第13話 志乃と涼

 秋になった。秋の連休はシルバーウイークと言うらしい。ただし、5連休になった年だけ。あまり5連休にはならないようなので、希少性を鑑みてプラチナウィークという事もあるらしい。

 今年は3連休である。秋。食欲の秋、読書の秋、芸術の秋、スポーツの秋。なぜか秋にだけ○○の秋という表現がたくさんある。天高く馬肥ゆる秋。これは食欲の秋と意味が同じなのかな?


 連休中だというのに珍しく家族全員が自宅にいる。志乃、加乃、吉乃さんも遊びに来ている。案外レアである。

 現在、大人3人は居間で映画鑑賞、志乃と加乃は姉と3人で姉の部屋、僕は1人で自分の部屋にいる。


「涼、大事な話がある。」


 志乃が部屋に入ってきた。後ろから加乃と姉が続く。部屋の人口密度が急激に上がって息苦しく感じる。姉と加乃が妙に神妙な顔をしている。不穏な空気を感じる。とてもいやな予感がする。


「どうしたの?」


「私と婚約してほしい。」


「…へ?」


「婚約だ。」


「なぜ?」


「涼は私と婚約するの嫌か?」


 志乃が悲しそうな表情になる。


「嫌ではないけれど…、どうして婚約したいの?」


「婚約はすてきだ。」


 志乃が一冊のマンガを差し出した。パラパラとページをめくり流し読みをする。

 どうやら、主人公の女の子が顔も知らない年の離れた男の人と婚約するところから話が始まるようだ。これに影響されたという事か。ごっこ遊びという事だろう。


「知らない人と婚約するのは嫌だから涼で我慢する。」


 志乃はひどいことを言う。


「我慢するくらいなら婚約しなければいいのに…。」


「婚約は必要だ。私は婚約してみたい。」


「わかったよ。」


 僕が了承すると、姉がニヤリと笑った。マズイ。何かあるぞとは思ったんだ。


「涼がオッケーしただけではだめよ。両家の親が認めないと。」


 姉がそう言うと、さらに加乃が、


「居間に行って了承してもらいましょう。涼、うちの母に婚約を認めてもらえるよう頼んで。」


 くっ。家族全員を巻き込んでのごっこ遊びか。何故いつも僕にしわ寄せが来るんだ。



 4人で居間へ入る。


「吉乃さん、大切な話があります。」


 僕は吉乃さんの前に正座する。なぜか志乃は僕の隣で仁王立ちして腕を組んでいる。姉は無表情だが、加乃は必死に笑いをこらえている。


「何かしら?」


 すぐに何かを察したらしく、吉乃さんはすました顔で僕に尋ねた。


「僕と志乃さんの婚約を認めてください。」


「「「ぶふぉ。」」」


 吉乃さんと僕の両親が盛大に噴き出した。慌てて真剣な表情に戻った吉乃さんが言った。


「加乃はそれでいいの?」


 加乃は肩を震わせながら、上を向き目頭を押さえ、なんとか言葉を紡ぎだした。


「私は身を引きます。志乃との婚約を認めてあげてください。」


 吉乃さんも加乃も悪乗りし過ぎである。


「婚約を認めてほしくば私を倒すのだな。」


 父まで…。ジロリと父をにらむ。余計な手間は増やさないでほしい。


「こ、婚約を認めよう。」


 父が引き下がった。


「あら、お父さん弱いわね。頼りないわ。」


 母が父をけなす。ニコニコして、楽しそうだ。


「今日は婚約記念パーティーね。」


 姉が宣言するように言う。


「あら、良いわね。志乃ちゃん、何が食べたい?」


 母が志乃に尋ねると、


「ハンバーグだ! ハンバーグがいい。」


「私も手伝います。」


 加乃がそう言うと、


「では、皆でいろいろ作りましょう。」


 吉乃さんが言った。かなり豪華な夕食になりそうだ。


「私はちょっと準備があるので部屋にこもります。」


 姉はそう言うと居間から出て行った。何かとんでもないことが起こりそうな予感がする。





 夕食は豪華だった。ごっこ遊びの婚約パーティーのはずなのに、誕生日のお祝いよりも豪華である。

 食後にとりたまのケーキを皆で食べている。


 姉が席を立ち自分の部屋へ。DVDを持って戻ってきた。2枚ある。わざわざプリンターで表面にタイトルを印刷している。


『涼と志乃♡出会いからの軌跡』


 姉は何を作っていたのだ?


 DVDをセットして再生する。Butterfly が流れ出す。婚約パーティーというよりも結婚披露宴で流すビデオみたいだ。映像が流れ出す。


 ???????????????

 え? なんでドラッグストアで志乃と会った時の映像が流れるの?

 あれ? ケーキ屋での後ろ姿?

 …ランジェリーショップで志乃にパンツをプレゼントするシーンまである。

 家で遊んでいるシーン。猫耳をつけた姿。

 今日の婚約を認めてもらうシーンまである。


 志乃は大喜びである。両親と吉乃さんは映像がたくさんあることに感心している。僕は大混乱である。意味が分からない。姉を見ると僕に向けてサムズアップ。


 結局全部で30分くらいあった。


「なんでこんな映像が残っているの?」


 たまらず姉に質問する。


「最初に偶然撮れたの。友達がドラッグストアに行ったのよ。それからは意識して映像を残すようにしたの。副音声バージョンもあるよ。」


 姉が2枚目のDVDを流す。


「ちょっと姉さん! これ、副音声じゃなくてむしろ主音声でしょ!」


 音楽ではなく生の音源で僕と志乃の会話が流れる。


 僕と志乃を除く5人が涙を流して笑っている。誰かの笑い声で聞こえなかったときはスキップで戻して見直す始末。

 志乃はなぜかご満悦である。



 僕は後で姉からDVDを焼き増ししてもらおうと思う。


 大人になった志乃に見せてやるのだ。





____________________

姉は志乃と涼の動画の使い方を思いついてしまったのである。

姉の部屋で、姉の策略によって志乃は涼と婚約しようと思うに至る。

もしかしたらランジェリーショップでの二人の会話も、

動画が存在するのかもしれない。

非常に残念ではあるが、パンツ消失事件の動画は存在しない。


一応これにて完結である。

読んでいただいて感謝します。ありがとうございました。


明日、2021/04/08 午前6時に「幼女とその姉(幼女とクラスメイトと姉のおまけ)」

を公開します。

自分以外のネタ提供者を思い出しました。

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幼女とクラスメイトと姉 まこ @mathmakoto

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