36thキネシス:常に最前線の走破を求められるトップランナー

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 『王』と呼ばれる少年がいた。

 若干15歳。高校に入学したばかり。人並外れた肉体と美貌を持ち合わせても、その表情には年相応のあどけなさを残す、まだ子供だった。

 それでも、その少年は世界の有力者たちから、間違いなく王とみなされていた。


 次世代の、王。

 人類と世界を統べる者。

 何より、『最強』との呼び声も高い武人である。


「それでー……くだんの『エッグ』はどこにあるって? しっかり隔離されている、っていう答えを期待したいところだけどなぁ」


 ソファに深く腰掛け、脚を組み悠然と構える、上質なスーツを着た少年。

 しかし、そのセリフとは裏腹に、自分の期待がとうに裏切られているのを知っていた。


 東京の陰に広がる裏世界アンダーワールドを所管する、渋谷オフィス。

 高層ビルをまるまる使ったそこは、今は職員が右へ左への大騒ぎとなっている。

 先日発見された、核爆弾にも匹敵するとされるアンダーワールドのオーパーツ、『エッグ』が行方不明になった為だ。

 少年は、破壊不可能とわれるエッグを破壊し得る数少ない人物であり、また封印さえも可能とする術者でもあった。


 実のところ、破壊、封印、または利用という、いずれの方針もオフィス内で意見が統一されておらず、一部オフィス幹部の独断で呼び出されたという経緯があったが。


 そしていざ少年がオフィスに入ってみたら、この事態である。


「保管は万全だったはずだ! 誰かが持ち出さない限り紛失などあり得ない! 何重もの監視があるんだぞ! どこかに記録が残っている!!」

「これで日本オフィスの信頼は失墜した! アメリカや中国のオフィスどころか日本政府まで運営に介入して来るぞ!!」

「そんな事は今はどうでもいい! どうせ日本のアンダーワールドの管理は日本にしかできないのだからな! それよりエッグを回収しなければ! 主要都市のド真ん中で逆オーバーフローなど起こしたら未曾有の大惨事になる!!」

「全ての動員できるアンダーテイカーに招集を! 場合によっては発生したアンダーワールドを早期に収束させなければ!!」

「アンダーテイカーは単なるアンダーワールドの探索者だぞ! 誰もが捜索や追跡に長けているワケではない! それより警察の人員とシステムを使い怪しい人物の特定を――――――――!!」

「何を言っている!? 警察に協力など求めたらそれこそオフィスを管理下に置きたがっている警視庁警察庁の思う壺だぞ!!」

「どんな手段でもいい! とにかく今すぐにエッグを追わなければ! 本件はオフィスユニオン、渋谷オフィスが対応中だと各方面に連絡できなくなる!!」

「そうだ、形だけでも捜査を開始しなければ! 他の機関に主導権を握られたらオフィスの面目が立たない! それだけは回避しなくては!!」


 招かれた王たる少年もほったらかしで、オフィスは急ぎ対応を協議していた。

 そして間もなく、何より重要なのは時間、という結論が出る。

 エッグの暴発によるアンダーワールドの形成、またアンダーワールドの利権を狙う他の省庁や政府機関の介入などを防ぐ為には、誰よりも先に渋谷オフィスが率先して事にあたって見せなけれらなければならない、という話になったのだ。


 その為に、オフィスは動員できる中で最優秀と思われるアンダーテイカーへの『エッグ』追跡を依頼する。

 そこで名前が挙がった、まだ新人ルーキーとさえ言える若いアンダーテイカー。


「マスターマインドの、弟子? あの悪党のオヤジに弟子なんか育てらんのかね??」


 それは、世界最高峰の超能力者にして、様々な陰謀や知能犯罪を裏で糸引くフィクサーとも言われる男の、教え子だという。

 かような背景を聞いた王たる少年は、意外な人物の名を耳にして眉をひそめていた。


                ◇


 全校的アイドル女子、姉坂透愛あねさかとあは企業に属しない個人のVtuberでもある。

 個人勢ながら動画投稿サイト『アイチューブ』におけるチャンネル登録者は1000人を越え増え続けており、配信時は同時接続5000人を安定して叩き出している。

 配信動画は、本人がゲーマーなので主にプレイ動画配信。

 現在は時流に乗り、他の大勢の配信者ストリーマーもプレイ中のFPS、『エイペックス・フォール』に参戦中であった。


 しかしだ、


「うー! またティターン盗られたー! なんかわたしばっかり盗られてない!!?」


[狙われてるね]

[さっきから同じヤツ]

[粘着だと思う]

[ID同じやん]

[たち悪いのに目を付けられたなぁクリア姉さん]


 コントローラーを握り締め、姉坂透愛は涙目でグギギギとなっていた。

 コメント欄では視聴者リスナーたちも同情の様子コメ


 プレイ中のFPS、エイペックス・フォールは未来の宇宙における地球外惑星での戦いをモチーフにした対戦ゲームだ。

 個性や性能差の強いキャラ、対戦で得られるポイントを対価に取得できる特性『トレイト』、それらの組み合わせによる多彩な戦略性。

 そして、一定の敵撃破数で召喚できる大型二足歩行兵器『ティターン』投入と、その運用で大きく左右される戦局。


 ゲームそのモノとプレイに関しては基本無料ということもあり、プレイヤー人口は非常に多く、現在のオンライン対戦FPSというジャンルにおいては一強とも言える状況になっている。

 配信者ストリーマー文化の一般化に伴いメーカー側もプレイ動画配信を前提とした体制を整えつつあり、配信のやり易さからアイチューブ内での露出も増え、エイペックス・フォールは活況の盛りだった。


 そんな配信環境が個人勢にもやさしく、姉坂透愛もプレイの様子を配信中であったのだが、今はある問題に悩まされている。

 特定のプレイヤーに目のかたきにされ、ゲーム内でつきまとわれているとか。

 執拗な集中攻撃、煽り行為、何より姉坂透愛の召喚した二足歩行ロボティターンのみを狙い澄ました乗っ取りなど。

 それらはチートや違反行為ではなかったが、極めて悪質な迷惑行為ではあった。


「もーサーバー変えても付いてくるよー! やめてよー!!」


[確定]

[クリア姉さん通報はよ]

[ゲスいこと言うが悲鳴カワイイ]

[迷惑プレイヤーBANされろ姉さんカワイイ]

[多少強いとこういうのが出るカワイイ]

[高ランクプレイヤーは監視してほしい姉さんがカワイイ]


 配信画面の端で困ったように頭を振るピンク髪にセーラー服のキャラクター。

 愛坂クリア。

 中のヒトは半泣きだがその表情までは反映されない。

 リスナーも同情するが、懊悩する姿が愛らしい、というどうしようもないコメントも多かった。Vtuberの業である。


『もうダメだー! ダークちゃん助けてー!!』


『ええ!? いや手伝うのはいいけど……』


 腕が上ならそのプレイヤーにこそ全ての主導権がある。弱い方が悪いのだ。

 そんな弱肉強食の掟にさらされ、たまりかねて全校的アイドル少女が目線で助けを求めた。

 救助要請を感じ取った陰キャ超能力者マインドウォーカー影文理人かげふみりひとは即念話テレパシーでオンライン。


 勝手知ったる我が家の状態で、影文家のダイニングにて姉坂透愛はゲームプレイをライブ配信中だ。

 家主の陰キャは、それを見ながら念動力サイコキネシスで箱型正六面体の色合わせパズルなどをやっていた。

 渋メン英国紳士の先生マスターから言われた、超能力マインドスキルの訓練である。


 そんなとこにVtuberの友人から応援要請が来たので、影文理人も謎のVtuber用心棒『影浦ダーク』として出陣。

 最初のゾンビサバイバルゲーム以来、こうして何度か姉坂透愛の配信を手助けしている。

 対専用のゲーム機も引っ張り出してきた。


[ダークちゃんやんけ!]

[最強介護職きちゃー]

[ダメな陽キャお姉ちゃんを助けに来た陰キャの妹]

[チート無しチートキャラ]

[死神いんかみん]

[これはもうダメですね]


 配信者の動きを拾うウェブカメラと配信用ソフトの設定は、全校的アイドルが終わらせる。


「ふははははキリングマシーンダークちゃん発進! 今度は自分が狩られる側の恐怖を味わうがよいわー!!」


「それじゃーまぁ……影浦ダークでーす。よろしくでーす」


 泣きべそから一転して魔王のような哄笑を発す配信者ストリーマー。快哉を上げるコメント欄。

 理人ダークを助っ人に呼ぶというのは、要するに超能力マインドスキルでチートしよう、という話である。

 良くない事とは姉坂透愛も思うのだが、腹立たしいプレイヤーを超能力者の男の子がどう料理するかを見るのが楽しみでもあった。

 ついでに、理人が悪戦苦闘しながら眠そうな女の子の声で配信するのも密かに楽しいところだった。

 最初ハナから身内に裏切られている陰キャである。声の方は抑え気味にすると自然とそうなるんじゃ。


 そんな裏切りの少女の真意はともかく。

 後ろで見ていた理人としても、姉坂透愛に執着するプレイヤーの陰湿さは度を越していると思っていたので、これを排除するのに異論も無く。

 色々考えた陰キャ超能力者は、真っ当なカタギのプレイヤーの皆様になるべく迷惑かけないのを最優先とし、迷惑プレイヤーのみ動きを抑える事とした。


 砂漠に半分埋もれた大規模な軍事基地内。

 全身光学ステルス装備のサイバー・ニンジャが、プレイヤーの間を縫い疾走している。

 理人は自分ひとりで遊んでプレイしていた際に多少ポイントも稼いでいたので、他のプレイヤーに極めて捕捉され難い特性トレイト構成を作っていた。


[今日もエグいエイムしとる]

[迷った後にストーカーだけピンポイントで撃つの草怖い]

[舐めプ過ぎる]

[これワザと外して相手動かしてるな]

[奥ゆかしいチーター]

[完全に狩られてますね]

[ざまー]

[メチャクチャ他のプレイヤーに気を遣っているの草]

[画面からクリア姉さんが外れねぇよ]

[これダークちゃん本気になったら即皆殺しに出来るのでは?]


 愛坂クリアの使用キャラクターは、高いジャンプ性能と移動速度を持ったパンクな女キャラ。ヘヴィーマシンガン装備。


 これを蛇のように付け狙っていたのが、ジップラインによる高速移動と攻撃を主体とする小柄な4本腕キャラだった。

 EMPグレネードやハッキングに優れた特性トレイトを組み合わせた、完全な二足歩行兵器ティターン殺し構成。


 だが、そんな迷惑プレイヤーも、今は全く自由に動けなくなっていた。

 狩人から、獲物への転落。

 僅かにも愛坂クリアを狙う素振りを見せたが最後、あらゆる方向からスタンクナイが飛んできて麻痺させられるか、無音のままサプレッサーハンドガンでキルされる為だ。


 そのニンジャを警戒すれば、自由になったパンク女が条件を満たしティターンで暴れだす。

 今まで通り即ティターンを乗っ取ってやろうとしても、ロボットに飛び移ろうとすればその真上でニンジャが迎撃に入ってくる。

 苛立つ迷惑プレイヤーがムキになって攻撃を仕掛けるも、相手はステルスで視認し辛い状態となりすぐに退いてしまうか、ニンジャソードのカウンターであっさりキルされていた。


 まともに戦おうとしない、追えば逃げられ全く捕捉出来ず、そのくせ背中を見せれば確実にられる。

 完全に実力(リアルチート込み)で抑え込まれ発狂する迷惑プレイヤーは、音声チャットで自分を棚に上げた罵詈雑言の限りを尽くしていた。


 正直、ちょっと悪いなぁ、と思っていた陰キャ超能力者ではあるのだが、相手の暴言にリアクションはせず、迷惑プレイヤーへの抑止力に徹する事とする。

 故に、それ以外のプレイヤーには極力手を出さないのだが、それがかえってスーパープレイのようになってしまうという現実には理人も気付けなかった。


 翌日には見どころシーンの切り抜き動画を作られていたが。


「よっしゃ勝ったー! ダークちゃんが抑えていてくれたからだよありがとー!!」


[要約すると必殺仕事人だった]

[ゲームとは違う何かを見せられてたな]

[綺麗なザマァでした]

[傭兵代払いたい]

[ダークちゃんつえー]

[最終的に1デスという恐怖]

[対戦側としては舐めプなんだけどもう何も言えない]


 スッキリしたラウンドに戻れて、愛坂クリアもご満悦でニッコリ。

 コメント欄も良い物見れたと概ね好評。何度か持ち上がったチート疑惑も、今となっては出て来ない。


 この後もラウンドを重ねる全校的アイドルVtuberだが、相変わらず付き纏って来る迷惑プレイヤーは、用心棒のバ美肉陰キャが完全シャットアウト。

 相手は意地になって理人ダークにも噛み付くのだが、他のプレイヤーの投票による追放でラウンドに参加できなくなるまで、1キルもできずに終わった。


 こうして、エイペックスフォールのプレイ配信は同時接続数を大きく伸ばして終えたワケだが、これが後に問題を引き起こす事となる。


 そして、配信を終えた陰キャ超能力者の仕事用の携帯スマホに、着信が。

 それは、渋谷オフィスから緊急のお呼び出しであった。


                ◇


「リヒター様、ようこそおいでくださいました」


 世界有数の規模にして歴史ある大都市、東京のアンダーワールドを監視する渋谷オフィス。

 都内一等地にそびえる高層ビルに入って間もなく、黒いフード付きコートを出迎えたのは、30前に見える若い大人の女性だった。

 タイトスカートの緑の制服を身に着けた、理知的な美人。

 アンダーテイカーとの渉外を行うオフィス上級職員であり、理人とも顔見知りの人物である。

 陰キャアンダーテイカーの方は基本的にフードで隠して顔は見せないのだが。


 そして広めな円形の会議室に通されると、今回の本題、先日理人リヒターが発見した『エッグ』の紛失を知らされた。


「先日もご説明致しましたが、『エッグ』は人間に触れるだけで容易にアンダーワールドを発生させかねない非常に危険なオーパーツです。

 これを阻止するのはアンダーワールド管理組織、それにアンダーテイカー仲介機関としてのオフィスの使命でもあります」


 その辺りの経緯説明と共に、ここでオフィスの理念などを強く語るのは、上級職員より更に上の立場の男性。

 日本全体を統括するオフィスユニオンの幹部だとか。

 そして、文脈にアンダーテイカーが含まれているのを聞き、この後の流れもだいたい予想が出来た理人リヒターである。


「リヒター様には改めて、エッグ追跡を依頼させていただきたく……。

 オフィスの不手際でリヒター様の確保したエッグを紛失したのは誠に遺憾ではありますが、申し上げました通り我々オフィスがこれを看過することはあり得ません。

 オフィスユニオンの総力を挙げて必ず確保いたします」


 静かながら熱い意気込みの若い幹部職員。

 とはいえ、その手段のひとつがアンダーテイカー『リヒター』なので、理人本人は微妙な思いだった。そもそも仕事をけるとは言っていないのだが。


 だいたい追跡なんてどうしろというのか。

 念視サイコメトリー遠隔視リモートサイトがそういった用途の超能力スキルとなるのだが、この辺を使えることをオフィスに申告した覚えはない。

 エッグはその消失の経緯も後の足取りも不明だという。


『エッグの情報はあるんですか? 探す場所の見当とか』


「マインドスキルの能力者に協力を求めております。保管庫やエッグの置かれていた台座から手掛かりを得る事になっていますが……リヒター様はその系統の能力は?」


『残念ながら』


 普段から心がけている嘘をサラッとく陰キャ超能力者マインドウォーカーである。

 手札スキルは可能な限りさらすな、というのが先生マスターの教えであるし、大抵の超能力者は1種類しか能力を使えないので、リヒターの能力スキル念動サイコキネシス念話テレパシーだけでも不自然ではなかった。


 オフィスが理人リヒターに求めるのは、以前にドミナスを退けて見せた火力としての役割であるらしい。

 エッグを盗み出した者(がいるとしたら)は、オフィスを完全に出し抜いており、それなりの戦力を持つ可能性は高いと考えられている。

 故に、エッグ追跡には今集められる最も優秀なアンダーテイカーに要請を出している、とのことだ。

 もっとも、独立独歩のきらいが強いのがアンダーテイカーなので、即席チームなどが気に入らないという者はオフィスの要請を断ったというが。


 間もなくオフィスは念視サイコメトリーの超能力者を使い、エッグの手がかりを見付けることになる。

 理人らアンダーテイカーのチームに伝えられたのは、足下にあるアンダー東京へのエッグ追跡の依頼だった。


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