37thキネシス:ドライパッケージ アンダー東京

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 東京の陰に潜む裏世界、アンダー東京の入口は、渋谷の中心部に近い場所にある。

 よりにもよって市街地ド真ん中なワケだが、ヒトの思念の集中する場所というアンダーワールドの発生条件からすると、特段不可思議でもなかった。


 道玄坂近く。ある高層ビル5階。

 空っぽなその階層フロア全てを使った大部屋に、『エッグ』追跡に参加するアンダーテイカーが集められている。

 カジュアルな服装の上からタクティカルベストやグレネード類、ハンドガン、アサルトライフルを身に付け、背嚢はいのうには予備の弾薬や特殊な弾薬、特殊な装備類。

 そういった標準的なアンダーテイカーのほか、この場には変わったよそおいの者も複数いた。


 ダークレッドのロングスカートにシンプルな上着、腹出しスタイルの巨乳美人。特に目をくのが腰にいた黒鞘の太刀だろう。

 隣にいるのは、白いズボンにショートジャンパー、腹出しスタイルの巨乳美人だ。肩に担ぐのはアメリカ製の12.7ミリ口径対物ライフル。

 このふたり、どちらも非常によく似た顔の金髪の美女であった。冷めた無表情も鏡写し。ウクライナ出身、

 『ヴェレス』の双子だ。

 豪華なワイルドロングヘアと切り揃えたぱっつんミドルヘアという違いはあるが、本人たちいわくふたりは一心同体であり個別に扱う必要はないらしい。


 もうひと組も似た顔付だったが、こちらは双子ではなく三姉妹だった。

 短髪で少年にも見えてしまうボーイッシュ少女。頬などに生傷をこさえた小学生くらいの子供。将来モテそうな顔立ちだが、表情が少しぼんやり気味。

 一転して気の強そうな顔付のツーテール少女。中学から高校生くらいと、理人と同年代か。僅かな仕草から活発な印象を受ける。

 一番背が高く、髪も長い女性。だがまだ顔にはあどけなさが残り、大人になりかけと見える。大学生くらいか。

 雰囲気は落ち着いており、単なる美人ではなく穏やかな表情の中に緊張感が垣間見えていた。

 揃って身体の線が出る黒い装束を身に付けた姉妹たちは、『草叢くさむら隠れ』という現代まで続く忍者の一族だという。

 長女から順に、隠穂いなほ堕葉おちば狩菜かりな、と呼ばれていた。


 そして、黒いコートにフードで顔を隠している正体不明の陰キャ超能力者マインドウォーカー

 悪名高き危険人物マスターマインドマスターに持つ鳴り物入りな新人、リヒターである。


 今すぐ派遣できる戦力として、日本オフィスが急遽きゅうきょ集めたアンダーテイカー達であった。


「本件は参加したアンダーテイカーのかた全員に報酬が支払われます。

 この後もチームが編成され次第捜索に出されますが、拘束時間と成果の報酬が加算されるので、先発のあなた方の方が必然的に高い報酬額となります。

 無論、目的のモノを発見したチームには成功報酬が支払われます。健闘を祈ります」


 この依頼の担当職員、渋谷オフィスの所長が直々に説明をしている。

 まだ中年に入りかけといった、黒髪オールバックの痩せ型男性だ。

 アンダーテイカー達の方からは、特に質問などはない。アンダーテイカーテイカー同士の会話も無かった。ドライかつ殺伐としているが、理人もこういうのはだいぶん慣れた。

 今回は獲物を狙うライバルではなく協力する関係なので、それだけでも大分安心できる。


 準備を終えたエッグ追跡の先発チームは、そのままビルの地下へ下りていた。

 エレベーター内でもひたすら沈黙。

 コンクリートそのままな地下階のエレベーターホール、アンダーワールド入り口前に来ると、はじめてひとりが口を開いて向き直る。


「……上でも話したが今回は俺が指揮をらせてもらう。保岡やすおかだ。元自衛官レインジャー、その後警察の特殊部隊にもいた。アンダーテイカーは6年になる。

 クラスはB。この中では一番クラスが高い。だからオフィスからリーダーに指定された。

 誰か異論は?」


 目力が半端ではない、粗削りな岩のような顔。黒いキャップを被った40頃の男が、この捜索チームの指揮を執るという話だ。

 即席の同意形成コンセンサスに、沈黙するその他11人誰からも異議なし。


「それじゃ行こう。オフィスの調べでは、目的の物はアンダー東京に入ったところまでは確認されているらしい。しかしその先が不明だと。

 俺たちは先発隊としてアンダー東京のそれらしい・・・・・ポイントを調査。後発チームの為にも候補を絞る。以上だ」


 キャップのリーダー保岡氏が言うには、アンダーワールドに入ってからは、特にエッグの手掛かりもなし。

 足を使って探すしかないというが、アンダーワールドはいるだけで危険な領域だ。そんなところを目的も定めずフラフラするなど、自殺行為としか言えなかった。


 その辺の事情も、既に説明を受けてはいるが。

 この場にいる依頼を請けた者は、報酬額や個人的な事情で、それでもやる理由があるという事だ。

 理人はオフィスに押し切られたに近かったが。


               ◇


 コンクリートと鉄板の広大な地下階層のド真ん中。工事用スタンドライトの照明は最低限で、中央以外の周囲は暗がりで見えない。

 その中央に、箱庭か映画のセットのような朱色の鳥居と小さなやしろがあった。

 鳥居の向こうにもコンクリートの床と暗闇が見えるが、一歩そこを踏み越えると、途端に異なる光景が広がる。

 そこは更に真っ暗な、土そのままの地下洞窟。

 明かりとなるのは、壁面に据え付けられた安っぽい剥き出しの電球のみだ。


 ヒトが4人並んで進める程度の穴を進むと、唐突に開けた場所に出た。

 薄暗いが、洞窟や洞穴に比べれば照明はしっかりしている。

 そこは、線路とパイプが張り渡された地下鉄の線路上だ。

 アンダーテイカーの12人は既にアンダーワールドへと入り、地下鉄を通り地上へと向かっていた。

 その道すがら、


「マスターマインドの弟子、プラハでドミナスを仕留めたという噂は事実?」


「アンダーワールドの神、ドミナス。神殺しを成し遂げたというのは事実?」


 平坦だが響きの良い声に、陰キャの超能力者マインドウォーカーは両サイドから問いかけられる。

 ワイルドヘアとパッツンの金髪、人形のように美しく無表情な双子に、理人リヒターはいつのまにか挟まれていた。

 しかし、ふたりは前を向いたまま。ひとり言のようにも見える。右と左でふたり言だが。


「まさかオフィスはドミナスが出ると思っているのか……?」


「『エッグ』を見つけて戻って来いって言うのに、俺たちを使い潰すなんて意味ないだろ」


「だから複数のチームを別々に動かすんじゃないか? 予備だよ」


「もし本当に使い捨てだったらただじゃおかねぇ」


「オフィスの依頼は『エッグ』捜索だ。無駄口を叩くな。地上に出るぞ」


 フードの陰キャが何も答えないので、他のアンダーテイカーが勝手に憶測を膨らませていた。

 理人が言われたのは、捜索隊に加われという事だけだ。ドミナスの相手をしろなんて言われてないし、そんな依頼内容だったら瞬間移動テレポーテーションで今すぐ逃げる。

 だいたいアンダープラハでの遭遇だって奇跡的に不意打って一発喰らわせただけで倒してなんかいない。

 もっとも、オフィス側としてもリヒターをドミナス対策の切り札くらいには思っているかも知れないが。


 キャップのリーダーが皆を黙らせると、ちょうど線路の地下が終わるあたりだった。

 トンネルの外に広がるのは、ボンヤリと乱反射した明かり。空は花曇り。霞んで見える高層ビルの群れ。どこまでも張り巡らされた電線。

 世界有数の巨大都市、東京。


 その裏世界、アンダー東京である。


 線路脇に走る道路へと上がるチームは、そのまま向かいにあるタワーパーキングの入口に滑り込んだ。

 アサルトライフル持ちのアンダーテイカーは、入口の陰に身を潜め、通りの左右を警戒している。


「俺たちのチームは北側の捜索。ブツが誰かに持ち出されたのだとすれば、逃げ込んだ犯人がファージと交戦している可能性は極めて高い……と、オフィスは睨んでいるようだな。

 俺たちはファージとの接触は極力避け、その痕跡から目標を追う、という話だ」


 リーダー保岡による再度のブリーフィングだが、他のアンダーテイカーは揃って何か言いたげな様子。

 最初から釈然としないことが多々あるのだ。

 オフィスが『エッグ』の行き先を調べた経緯は明確にされておらず、それ以上の情報もなく、とにかく行けと言わんばかりの依頼内容。

 場当たりな計画が目立ち、とりあえず捜索隊を出そうという結論ありきだ。

 とはいえオフィスでその辺を質問しなかったのは、仕事を請ける上で無意味だと思ったからだが。


 アンダーテイカーがどの仕事を請けるか、飽くまでも本人の判断に任せられる。

 この場にいるアンダーテイカーには、それぞれこんなうさん臭さい仕事を受ける理由があった。

 だからといって、場当たり的で危険かつ非効率的なやり方を、ただしかたないと受け入れる気も起きないのだが。


「ファージを避けるってオフィスはアホなのか……。アンダーワールドでそんなこと出来るなら苦労しねぇだろ。アンダーテイカーもいらねぇ」


「だから超能力者をうまく使えってことか?」


 そんな憤懣からか、顔を隠している陰キャ超能力者に変な期待が向いていた。

 表に出さないがプレッシャーで軽く吐きそうな理人である。


 立体駐車場から静かに駆け出る一団は、曲がり角で一時停止し進行方向を警戒しつつ先へ進む。

 まずは、高所からの偵察という定石セオリーに沿って行動する事となった。

 ファージの姿は見られないが、アンダーワールドは本質的にファージの巣窟である。どこから見られているか分からない。

 他のビルより抜きん出て高いビルを見付けると、偵察チームに指名された4人がその足下へ向かった。

 フードの陰キャラボッチもそちら側だ。


『いいですか? 上げますよ??』


「いいからさっさとやれ……!」


「落とすなよ! 頼むから!!」


 偵察チームの他の面子は、剃り込みスポーツ刈りで目付きが怖い極道みたいな男に、肥満気味で毛糸の帽子被った作業員風のおっさん、それに忍者三姉妹の長女、隠穂いなほというアンダーテイカーらしからぬお姉さん系美女である。


 全員がビルの外壁を伝い、一気に上へ。当然、理人の念動力サイコキネシスによる移動だ。相変わらず評判はよろしくないが、背に腹は代えられぬ。

 屋上はファージがいる可能性もあるので、直前で止まり様子をうかがい、速やかに屋上へ這い上がる。


「流石に念動の超能力、普通に壁を上るのとは比べ物になりませんね。裏世界探索で貴方に勝る者も、そうはいないのでしょうね」


 剃り込みと毛糸の帽子のふたりが屋上の安全を確保。

 フードの陰キャは一応それを援護する位置取りだが、ここで声をかけてきたのが忍者三姉妹の長女だ。

 全身黒装束だが時代がかった古い物ではない、カラダの線が出た全身スーツ的な装備である。その上からハーネスやサイドポーチを付加してた。


 そして理人は、知らないヒトに突然話しかけられてフードの奥で固まっていた。

 美少女ふたりに美女ひとりと半分同居しているような状態でも、長年陰キャやっているのは伊達ではないのである。

 フードを被り何も言わずにいると、一見して寡黙で孤独を好むような人物に見えてしまうのだが。

 忍者のお姉さんは、返事がなくとも気分を害した様子もなく、ただ微笑むだけだった。


 上から街を見下ろしてはみたが、特に目立って騒がしくなっている場所などは見つからない。

 エッグを強奪した人間が逃げ込んでいるならば、ファージとの交戦で目に見える異常が起こっている可能性が高い、と予想されているが。

 もっとも、理人には全てがおかしく見えていた。

 おかしくなかったらそれはもうアンダーワールドじゃないと思う。


 一見東京の特徴を持つ裏世界であるが、高所から見るとこの街には果てがなかった。地平線までビルで埋め尽くされ、陽炎のように揺らいでいる。

 下を見ると、アスファルトの地面の大部分が砂を被り、砂漠のようだった。

 そこを、黒いスーツのヒト型が川の流れのように同じ方向へ移動している。ファージではないそうだ。


「東京砂漠……若い奴は知らないか?」


 思念を集めて形成されるアンダーワールドは、元になる思念の主、人間の認識に影響される場合が多い。特殊な触媒やオーパーツを核にした場合、あるいは人間以外の・・・・・思念により形成された場合は、また違うとか。

 その上でなぜ砂漠なのか、これは注視すべき異常ではないのか? と陰キャがこぼしたところ、毛糸の帽子のおっさんから返ってきたのが、この答えだった。

 温暖化で東京の砂漠化が懸念されているという事なのか。そんな話は聞いた事がないが。

 世代ギャップに翻弄される現役高校生の隠キャラボッチである。


「仕方ない、次だな。周囲を見渡せる場所から異常個所を探す」


「なら……東京タワー?」

「スカイツリーかしら?」


「ああいうシンボリックな地形はグランファージが陣取っていかねない。他の建物を探す」


 東京砂漠の来歴はともかく、最初の偵察では収穫無しだった。

 よって、次の偵察場所へ行かねばならないとキャップのリーダーは言う。

 東京で高所となれば、誰でも思い付くのは名所であるふたつのタワー。

 だが、双子美女の意見は却下。目立つ場所には危険なファージが棲んでいかねない、という話だ。


「でも、ブツが見つからないとなれば、いずれその辺も捜索しなきゃいけないんじゃないスかね」


「だとしても今すぐ俺たちがやらなきゃいけないワケじゃないし、なんなら後続のチームに任せればいい。行くぞ」


 剃り込みとキャップのリーダーがそう纏め、探索チームは再び移動開始。

 大通りを無数の黒スーツが流れているのを裏通りから観察しつつ、目立たないように進んでいく。

 黒スーツには顔が無かった。

 視界の端に捉えている間は顔らしい目鼻があるように見えるのだが、焦点を合わせると、途端にボヤけてしまう。

 個性無き無貌の大衆アノニマスだ。


「彼らは単なる景色のようなモノで、目の前に立っても何も反応はしません。ただ厄介なのは、アレに隠れて他のファージが接近する点ですね」


「アレが単なる景色や背景だっていうのも単なる予想に過ぎないぞ。実際何なのか誰も知らないんだ。撃てば倒れるからな。

 アレが危険なファージを呼ばないとも限らない。勝手な事をしてチームを危険に晒すなよ、リヒター」


 通りの曲がり角、建物の陰から、恐々無貌のサラリーマン達を盗み見る陰キャ。怖い。

 その様子が顔が見えなくても面白かったのか、説明してくれた忍者のお姉さんがまた笑っていた。

 キャップリーダーには軽く注意された。




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