思って……」
目をあわせながら、六花は理由を告げた。
やっぱりこの文言を口にするのは恥ずかしいのか、最後の方は六花ももごもごとした感じだ。
もごもごし始めるのと同時に視線も斜め下へと下がっていき、今は流し目のように左に視線が移っている。まったく色っぽさはないけどな。
ところで、六花の言った理由だが。
新しい自分になりたい――。
俺は六花が言った言葉を頭の中で反芻した。
さっき六花も言ったように、俺がこの大学を選んだ理由と同じだ。
田舎にあるこの大学にはこれまでも、うちの高校からの進学者はほぼいなかった。
だからこそ、誰も自分の事を知らず、また、こっちも相手の事を知らないこの土地 は、新たな自分になるには絶好の場である。
だけど。
この大学じゃなくとも俺たちが住んでいる高校の生徒が進学していないような大学はたくさんあるし、ましてや幼馴染が進学することが前々から分かっているのだから、意図的に外すことも考えられるわけで。
新しい自分になる、という理由は少し引っかかるものがあった。
俺がいることで彼女の目標は邪魔されているように思えてしまう。
「じゃあなんでここにしたんだよ?」
「……分からない?」
髪を揺らし、わずかにほほ笑む六花。
試すような瞳が俺を射抜く。
何が?
さっぱりわからなかった。
「……飛鳥ってさ、ちょっと鈍感というか、天然なところあるよね」
昔を振り返るようなまなざしを向ける。
「ちょっと後ろ向いてよ」
「き、急になんだよっ」
「いいからっ、さっきみたいに後ろを向いてっ?」
いきなり彼女に後ろを向くように促される。
文脈がつかめない……。
今回は肩が凝っている訳でもないんだけどな。
不審に思いながらもさっきと同じように六花に背中を向けた。
「飛鳥はさ、新しい自分になりたい。で、私も……新たな自分になりたい」
すると六花はさっきいった理由を自分に言い聞かせるように反芻する。
彼女の熱い吐息が肩に当たった。
さっき後ろを向いた時より近い距離で話しているようだ。
わずかに緊張が伝わってくる。
「だから、髪の毛も切ったし…………本当の自分もみせた」
「は、はぁ?」
本当の自分を見せた?
どういうことだ。
さっきからおかしいぞ、六花。
言ってることや仕草、全部。
今日の六花が本当のお前なら、今までは一体何なんだ?
六花の真剣な声音のままだけど。
俺の頭の中には、はてなマークがいくつも浮かび上がってきていた。
さっきから意味不明なことばかりだ。
彼女は何がしたいんだろうか。
「……高校はさ、中学校の時の感じから上手く抜け出せなくて、飛鳥に強く当たっちゃったけど………もう、私たち大学生でしょ?」
「ああ……そうだな?」
狼狽えながらも彼女に同意すると。
後ろから彼女の細い腕が伸びてきて俺の体を包み込んだ。
そして。
「……それじゃあさ、二人の関係も新しくなっちゃダメなのかなっ?」
絞り出すように。
泣きそうな声になりながら、六花は自分の思いを吐露する。
ツンツンとした彼女とは一番似つかわしくないセリフと行動。
いきなりのことに不意を突かれ固まってしまった俺は。
「な、なっ、なッ…………⁉」
壊れたロボットのように情けない声を連呼する。
そんな俺の体をさらにギュゥと締め付ける六花。
背中に彼女の柔らかな双丘を感じて、更に身動きが取れなくなってしまう。
六花、当たってるって⁉
呂律も回らないし、腕にも力が入らない。
腰が抜けてしまったように体が言うことを聞かなかった。
頭は真っ白になって焦る俺をよそに六花は。
「こんな風な……好きな時に飛鳥を抱きしめてもいいような、そんな関係に…………なれないのかな…………」
一生のお願いごとをするかのような声が耳元で囁かれる。
鈴のような猫なで声に頭がくらくらする。
理性が崩壊しそうだ。
もうこのまま無理やりにでも振り返って俺も六花を抱きしめてもいいよな――。
六花も俺の事を一人の男子として好きでいてくれたんだから。
これまで感じていた彼女への想いを俺も言っていいんじゃないか。
俺も六花が大好きだと。
だけど、俺には……。
その時わずかに残る理性が俺の本心を食い止めた。
「でも、俺っ…………」
俺に彼女を好きになる資格なんて……。
「…………わかってるよ」
俺の答えを既に予想していたように。
六花は顔を背中に押し付け、俺の心の奥に届くように言った。
「飛鳥が……渚沙のことでまだ悩んでることくらい」
「……お前」
六花に確信を突かれてしまう。
俺が六花の告白を純粋に受け入れられない理由――。
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