35thキネシス:未知のタマゴ何から生まれ何が生まれるのか

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 目には見えない何かが、自分と周囲を押し流したように感じた。

 気が付くと、腕を掴む謎の力も、自分を見下ろす異形も、全てを吞み込もうとしているかのような異様な空気も消え失せている。


 唐突な凪に、仰向けに倒れたまま硬直しているメガネ美少女、姫岸燐火ひめぎしりんか

 だが、スタン、スタン、という足音が聞こえてきた事で、恐る恐る身体を起こし、部屋の扉の方を伺った。


 そこにいたのは、真っ黒なハーフコートに、フードで顔を隠した人物。


「燐火さん! 大丈夫ですか!? 怪我とかした!!?」


 一瞬、新たな異形かと息が止まる燐火だったが、パッと上げられたフードの下にあったのは、大好きな後輩のモノだった。


「理人くーん!!!!」


「お? お、おお!? ちょまま待って待って待って燐火さん!!?」


 全速力で飛び付いてくるメガネの綺麗なお姉さんを、超能力マインドスキル予見視フラッシュフォワードで動きを先読みし回避してしまう陰キャである。

 影文理人かげふみりひとは燐火と同じ高校の1年生、そして超能力者マインドウォーカーだ。

 メガネ先輩は今までと違う意味で泣いて抗議した。


「かわすな! たった今まで怖い思いしておびえている年上の美少女をかわすな!!」


「ごめんなさいつい…………」


 だって全力で抱き付いてくるんですもの、とは言えない理人である。

 所詮は自分しか見ていない、現実にはまだ起こっていない未来予知ヴィジョンでしかないのだ。

 そしてこんな時ではあるが自分を「美少女」と言える先輩を軽く尊敬した。自己肯定感の強いヒトは見ていて安心するよね。


 それはさて置き。

 

「理人くんゴメン! あの……ちょっと、ほら、えーと……お、おトイレ! おトイレ付きあって今すぐ!!」


 ギー! と淡泊な陰キャの後輩に泣き怒っていた燐火だが、不意に怪訝な顔になると、大慌てでそんなことを言い出した。

 短い時間だったが、トイレと言うまでに乙女として相当な葛藤があった様子。

 まぁ怖い思いしたならトイレが近くなることもあるだろう、と自身の経験に照らしすぐに同情する陰キャのアンダーテイカーである。自分も最初はビビった。いや割と今も。


 しかしその実態が、もうちょっと深刻であることまでは理人の考えが及ばなかったのは、燐火には不幸中の幸いである。


                ◇


「そっかー、位置アプリねー。そういえば入れておいたっけ。用心はしておくもんだねー」


「プライバシー的にはどうかなって思いましたけどね、実際のところ……。

 燐火さんが誰か探しているってのは聞いてたし、今日の晩御飯どうするかって電話しても繋がらなかったんで、アプリでルート検索したら最後の発信地点があの学校だったんですよ」


 理人と燐火のふたりは学校の地下を脱出した。瞬間移動テレポーテーションしたので、今は影文家のバスルームだ。

 メガネの先輩がシャワーを使いたいと言うのだが、何せ怖い思いをしたばかりで誰かに一緒にいてほしいとのこと。お風呂を怖がる子供状態である。

 とはいえ別に一緒に浴室に入っているとかエロい展開ではなく、理人はすりガラスの扉ひとつ挟んだ脱衣所にいるのだが。

 可能な限り無心であるように努めている陰キャだが、反響する先輩の声にシャワーの水音が色々想像させてしまい、極めて心臓に良くなかった。


 理人が燐火の位置を知れたのは、以前に拉致誘拐未遂があった教訓故だ。

 その後で、念の為にと携帯スマホにGPSの位置データを発信するアプリケーションを入れておいたのである。また同じ事がないとも限らないので。

 一時は、ストーキングや過度な束縛に悪用される、と問題にもなったアプリだが、今や小さな子供までスマホを持つようになり、親が子供の現在地を見守る用途が目立つようになっていた。


 常に見張られているような気になるのでは? と理人はあまり好きにはなれなかったが、こうなるとインストールしておいて良かったと思う他ない。

 見張られる立場の燐火は、理人に見られている分には気にしない様子だったが。 


「それに、アレ・・が例の『リヒター』モードかぁ……。話には聞いてたけどね、透愛ちゃんからも。

 理人くんは、ああやってリヒターにキャラチェンして、アンダーワールドってところに入るんだねぇ」


「『キャラチェン』……」


 全校的アイドル女子や同業のハンマー姉さんと違い、メガネの先輩にアンダーテイカーの『リヒター』としての姿を見せたのは初めての事だ。

 基本的にただの変装であって、趣味かコスプレのように言われているのは少し恥ずかしい理人である。


 そんな自分のお仕事スタイルやその格好はともかく、今はもっと確認しなければならない重要な話があった。


「それより……なんで燐火さんはアンダーワールドの前なんかにいたんです?

 ビックリし過ぎて心臓止まったわ」


 行方不明の知人の足取りを追い、メガネ女子の辿り着いた先は学校の地下などではなく、表の世界オーバーワールドと隣り合う裏の世界、アンダーワールドの淵であった。

 理人も実のところ、単なるヒト探しなら燐火の無事を確認した時点で帰ろうと思っていたのだが。

 ところがどっこい、くだんの学校を間近にしたその時、身に覚えのある空気感を覚えたので慌てて連れ戻しに行った、というのが裏舞台である。


「それな! アンダーワールドって異世界の入り口みたいなもんなんでしょ!? あそこがそうだったとか……ガチなの!!?」


「お願いだからその格好で出てこないで!」


 勢い込んで扉を半開きにして顔を出すおしゃれボブのメガネ無し美少女先輩。

 すりガラスに正面から張り付いているので、結構なサイズのお胸などほぼ見えてしまっており、陰キャの童貞が悲鳴を上げていた。


 背中を使ってグイグイ燐火をバスルームに押し戻す理人。

 ガチなのか、と現実を疑いたいのはこの陰キャとて同じだと言いたい。

 知り合いに関わり偶然アンダーワールドを見付けるのがこれで三度目とかそんな事ある?


「で、あそこがそのアンダーワールドの入り口だったとしてよ。

 あの……わたしが遭ったオバケみたいなのは?」


「ああ、あの燐火さんの周りにいた、アレ……。

 ファージ、かなぁ? マインドキラー……思念妨害で消えたなら、ちょっと違うかも」


 裏の世界、アンダーワールドの手前、学校の地下空間で、姫岸燐火はヒトの姿をした何かに連れ込まれそうになっていた。

 相手が何者かよく分からなかったが、周辺の闇に思念の動きを感じたので、とりあえずマインドキラーで散らしにかかった理人だが。


 ファージとは、アンダーワールドで発生する生命体である。

 その存在に思念が関わるとはいえ、物理的な影響力までは持たない思念攪乱マインドキラーで消え失せる理由はよく分からん。と首を傾げる陰キャ超能力者マインドウォーカーであった。


「弱いファージならそういう事もあるのかなぁ……?

 まぁ行方不明のヒトもいるって言うし、行ってみれば嫌でもまた出食わすからその時に分かるかも、ですね」


「あ! そう、だからわたしも行くからね! ナエちゃんもわたしみたいに、向こう側の世界に連れて行かれたかもしれないし」


「いやあかんですよ。あぶねーって申し上げてんのになんでそれで一緒に行こうって話になるんです。

 アンダーワールドは360度危険な場所なんですから。燐火さんは家で待っていてください。

 オレは一応、駆け出しだけど専門家アンダーテイカーなワケだし」


 また扉を開けて顔を出す濡れ鼠先輩を、極力見ないようにして押し戻す陰キャ。

 一緒にアンダーワールドに戻ろうという意見も却下であった。

 怖い思いをしたというならなぜ一緒に行こうとするのだろうか。


「でも理人くんでも危ないんでしょー? なんだっけ、真昼ちゃんのところみたいに、『管理外』で情報がないとか?

 わたしの知り合いのことなんだし、理人くんだけ行かせるのは心配だなぁ……」


「オレには超能力マインドスキルがありますから。大体のアンダーワールドは自力でなんとかできますし、ファージもどうにかなります」


「それなら……わたしも行って大丈夫じゃないかな?」


「なんでそうなるんですかねぇ」


 終いには、興味があるからアンダーワールドに行ってみたい、とか言い出すメガネの先輩である。好奇心ネコを殺すと学んだのではなかったのか。

 オフィス管理外の極めて危険なアンダーワールドに、行方不明者の救助を優先してすぐにでも潜らなければならないのも変わらないが。

 少なくとも、危険地帯になんの戦闘力も無い燐火を連れて行く理由はなかった。


                ◇


 そうして何故か、美人のポニテハンマー先生こと沙和すなわミリアが同行することになった。

 バスルームのすりガラスを挟んでの攻防の末に、『痴話喧嘩か?』と酒の入ったミア先生が首突っ込んできたのである。

 ポニテハンマーも教師である前にアンダーテイカーだ。管理外アンダーワールドと聞いて、放っておけなかったという事もあった。


 先生のダンディ英国紳士、エリオット・ドレイヴンからはミアをアンダーワールドに近付けるなと言われているので、絶対ダメだと陰キャの弟子も主張したのだが。

 しかし、元々あまり理人の言う事を聞くようなハンマーではない上に、燐火の護衛を出汁にされ拒否し切れず。

 力及ばず無念であった。


「にしたってまた・・未確認のアンダーワールドだなんて。

 わたしも探させようとか冗談半分に同じこと考えてたけど、本当に未知のアンダーワールドに縁があるかもねリヒターは。

 あの男も、これがあるからリヒターを弟子にした……?」


「いや今回はオレが見つけたワケじゃないし、燐火さんが遭遇しただけだし。

 河流登寺のアンダーワールドだってたまたま学校の先輩の実家の裏がそうだったってだけだからね?」


 そんなことを言いながら、瞬間移動テレポーテーション理人リヒターとミア、それに燐火は再び学校地下のアンダーワールド入口へ。

 そこにはまた異質な影が揺蕩たゆたっていたが、再度リヒターが思念攪乱マインドキラーで吹き散らした。


「……アンチESP? またイヤらしいスキルを仕込まれたわね。あの男らしいわ」


「なんでですかコレ使えますよ。先生マスターは幻覚系のESPに対抗する為に教えてくれたって言ってましたけど、なんかこういう現象にも対処できるっぽい」


「だからよ……。まぁ雑音・・避けにはいいか」


 闇の中で何かが蠢くような地下だったが、無数のヒトの気配は陰キャの思念妨害マインドキラーで沈黙を強いられ、闇すら発火能力パイロキネシスともしびで押し退けられる。


「安心感が半端ないなぁ……」


 地獄の入り口に思えた地下室が、今は単なる明かりの無い物置といった空気感になってしまい、燐火は安心を通り越してやや唖然としていた。


 元演劇部の部室だったという、壁が一面の鏡となっている部屋。メガネの先輩が引き摺り込まれた部屋でもある。


「リヒター、多分アンチESPがアンダーワールドを阻害している。一旦切って」


「了解……燐火さん、離れないでね」


「よ、よろこんでー……」


 部屋を見回しても、古ぼけて煤けている以外におかしな点は無い。

 アンダーワールド特有の空気も感じられず、その入り口も確認できなかった。

 ハンマー担いだ金髪ポニテはしばし室内を見回していたが、陰キャの思念攪乱マインドキラーがアンダーワールドの侵食を邪魔していると判断。

 理人がマインドキラーを止めると、その予測通りに急速に闇が濃くなりはじめていた。


 助平心無しにメガネ美人が後輩の腕にしがみ付き、思いっきり巨乳が腕を間に挟んでいたが、理人も闇の方に集中する。


 暗闇は陰影を無くし、全てを塗り潰したと同時に、ふたつの世界をひとつにしていた。


               ◇


 翌日、一週間行方不明となっていた女子高生が発見された、というニュースがテレビの地上波で放送された。

 ただ、話はそれだけで終わらない。

 同時に、6年前に行方不明となった女子生徒の遺体も発見された事で、世間を大きく賑わせていた。


 一週間前に消息を絶った女子高生は、衰弱状態で意識不明だったが、治療を受け快方に向かっている。

 しかし、事の仔細が明らかとなるに連れ、奇妙な点がいくつも湧き出し、警察とマスコミをまどわせていた。


 一週間前に行方不明となった少女と6年前に消えた少女は、なぜ今まで発見されなかったのか。

 少なくとも6年前は、学校の地下も捜索されている。在校生だったのだから当然だ。


 6年前の女子生徒『M』の失踪が、当時の同級生や同じ部活に所属していた生徒による暴行殺傷それに死体遺棄事件であったことは、それから間もなく発覚する事となった。

 これを、当時の部活顧問は加害生徒と共謀して隠蔽。

 翌年に演劇部は突如廃部とされ、『安全上の理由』で地下そのものへの立ち入りが禁止されている。

 よって、遺体はその後に、今回の発見現場である稽古場へ当事者たちの手により移されたと考えられていた。


 だがそうなると疑問になるのは、何故救助された女子生徒『ナエ』は、そこへ入れたのか、という点である。

 地下への入口は、生徒も教師もその存在を忘れ去ってしまうほど、覆いをかけられ棚で隠され、厳重に封鎖されていた・・・・・・・・・・にも関わらず。


 ついでに、誰が警察に通報したのか、という疑問も残っていた。


 6年前に捜索済の稽古場にあった遺体、誰も知らなかった地下への入口、何故かそこに入り込んでいた在校生、それに謎の通報者。

 謎は憶測を呼び、その追及が隠された事実を掘り起こし、この事件は暫く世間を騒がせると思われる。


 そして、裏舞台を知る者たちの方も、その全容を知る事はできなかった。


「いやー、マジでスゴかった……。

 人間のディティール足りないみたいなモンスターがさぁ! もう超ダッシュして突っ込んできたり『遊ぼう遊ぼうパーティーパーティー』とかバグった録音みたいなこと連呼しながら飛び出してくるんだって!

 まぁ理人くんとミア先生が速攻ブッ飛ばしちゃうんだけどさぁ。

 ホラー映画なんて目じゃないわアレ」


「ふえー……わたしは中華街の下でこけしとか仏像みたいなのに襲われました……」


 事件が表沙汰になった数日後の、某マンション6階。影文家。

 そこでくつろぐメガネの美少女が興奮気味に語るのが、アンダーワールドでの体験である。

 似たような教室と廊下が延々連なる景色と、無数に現れる無個性で軽薄、そして暴力的な生徒の異形たち。

 陰キャ超能力者マインドウォーカーとポニテのハンマー美女は、その只中を力尽くで突破していた。

 なお、難易度としてはそう高くもない、というのがアンダーテイカーふたりの評価。

 それだけに、行方不明の女子生徒を発見するのも難しくはなかったが、



 問題は、その女子生徒のすぐ近く、6年前に行方不明となった女子の遺体と共にあった物体である。



「『エッグ』なんて、あんなところに転がっていてイイ代物じゃないのよ……。

 もし本物なら、面倒なことになるかもね」


 ひとりソファに寝そべり、ウィスキーグラスを傾けながら独り言ちるポニテ美女。ストレート。

 自分の見たモノ、または聞いた声が忘れられず、アルコールの力で頭から追い出したいというのが正直な気持ちだ。


 通称『エッグ』。

 横たえられミイラ化した元演劇部員の女子生徒が胸に抱いていた、文字通り卵型の物体。

 しかしそれは、光を反射しない漆黒の物体であり、内部に星のような無数の光が見えるという、材質も構造も不明の存在だった。

 分かっていることは、破壊はほぼ不可能であるという事、そして人為的にアンダーワールドを形成し易いという事、この2点だ。


 アンダーワールドで得られるオーパーツの中には、それ自体がアンダーワールドを形成する物が時折確認させる。

 だが、『エッグ』は桁が違った。

 エッグは極めて過敏に周囲の思念に反応し、他のオーパーツと違い持ち主の思念を純粋に反映したアンダーワールドを形成する。

 また、アンダーワールド内ではエーテルが凝結し様々な物体が生成されるが、エッグにより作られた世界では希少なオーパーツが生まれ易いとわれていた。

 それらの理由からオフィス・ユニオンにて最重要危険遺物とされ、発見次第最優先で封印処理される。


 過去、各アンダーワールドの浅層以遠で十数個が発見され、いずれも表の世界オーバーワールドで大事故を起こしていた。

 そのあまりの危険性から、発見者であるアンダーテイカー、リヒターとミアもオフィスから聞き取り調査を求められると思われる。


 一般人である姫岸燐火が、アンダーワールドに踏み込んだ経緯。それを救出に向かった理由ワケ

 どう背景を探っても、一般女子生徒である『M』がエッグを持っていた理由が分からない。

 など。

 聞かれて困ることが多過ぎ、今からミアもうんざりしていた。


「真昼ちゃんのお寺に、あの学校、それに……中華街? アンダーワールドってそんなあっちこっちにあるモノなの?」


 困ることの原因のひとつ、メガネ先輩はミア先生の悩みなど知らない様子で、そんな疑問を口にする。

 自身アンダーワールドを経験するのは初だが、これほど身近に3例もあると、当然湧いて出る疑問ではあった。


 どう答えていいか分からない理人は、思わずミアと顔を見合わせてしまう。


「……ヒトの集まる場所、いわく付きの場所、歴史のある場所、遺跡、史跡、共通認識を以て思念が集まる場所にはアンダーワールドが生まれやすいわ。

 ただ、そういうアンダーワールドはオフィスが監視して、普通のヒトが入り込まないよう立ち入りも制限する。

 でもオフィスの管理外なアンダーワールドも、私有地とかで時々確認されるわね。確かにふたつも短期間で見つかるのは珍しい事ではあるんだろうけど」


「そういえばミア先生、この前もそんな事言ってたっけ……。

 それじゃあ意外と気が付かずにニアミスしてたり、探せば見付かったりするんですかね?」


「まぁ自分から近付かないことね。今度は・・・どうなるか分からないわよ」


 能天気なメガネ生徒のセリフに、少しキツ目に苦言をていすミア先生である。


 そこで感じたミアの危惧は正しかった。

 古から今に残る伝承や寓話、そこにアンダーワールドという裏付けを感じた燐火は、そういう情報を自ら追うようになる。

 それは、好奇心、興味本位、あるいは、この世の落とし穴に落ちるのを警戒した本能的自衛行動だったのかもしれない。


 そして必然的に、陰キャのアンダーテイカーもこれに関わっていく事になるのだ。


               ◇


 アンダーテイカーの沙和すなわミリア、ミリア・ドレイヴンは、予測通りオフィスへの呼び出しを受けていた。

 日本最大規模のオフィス、アンダー東京を所管する渋谷オフィスにて。

 国内ばかりか海外のオフィスからも重役が訪れ、新たに発見された最重要オーパーツ、『エッグ』の検分を行なっている。


 エッグは核と同程度の危険物、とまで言われており、発見次第封印が最優先とされていた。

 だが同時に、ある程度望む通りのアンダーワールドを人為的に作り出せる希少な手段でもあり、その有効利用を提唱されるのも事実だった。

 オフィスは単なる仲介と管理の組織ではなく、国の内部で活動する上でそれなりの権限と利益を求める組織でもあるのだ。

 故に、オフィス・ユニオン上層部でも、水面下で政治が展開されていた。


「なんで、わたしの名前を…………」


『「名前」、ですか?』


「別に……なんでもないわ」


 壁際に何人もの黒い軍用装備の者たち、オフィス実働部隊が配置されている、講堂のような会議室。

 その壇上、ベッドほども大きさのある様々な密閉処置の取られたトランクケースの真ん中に、ただひとつ鎮座している黒いタマゴがあった。


 そのタマゴを前に、金髪ポニテの美人が険しい顔をしている。

 何をつぶやいたのかと隣の理人リヒターが問うが、返事らしい返事は無かった。


 世界最高の超能力者とも云われる父、ある特別な血筋である母、ふたりの間から産まれたミアもまた、特別な才能を持つに至る。

 自身の身体強化に偏重した念動力、そして、一種の念話テレパシーと考えられる超感覚ESP

 しかし、同じく超感覚ESPに優れるはずの理人にさえ聞こえない思念の声が、ミアには聞こえていた。


 未踏の暗闇の果てから響いてくるような、自分の名を呼ぶ声が。


 裏の世界、アンダーワールドへ飛び込むようになった理由を思い出す。

 父に置いていかれ、ただひとりはじめたアンダーテイカーとしての生き方。

 誰も何も教えてくれない中で、アンダーワールドと父を追えば、自分の望む答えが得られるのではないか。そんな根拠のない考えだけで今までやって来た。

 そして、ここに来てはじめて手掛かりを得たような気がしたが、それが自分の中にあると知り、胸を掻き毟りたくなった。




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