第7話 六花の甘えとその先に
「大丈夫か、六花?」
「うん、大丈夫……ごめんね」
「皿一枚くらい気にすんな」
六花は「ありがとう」とわずかにほほ笑む。
ちょっと無理矢理っぽい感じではあったが。
俺に心配させまいとしてくれるその心遣いが嬉しいし、逆に気を使わせているようで心苦しい。
よいしょ、と彼女の隣に腰を下ろす。
いつもは息巻いている彼女が何だか小さく見えた。
六花を真似して俺も体育座りになり、何も話すことがないままにつけていたテレビを眺める。画面では世界の仰天したようなニュースを紹介するバラエティー番組が流れていた。ちょうど今始まったらしく、MCの二人が話をしている。
結構好きな番組なので、ベッドにもたれかかってそのままテレビをボーっと見始めた。
「ちょっとこうしていい?」
しばらく二人で見ていると、六花はベットにもたれていた体を俺の肩に預けてきた。右側から緩やかな重さが伝わってくる。
もたれかかり、六花は「ふぅ」と小さく吐息を漏らした。
俺の肩の上にはちょこんと小さな頭が載っている。
穏やかな表情でテレビを眺める六花。
きれいに通った鼻筋や粉雪のようにきめ細かい肌に目がいった。
見とれていることに気づかれないよう再びすぐに俺も番組に視線を戻し、お互い何も言わないまま二人で同じ番組を視聴する。今やっているのは、病気になった恋人を助けようとする青年の話だった。
感動的な話になりそうだが、彼女の方が気になって俺はそれどころではない。生まれて初めて女の子に体をもたれかかられているのだ。
彼女から伝わってくる温もりや鼓動に反応してこちらの鼓動が早く大きくなる。番組に集中できない俺は番組の内容は二の次に、彼女の様子を確認しては顔を背ける、を繰り返していた。
「やっぱり、重い?」
挙動不審に陥っていることを六花にも気づかれてしまう。
極力ちょっと見てはやめるようにしていたつもりだったが、さすがにやりすぎてしまったようだ。
肩に頭をのせたままこちらを見る。
「そんなことないよ。ただ、こういうことが初めてだから緊張しちゃって……」
正直に理由を彼女に伝える。
それとともにさりげなくテレビがある前を向いて、六花の顔を見えないようにした。小動物っぽかく甘えたその顔をそのまま見てあらがえる自信がなかったのだ。
「じゃあもうちょっとだけ、こうさせてね?」
嬉しそうな声が聞こえた後、六花はさっきよりも体を寄せてきた。
柔らかな感触がもっと俺の体に食い込む。
やっぱり今日の六花は優しい。
というか、今までの六花とは別人だと思うくらいに俺に甘えてきたり、頬を赤らめたりしている。高校時代の最後にも優しく接していてはくれたけれど、今日の彼女はあの時とは質の異なる優しさのようで。
再開したときはいつものような六花の口調だったが、この一日を通してだんだんと彼女の口調が柔らかくなり、俺の事を気にしてくれている度合いが高くなっていったような気がした。
「六花、やっぱお前今日なんか変じゃないか?」
「だ~か~ら~」
「ほらっ。それとかもいつものお前らしくないじゃん」
俺はバッと指摘する。
六花は「だ~か~ら~」と甘えるタイプではない。いつもの六花なら、「だからっさっきも言ったでしょッ?あんたも分からないやつねっ」と吐き捨てるように言ってくるはずだ。
俺からの指摘に彼女はのせていた頭をあげる。
そして体育座りをやめて、四つん這いでテレビがある方向に移動するとペタンと座り、真面目な表情で俺と向き合った。
「飛鳥はさっ、どう思ってるの?」
「どうって?」
「今日の、わたし」
「……やっぱりつくってたのか」
今日の自分は演技だったことを告白する。
まぁ、薄々は作っているんだろうな、とは勘づいていたけれど。
どうしてそんなことをしたのか、理由はまだ分かっていない。
そんなことはどうでもいいと言わんばかりの勢いで六花は身を乗り出してくる。
顔が近い。
「それで、どう思った?」
「……そりゃ、可愛かった」
面と向かって言うのは恥ずかしいことを聞いてくるな。
視線を彼女からそらして質問に答える。
やばい、変な汗かいてきた。
まだ4月になって間もないのに、額が軽く汗ばんだ。
「……っそ、ありがとっ」
六花は飄々とした感じだ。
極めて冷静に、何にも動じないような精神力が今の彼女からは伝わってくる。
…………はい。
六花の「ありがとっ」で話が止まってしまう。
で、次の言葉は?
すぐに何かを言ってくると思っていた俺は、早く次の言葉を促すように視線を送る。
しかし彼女の方も何かを言う気配はない。
えっ、何だったんだ今の質問?
だが、戸惑う俺のことには気づいていないかのように彼女は視線を部屋のあらゆるところに移している。
あれ、これは……。
しばらく彼女の動きを追っていると。
さっきの皿を割った時と同じようになってるんじゃ……。
忙しなく動く視線、明らかに間隔の短い瞬きは、間違いなく冷静さを失っているときの彼女のそれだった。
挙句の果てに「やっぱだめだ~」と小声で言いながら、顔を覆った。
最初の内は飄々として物怖じしていないように見えていたのだが、それはただ黙っていたから落ち着いているように見えただけのようだ。真面目になったことも空しく、結局は緩い空気感に戻ってしまう。
「おーい」
「な、なにっ?」
「焦ってるぞ」
「焦ってなんかないわよッ」
「素直になれよ。まっ、そんな六花も可愛いけど」
「…………ま、またァッ⁉」
六花は顔を真っ赤にする。
1分前の彼女の面影がどこにもなかった。
今の彼女は、俺が来ているパーカーの袖をブンブンと引っ張って照れさせられたことに何とか抵抗しようとしている。ただ、もちろん引っ張る力が強いわけなく、せいぜい脱力してだらんとなった俺の腕を少し持ち上げる程度だ。
本当に甘いな、甘々だな。
本当に彼女と付き合っていないのか、と思ってしまうほど付き合って初々しい頃限定で起こるイベントが今俺の前で発生している。
普通なら興奮して我を忘れてしまってもおかしくないが。
意外にも俺の精神は落ち着いていた。
興奮を通り越したのか、俺は賢者モードになっていた俺はこのシチュエーションを客観的に分析してしまっている。
猫のような感じで俺とじゃれつく六花。
俺の反応が薄いせいか、今度は俺の腕をパーカー越しにツンツンし始めた。
可愛いんだけど、明らかに様子がおかしい。
「えっと、いつまで演技するんだ?」
彼女の質問に可愛いと答えたが、六花も今日の自分は演技だという事を認めたのだから、もう演技する必要はないはずだ。
だからもういつもの彼女に戻ってもいいんじゃないか。
だが、ツンツンとして俺に接してくるいつもの彼女に戻ってほしい=俺はMなので彼女から罵倒されたい、というわけではないことをこの際断っておく。
俺は、Mじゃない。
だが、彼女の方を見ると俺のそんな質問にキョトンとしている。
演技って何のこと?とでも言いたげな瞳だ。
「さっき、俺が『やっぱりつくってたんだな』って言ったときに否定しなかったよな?」
「う、うん」
「だから、今日のお前は演技してたんだろ?」
「ちがうよっ?」
六花は愛らしく小首を傾げる。
二人の会話がかみ合っていない。
六花の表情はキョトンとしたままで変わることがなかった。
本当に「今日、演技していた」という俺からの言葉に思い当たることがないらしい。
こっちが問い詰めているはずなのに、六花は怪訝な表情で俺を見つめていた。
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