第6話 幼馴染との後片付け
「はぁ~、食べた食べた~~」
俺はパンパンになったお腹をさすった。
目の前には空になった皿が並ぶ。
あの後、俺たちは特に会話をすることもなく黙々と料理を口に運んでいた。そして気が付けばあんなにあった料理が全て俺たちの胃に収まってしまっていた。
本当においしいものを食べると無言になるって本当だったんだな。
六花の腕前には心底驚かされたが、本当においしかった。
ご飯は3合炊いていたそうだが、二人とも勝手によそっているうち、あっという間になくなってしまった。
他の料理もしかり。
「どう、おいしかったでしょ?」
食器をまとめながら、六花は俺に微笑みかける。
その顔にはご飯を食べただけではない充実感が溢れていて。
「おいしかったでしょ?」と聞かれて素直においしかったというのはちょっぴり悔しい気がするけれど、これは肯定せざるを得ない。
「ああっ、最高においしかった!」
「そうでしょ、料理には自信あるんだからっ!」
「どうだ、えっへん」といった様子のどや顔で胸を張る。
まさか彼女にここまでの料理のセンスがあったとは。
バレンタインデーに毎年もらっていたチョコもチョ〇ボール一箱だったし、調理実習でも一緒の班になったことがなかったから六花が自分で何かを作っているイメージは本当になかった。
頭もよくて料理もできるなんて、完璧かよ。
天はこいつに何物を与えれば気が済むんだろうか。
できれば彼女の一物くらい俺に与えてほしかった。
「なぁ、六花っていつから料理してたんだ?」
「うーん、小っちゃなころからしてたわよ。幼稚園くらいから」
「イメージなかったなぁ……って思って」
「まぁ、人前で料理する機会なんてあまりないしね」
食器を洗う六花とそれを拭く俺。
やっぱり六畳一間の家のキッチン(というよりやっぱり台所といった方がお似合い)は狭い。
下ごしらえの時に一瞬並んだ時も狭く感じたが、あの時はすぐに俺は戦力外になったのでそこまでの窮屈さを感じずに済んだ。
だが後片付けの場合はそうはいかなかった。
六花がスポンジで皿を擦るたびに肘が俺の腕に当たる。
「それでさ六花、痛いんだけど……」
「狭いから仕方ないでしょ」
俺からの指摘にまったく気にしていない。
「それに」
六花は俺の方に顔を向けた。
「こっちの方がお互いを近くに感じられて、いいでしょ?」
ボッという音を立てて、俺が沸騰する。
「おぁっとッ⁉危ないっ!」
思わず落としそうになった皿を間一髪のところでキャッチした。
ほんとに危なかった……。
「もうっ、危なっかしいわね、飛鳥はッ」
「誰のせいだと思ってるんだ……」
心なしか六花は楽しそうだ。
六花にからかわれてしまった。
これは何か仕返しを考えなければ…………。
鼻歌交じりに食器を洗う六花。
それは俺が好きなバンドの曲だった。俺らより一世代上に全盛期だったこともあり、カラオケで友達の前で歌ってもたまにポカンとされてしまうレベルの曲で、六花と前にカラオケに行った際に歌ったときも彼女にポカンとされてしまったはずの曲だ。
「その歌……」
「えっ?」
六花も無意識で歌っていたらしく、俺が言った途端鼻歌を辞めてこちらを振り向いた。
キョトンとした顔で俺を見る。
「今歌ってた鼻歌…………俺が前カラオケで歌った歌、だよな?」
「えっ……ええっ⁉……く、口ずさんでた?」
「めちゃくちゃ口ずさんでた。聞いてくれたんだな、ありがと」
「そ、そ、そ、そんなんじゃっ…………⁉」
明らかに動揺する六花。
食器を持ったままオロオロとし始める。
そして、手に持っていた食器をブンブンとしながら、「勘違いしないでよねッ」と瞳をグルグルさせながら弁明する。
あっ、あぶなっ。
「あっ――」
ブンブンとしていた手から皿が滑る。
俺たちはそのまま落ちているのを見ているしかなかった。落ちている間、映像がスローモーションになる。
ゆっくりと床に落ち、盛大にガシャンッと音を立てて皿は砕け散った。
そこら中に破片が散らばる。
「ご、ごめんなさいっ‼」
六花はすぐに我に返り、割れた皿の破片を集め始める。
俺もそれに続き、皿の破片を拾っていく。
一気に暗いムードになってしまった。
「ごめんなさい、私……」
六花はお通夜のような雰囲気を身にまとって謝罪した。楽しい空気を壊してしまった責任を感じているのかもしれない。
「いや、こっちこそごめん。調子に乗ってしまって」
「飛鳥が謝ることッ――いたっ」
破片を集めていた六花からちょっとした悲鳴が上がる。
どうやら割れた破片で指を切ったようだった。
すぐに救急箱を押し入れから持ってくる。
「何やってんだろ私……、ごめんなさい」
悪いことは重なるというが、まさに今がそれだった。
ますます落ち込んでしまった六花の指に絆創膏を貼るため手を掴む。
手はとてもさらさらしていて。
指はとても細くて長い美しかった。
そのうちの人差し指からジワッと滲むように血が出ている。
「ちょっと我慢しろよ?」
消毒液を染み込ませたティッシュで傷口を拭いた。
「私を何歳だとっ、……いっ」
やっぱり痛かったようだ。
ビクッと肩がはねるが、我慢してもらうしかない。
俺はパッと素早く絆創膏を指に巻き付けた。
「はい、おわりっ」
「あ、ありがとっ…………」
六花はまだ少し申し訳なさそうにお礼を言った。
もう一度、「気にしなくていいから」と今度は彼女の肩を軽く掴んで。
「六花は今日頑張ってくれたから。部屋で休んでて、後は俺がやるから」
「うん、そうする……」
さっきとは全く逆のシチュエーションなのが何だか皮肉なように感じるが、怪我したのに後片付けをさせるわけにはいかない。
俺から休むように言われた六花は、トボトボとした歩調で部屋に歩いていく。
料理は六花にやってもらったので、こっからは俺の仕事だ。
こいつ今まで何もやってないだろっ、というツッコみもどこからか聞こえそうだったので、ここらへんで俺にもできる仕事をしておこう。
割れた皿の破片を袋に入れた俺は、残っていた洗い物を片付け始めた。
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