34thキネシス:壁一枚で隣り合う闇からの呼び声

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 影文理人かげふみりひとと同じ学校に籍を置く、2年生のメガネ美人の先輩、姫岸燐火ひめぎしりんか

 この少女は少し前まで荒れた生活をしており、知り合う人間の種類もそれ相応であった。

 そんな知人のひとり。

 別の学校に通う一見清楚風な黒髪女子から、メガネ美少女は相談を受けていた。

 立場だけは名門女子高在籍の生徒だが、中身は大分異なる。


「ヒメ最近釣り・・してないのー? 全然画像送ってこないじゃん」


「アレね……もうやめたわ。さらわれて犯されかけたから。恨みは怖いよー。後始末が大変で。

 ヒナちも大火傷する前にやめた方がいいよー」


「まっじー? えー、それじゃナエもそうなのかなぁ? なんか家に帰ってないんだって、ケーサツにまで話聞かれたし」


 久し振りに顔を出した、横浜西口の橋の近く。

 賑やかな人通りを横目に見る、タイル張りの広場である。

 いわゆるナンパ待ちのスポットにもなっており、燐火もここで悪い遊びに浸っていた時期があった。


 その当時の知人が、現在行方不明になっているらしい。


 燐火は男をダマしてさを晴らすような事をしていた過去を後悔している。実に愚かで無意味で虚しい行為であった。

 その挙句、自業自得で心身に大きな傷を負うところであったし。

 そこから抜け出せたのが単なる偶然であったことも、理解している。


 同じ遊びをしていた知人に、仲間意識などは持っていない。

 良く言ってせいぜい『友人』といった間柄だろう。

 黒髪の擬態淑女が言う『ナエ』という女子高生も、そんな関係のひとりである。


 だが、関わりが薄かったと言っても、消息不明となれば気持ちの良いモノではない。

 いずれも後ろ暗い背景のある少女であるし、痛い目を見る心当たりもあるのだから。

 身につまされる、といったところだろう。

 故に、燐火は少しその消息を追ってみる事とした。

 自分だけが、人生で二度とない幸運に救われたのだから、その義理くらいはあるように思えた。


 そして、更に後日のこと。

 あるファーストフード店にて。


「学校から帰ってない?」


「そそ。警察に色々聞かれた時にさ、ちょっと小耳に挟んだんよねー。なんかナエが、学校から出たのがそもそも確認されてない、とかってさぁ。

 だからでしょ、警察が何度も学校の中調べてたの」


 消えた女子高生『ナエ』との共通の知人に話を聞いたところ、少し奇妙な情報を仕入れる事になった。

 燐火としては、また男を引っ掛けて遊んで引き際を見誤って拉致か監禁でもされたのでは、と思ったが、少し風向きが変わってくる。

 行方不明になって一週間、というので、今もまだ学校内にいるとは考え辛い。

 だが、最後に学校で目撃されてから完全に姿を消しているというのは、ミステリアスだ。


「えー、ナエっちの友達なんだー。仲良かったの?」


「あたしらは時々一緒に遊ぶくらいかなー、クラスも違うし。

 でも家出とかそういうメンタルじゃなかったと思うよ? カナエちゃん」


 次にショッピングモールの屋内ベンチで話を聞いたのは、消えた女子と同じ学校の生徒ふたりに、である。


 もしかして生徒の間では問題の少女カナエの潜伏場所情報などが出回っているのでは?

 などと希望的な予想をしてみた燐火だが、その過程で出てきた情報は、想定より大分ジャンルが異なっていた。


「『放課後のアフタークラブ』?」


 名称からして漂う、学生ならではの適当感。


「そーそー、教師が引けた後に合鍵持ってる生徒と大学生とかのイケメンOBとかが教室使ってマッチングしてんだって」


「デマとか作り・・って言われてたり怪談だって言われたりするけど、ホントはどうなのかは知らなーい」


「でもナエっちは、どっちでもいいから確かめてみたいとか言ってた。んで、実際に坂上ちゃんとかタガミンと学校に残ってみるって」


「その後に……ナエちゃんが居なくなった? でも、その話って警察には……??」


「言ってないでしょ。先生帰った後も残っていたとか停学もんだし、いまさら警察にも言えないんじゃん?」


 あっけらかんとして言うゴージャス髪のギャルに、なんと答えていいか分からない燐火。

 未成年の行方不明事案といっても、まだ・・死んだと決まったワケでもなし、自己保身が勝るのだろう。

 それに、閉門後の学校に残ろうとした理由の方も、信じ難い。

 警察に情報提供するのもはばかられると思われる。


 いずれにせよ噂話以上の情報は得られないと判断し、燐火は次の手がかりを追うとした。


               ◇


 『カナエ』という女子が消える前、最後に一緒にいたと思われる、『坂上』と『タガミ』という女子。

 話を聞いたところ、ふたりが問題の女子と学校に残っていたのは事実のようだった。

 しかし、そのふたりも校内でカナエと逸れた切りとのこと。

 以って、その行方の手がかりも消えたままだ。


「でもマジだったのかも……放課後アフタークラブ。5年前だっけ? 6年??」


「えー……? ないよーそんなの…。だってそれが本当なら今頃大騒ぎじゃん? また・・学校の中で生徒が消えるとかさぁ」


「『また』? って……もしか、6年前にもあったの??」


 ふたりからはコーヒーの有名チェーン店で話を聞くことができたが、ここでも例のクラブか、と薄ら寒いモノを感じる燐火である。


 ありがちな学校の怪談。

 そして過去にも、今回と似たような事件があったらしい。

 まことしやかにささやかれる噂話。

 だが現実に女子生徒が消えており、手掛かりは唯一それのみ。


 注意を一点に誘導されているような気分の悪さが燐火の中にはあった。


 映画でしか見たことがなかったが、燐火ははじめて図書館で過去の新聞記事を検索してみる事とした。

 マイクロフィルムを専用投影機で見るようなモノを想像していたが、今はインターネット端末を使い各新聞社のデータベースを閲覧するという形を取るらしい。


 図書館の職員に教えてもらいながら、目的の記事をすぐに発見できた。

 少女M、当該高等学校の生徒で、6年前に行方不明に。

 複数の大手新聞社が記事にしているが、他の事件に埋めれて続報は無かった。

 来年、法律上死亡したとみなす失踪宣告が行われる7年目となる。


 今回消えた知人『カナエ』と、6年前に消えた生徒『M』。

 共通点は『放課アフタークラブ』。

 燐火は、ここに踏み込むつもりだった。


 素直に後輩の少年の力に頼っていれば、と後悔しても、後の祭りであった。


               ◇


 その高校の制服を借りるのは難しくなかった。知人に頼める。

 悪さをしていた頃のような小細工、二度とするつもりはなかったのだが、今回は興味が勝った。


 都内某所の私立高校への侵入は、部活や下校で生徒の動きが激しくなる時間帯を狙い決行した。当たり前のような顔して生徒に混じり校舎へ入る。

 問題の噂話だか怪談だかを調べた際に、校舎内の構造と閉門まで潜伏できそうな場所もアタリを付けておいた。

 完全なる不正行為だが、元々このメガネの少女は悪い子なのだ。パッと見真面目で清楚系なのだが。

 ある陰キャも最初は騙されている。


 各教室は閉門後に外側から施錠されるが、内側からなら簡単に解錠できた。

 また、技術科教室は担当教師が顧問の野球部にかかりっきりなので、常に無人という事前情報だ。

 閉門時間の18時50分まで、雑多に積み上げられた段ボールの隙間に潜伏することができた。

 その後の校内散策も、監視カメラなどない校舎だったので問題なく進んだ。


 問題が起こるまでは、何も問題なかった。


                ◇


 完全下校のアナウンスが、ひと気のない構内に響き渡る。

 足音も無い。人気の無い校舎内が、写真のように静止していた。


 日が完全に落ち、生徒が残っていないのを確認すると、見回りの教師が教室とフロアの照明を落としていく。

 スマホのアプリで話をしていた燐火も、2時間近くジッとしていて固まった身体をほぐしながら行動を開始した。


 ところがである。


「地下なんかないじゃん…………」


 30分後、教師と遭遇しないように足音を殺し、曲がり角から先をうかがうなどして目的地を探したが、何もないので飽きた。

 放課後アフタークラブの舞台は、校舎の地下にあるという演劇部の稽古場だ。

 ところが、まず地下への入り口が見つからないという。


 外観上は、普通の現代建築による校舎だった。特に目を惹く特徴などもない。

 しかし内装は、ところどころに改築した痕らしき質感の異なる継ぎ接ぎがある。

 これなら噂通り・・・地下があってもおかしくはないが、どこの階段を見ても地下への入り口は見当たらない。


 (定番なら地下に続く階段の下の空スペースが雑に塞がれたりしているもんだけど、しっかり床になってるし……)


 スマホのライトで校舎の階段下を照らすが、何処を探っても塞がれた痕跡のようなモノは無い。

 もっと詳細な場所まで調べてから来るべきだったか、あるいは出直すか。でもまた神経すり減らして知らない学校に不法侵入するのは嫌だなぁ。


 などと、少しうんざりしながら燐火は次の候補地へ向かうべくきびすを返した。


 振り返ったら目の前に生徒の姿があり、危うく悲鳴を上げるところだった。


               ◇


「その子を探す為に学校に残ったの? 勇気あるね」


「他の学校の子まで放課後アフタークラブの事を知ってるんだね。そんなに有名なんだ。知らなかった」


 まさか自分以外に閉門後も残る生徒がいるとは想定外に過ぎたが、その女子ふたりも自分と同じく『放課後アフタークラブ』に用があるとは、やはり夢にも思わない燐火である。


 改めて話を聞いてみると、演劇部の稽古場があるのは武道館という体育館に併設された施設の、地下らしい。


「カナエってこの学校の子が、クラブが実際にあるのか確かめようとしたみたいで。

 実際どうなんだろう? 放課後アフタークラブって。単なる学校の七不思議みたいな?」


「さぁ? 行ってみれば分かるんじゃないかな?」


「そのカナエって子は知らないけど、楽しい場所だって話はよく聞くよ。

 でも秘密らしいから自分で見つけるしかないんだって。だから今日、あなたと同じように学校に残ることにしたんだ」


 在校生の案内を得て、非常灯しか点いていない廊下を渡り階下へと移動する。

 本当にそんな七不思議的クラブが実在するのか、またはそれが『カナエ』という少女の失踪に関わっているのか、あるいは近付くのは危険を伴う行為か。

 様々なことを考えながら、メガネの少女は武道館へ到着。

 改めて確認すると、地図上では体育館と同じ物のように記載されており、存在すら気付けなかった。地下があるような表記もない。


 敷地内に踏み入ると、外周をめぐる廊下の突き当りに、改装された建物の中で明らかに古びている扉を確認できた。

 施錠されておらず、取っ手を引っ張るとブズズ、という重く鈍い摩擦音が響く。

 そこはすぐに階段となっていた。


「うわー雰囲気あるなー…………。でも、声聞こえるね。ホントに誰か残っているんだ」


「クラブって本当にあるのかな?」


「行ってみればわかるんじゃない?」


 燐火が覗き込んでみると、階段はほとんど下が見えず空気も冷たい。ここに来て腰が引けてしまう。

 しかし、闇の底からは確かに、ヒトが大勢いるざわめきが伝わって来ていた。

 この暗い中、閉門後の学校で、本当に秘密のクラブの集まりが?

 正味なところ「ありえないだろう」と今まで思っていたので、燐火は呆気に取られる思いだ。

 こうなると、どんな生徒がクラブにいるのかが気になってくるところ。

 ここまで来たし消えた女子の手がかりだし同行者もいるので、先に進むほかない。


 手摺てすりもない冷たいコンクリ作りの階段を、メガネの少女が壁に手をつきながら下りて行った。

 同行者ふたりもピッタリその後に続いていく。

 下階はほぼ真っ暗闇だ。階段の上の非常灯が、微かに陰影を浮かび上がらせるばかり。他に照明らしきモノは全くない。

 空気は冷たいクセに湿気が強いようで、肌に纏わり付いていた。当然ながら気持ちがいいモノではない。


 本当にこんなところに生徒が集まっているのか。

 一刻も早くヒトの姿を自分の目で見たい燐火は、少し焦れた足取りで暗闇の中を進む。

 スマホのライトを使う気にはなれなかった。視認性より、闇の中にいる何かに気付かれる事の方を忌避したのかもしれない。

 途中、扉らしき輪郭を暗闇の中に捉えたが、取っ手に指をかけても開かない上に、その奥から声も聞こえてこなかった。

 そんなことを何回か繰り返して、結局燐火は廊下を曲がった最奥の扉の前まで来てしまう。

 しかし、ざわめきの声はハッキリとその向こうから聞こえていた。


 ようやくヒトの姿が見られそうだ。と、ホッとする燐火だったが、いざとなると見ず知らずの他校の生徒が突然現れた時の相手の反応が少し怖い。

 そうは言っても、苦労してここまで来たのだ。

 とりあえずチラッとでも、まずは中を確認してみよう、と引き戸の扉を少し開けて覗き込んでみたならば、



 そこには暗闇しかなかった。



「あれ?」


 全く想定外の光景に、素の声を漏らしてしまうメガネ女子。

 思わず覗き込んでいた扉を突き放して、今度はスマホのライトを点灯し周囲を確認。出入口らしきモノは、他にない。

 確かに直前まで何人ものヒトのざわめき声が聞こえていたのに、扉を開いた瞬間にパタッと途絶えてしまったようだ。


 ただヒトの気配だけを辿り歩いてきた燐火が、唐突に無音に包まれる。身に染み入る冷気。

 だがフと、それもまたおかしいことに気が付く。

 同行者ふたりも無言であるのに疑問を覚え、燐火は背後へ向き直った。


「どうしたの? みんなここにいるんでしょ? 早く入ろう?」


「さがしているコもここにいるよ」


 真っ暗な地下、明かりはほとんどなく、人間らしき黒い影と声しか分からない。

 だからだろうか。

 燐火はここに至りはじめて、同行者たちの異質さに気付いた。

 今まではこの普通ではない状況に、自分の気持ちを落ち着かせるのにいっぱいで気付けなかったが。


 閉門後の学校にいるのに、なぜこのふたりは怯えも緊張も興奮もせず、平然としていたのだろうか。

 感情を読み取るどころか、そのセリフはまるで機械音声のように抑揚がない。


「さぁこう」


「キミもいこうよ。みんなあっちでまマってるよ」


「おおぜいのホウがたのしいよ。いっしょにイコう」


「ツレていってアゲるから」


 真っ黒なシルエットが、闇の中でジワジワ大きくなっているように感じられた。

 致命的な手遅れ感。

 恐怖でヘタリ込むメガネ女子は、逃げなければならないという一念だけで、扉に背を着け横に身をズラそうとしていたが、


 ガラリとその戸が開かれると、墨を満たしたような室内から伸びる青白い腕に引きり込まれていた。


「キャァアア!? やッ……待ってヤダ!!!!」

「イッショに、イコォオオオオオ」

「パー、ティー、パー、ティー」


 火が付いたようにもがき、地面を脚で引っ掻く燐火。

 しかし、自分の腕を掴んで引き込む力は重機のように強く、全く抗えない。

 上から見下ろしひずんだ声を上げている、ヒトをボカしたような異形の顔。


「ヤダヤダヤダぁ! リヒトくんリヒトくんリヒトくんヤダァああ!!!」


 恐ろし過ぎて発狂寸前の燐火は、無意識に後輩の男の子の名前を呼び続ける事しかできず、



『マインドキラー……失せやがれ!』



 強力無比な思念、対超能力マインドスキル攪乱ジャミング波が、念話テレパシー宣言ステートメントと共に放出される。




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