ネイバーワールド

33rdキネシス:水面を挟んだ上下で働くパワー力学

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 スイス、サンモリッツ。

 湖の東半分のほとりたたずむ、スイスでも屈指の観光地。

 温泉とウィンタースポーツの盛んな土地であり、年間通じて多くの観光客が、スイスのみならずヨーロッパ中から訪れる場所である。


 そんな観光地が、密かに騒がしくなりつつあった。

 元々、観光客の中でも富裕層の訪れる割合が大きかったが、現在この地を訪れているのは、並みの資産家たちではない。


「ドン・ジャンルイ・マルチェロ。イタリア、アンダーコミュニティの顔役。表側でも企業グループを抱えた大物だ。マフィアも傘下だ。マフィアよりおっかねぇおっさんだな。

 アヌーン・ヴェルイユ、『マダム・ヴェルイユ』。フランス社交界の女王。フランスの半分・・の支配者だよ。別名、フランスのおふくろさん。やり方はエゲつない上にドぎついが、まぁ良い悪党ってヤツだ。お近付になりたくない美人だがね。

 ハロルド・ホアン。アメリカ住みの中国人。華僑ってヤツだよ。本国の対外工作の責任者、という噂もあるがプロの諜報員にも尻尾を掴ませないでいるらしい。大したタヌキだな。表向きは不動産業をやっていて、海外の土地転がしで巨万の富を築いているって話さ。アンダーワールド探索にも影がチラチラしてやがる。

 驚いたな、ボビー・J。アメリカ西海岸いちの企業グループ、『B&Y』のCOOだ。ポン引きから全米トップの企業の実質経営者に上り詰めた、元ダウンタウンのゴッドファザー。こういう場所には顔を出さないと思ったが。ヤツの裏には『タイラント』がいるって言うが、そっちの絡みか?」


 水辺の街サンモリッツ。湖を目前にした、美しい緑と自然に囲まれる広大なホテル、『ダイヤモンド』。

 そのきらびやかなパーティーホールの壁際にて、黒いフード付きコートという場違いなよそおいの陰キャが、これまた黒い目出し帽に上等なスーツというおかしな格好のお兄さんに、雑談がてら人物説明を受けていた。

 アンダーテイカーの影文理人かげふみりひと、『リヒター』と、アラン・マクラウドである。


 パーティー会場にいるが、ふたりは招待客というワケではない。

 アンダーテイカーオフィスから出品物の警護を依頼され、ここに来ていた。

 とはいえ単なる警備員の仕事ではない。警備員なら会場内に黒服が大勢いる。

 有事・・に備えた、傭兵のような扱いだった。

 故に、何もなければ比較的自由に行動できる。

 このような仕事が振られるのも、ふたりが優秀なアンダーテイカーである故だ。

 特にフードで顔を隠した新人ルーキーは、強大な敵性存在をほぼ独力で退けた、という噂によりアンダーコミュニティーでは密かに注目のマトとなっている。


 パーティー会場がにわかにざわめいてきた。奥の控室から、布に覆い隠されたガラスケースが運び込まれてきた為だ。

 海千山千の実力者たちと、それを取り巻く者たちの動きも大きくなる。

 明後日に開かれる、オークションの目玉商品。

 アンダーワールド産の秘薬、『ポーション』である。


「おお、これが…………」

「なんと濃く赤い色……。これだけの透明感と深みがあるなら、確実に最高級のルビーポーションとなるのでは?」

「鮮やかな翠のエメラルドポーション……。これは助かる命以上の血が流れますよ」

「アメジストポーション……競売に出されるのは初めてでしょう」

「ゴールドコーナーはオークションの為に香港の利権を党に売り渡したとか……」

「これはもはやカネの問題ではないな。なりふり構わない奴が何人も出るぞ」


 大理石の土台、その上の分厚いガラスのボックスというシンプルなショーケース。

 それを囲み、来場客たちはポーションの品質をささやくように評価し合っていた。

 ポーションは色の種類、色の濃さ、透明度、発光量などで、見た目だけでもある程度の価値判断ができる。

 今回出品されるポーションは、いずれも最高品質に限りなく近いという鑑定結果がオフィスからも提出されていた。

 ポーション入手から警備依頼までの流れで、理人は既に知っていたが。


「おーおー怪物どもが大人気なく目ぇギラギラさせやがって。こりゃ静かな保養地でのんびりバカンスとかはムリだな。俺らも忙しくなりそうだぜ、リヒター」


『これだけ警戒されていてもですか?』


「今回のオークションで予想される売買額は500億ドル超。動く金はその倍とも言われている。

 ここ半月で動向が不明になった傭兵や殺し屋、窃盗グループ、PMC、国が飼っている非正規部隊の数知ってるか?

 この内のどれだけがスイスに入り込んでいるやらだ」


『修羅場不可避……』


 フードを被る陰キャは、念話テレパシーで会話しながら肩を落としていた。

 事情通の兄さんの話を聞く限り、どう考えてもこのオークション穏便には終わらない。

 つまり、警備に雇われたアンダーテイカーも臨戦態勢というワケだ。

 報酬が100万ドル(約1億3000万円)と聞いた時点で嫌な予感はしてたんだよ。お世話になっているオフィス職員に拝み倒されたからけたけどさ。

 ヘタすると銃持ったプロとやり合うのか、嫌だなぁ。AHEDアヘッド弾とかあれファージ特攻かと思えば念動防壁サイコシールドも抜いて来るんだけど。


 そんなことを思っていたところ、ポーションの展示ケースではなく壁際のふたりの方へと歩いて来る者達がいた。

 高級だが地味なビジネススーツの、権力者や資産家とは毛色の違う男と、護衛らしき黒スーツに黒メガネの集団だ。


「やぁアラン。キミの容姿・・は人混みの中でもすぐに分かるな。まだ生きていてくれて嬉しいよ」


「モーリス・グレーツキ。今はどこの、どういう肩書だ? お前の動向を掌握している人間なんてこの世にいるのか。未だにスパイ容疑で処刑されてないのが信じられんぜ」


「どこにいようと誠実に仕事をしているから信頼を勝ち得るのさ。

 今はNATO事務総局の渉外部で顧問のような事をしているがね」


 猛犬のような怒気を放つ目出し帽の兄さんに対し、見せ付けるような余裕を崩さないビジネススーツ。

 アランの方が頭ひとつ背が高い上にどう見てもマッチョなのだが、目の前の人物は恐れる様子もない。


 このモーリス・グレーツキという男がヤバい相手だと断じるには、これだけで十分な理人だった。


「こんなところに来るとは、諜報畑のお前がオカルトに転向か? こっちは表側の理屈は通じないぞ。やめておいた方がいいと思うがなぁ」


「オカルトだろうがフィクションだろうが、政治が関わった瞬間に現実になるものさ。

 そういえば先のガルベスタンの件も、日本大使館の300人もの協力者全員が国内から消えてるというオカルトじみた事が起こっているが、現実にヒトは移動している。

 アレはPMCを使ったことになっているが、実際にはそうでないのは少し事情に通じた者なら誰でも知っていることさ。

 誰も理解できないことが起こったから、それらしいカバーストーリーを被せて判りやすい話にしたに過ぎない。

 現実の政治が、オカルトの方に合わせた。面白いと思わないか?」


 面白そうに言う地味スーツの男のセリフに、鼻で笑う目出し帽の巨漢と、全力で動揺を表に出さないようにつとめるフードの奥の陰キャ。なんせ『ガルベスタンの件』の実行犯。

 だが、モーリス・グレーツキという男の視線は、確実に理人の方に向いていた。

 一言でも発したらボロが出そうなので、ひたすら怯えて沈黙する陰キャである。


「フッ…………。このオークションも、出品されるモノは私にはどうでもいい。モグラがエサに釣られて地下から出てくる、という点が重要だ。だから私の仕事になる。

 では失礼するよ、アラン。ああそれに、リヒター、いずれまた」


 僅かな間フード姿の陰キャを見ていたモーリス・グレーツキだが、やがて意味ありげな微笑みを残し、その場を去っていく。『リヒター』の名も当たり前のように把握されているし。

 何故かこれだけのやり取りで、ドッと疲れてしまう理人だった。お仕事はこれからなのに大丈夫かこれ。


 などと思っていたら、


「あら……アラン・マクラウド。今日は変わったパートナーとご一緒なのね。

 あのコールガールはどうしたのかしら?」


「ブリジット・ギブンス。誰の事を言っているのかさっぱり見当つかねーが、なにも自分からトドメを刺されに来る必要はねーと思うがなぁ?

 それとも、ミケネスでどんな目に遭ったか、もう忘れたか?」


 レスラーのようなガチムチ体型のボディーガードふたりをともないアランの前にやってくるのは、ブルネットの長髪を派手に頭に結い上げた、これまた派手な容姿とセクシードレスの美女だった。

 だが初手から刺々しい事この上ないふたりに、(え!? また!!?)と絶望しそうな理人である。


 その後も、アラン兄さんのところには顔見知りだが親しい間柄ではなさそうな雰囲気の人物が、何人も挨拶に来ていた。

 隣にいただけで、陰キャは死にそうになった。緊張とストレスで胃とか多分無いなった。

 これが、裏の世界で生き続けるプロの日常なのだろうか。


 自分は基本的にどんな相手とも友好的な関係を築いていきたい。と、常日頃から願う理人だが、既にちょっと印象がよろしくない知人が何人か出来ており、その前途に今から膝をつきそうになっていた。


『うぅ……し、知り合いが多いんですねアランさん。

 でも、お互いに警戒し合う相手って感じなのに、それでも一声かけに来るっていうのは、やっぱこういう義理を結構大事にする業界なんですか。

 それともアランさんが注目されているってだけ?』


「ああ? いや連中オマエを・・・・見に来たんだよ。俺はダシに使われただけ。

 あんなバケモノどもが、俺みたいな一介の傭兵なんて気にするもんかね」


 かと思ったら、アラン兄さんから知らされる衝撃の事実。

 信じたくない話だった。


 肝も据わって裏の業界にも通じている頼もしいお兄さんが『バケモノ』と評す連中の本当の目的は、新人アンダーテイカー『リヒター』の品定めだというではないか。


「ウソでしょ?」


 と、思わず理人も念話テレパシーではなく素で口に出してしまっていた。


「別に不思議でもないだろ。

 ファージドミナスを退けてチーム全員を生還させた新顔のアンダーテイカー。依頼達成率も今のところ100%だろ?

 つまりリヒターは目当ての代物は確実に手に入れているんだ、ポーションも含めてな。

 ガルベスタンのアレも情報はナターシャに隠してもらったが、モーリスの野郎アレは大凡の見当は付いてやがる。

 こうなりゃプロ連中もリヒターを放置できねーよ。今後お前の動向ひとつで世界が動きかねねぇ。

 今の内に手綱を握るか首輪を付けておきたい。そんなところだ」


 なんでもないことの様に、極めて深刻な事をいうアラン兄さん。

 パーティー会場でなければ、理人は頭を抱えてしゃがみ込みたかった。

 なんだか大変なことになってやがる。

 自分ではアンダーワールドで冒険と宝探しをしているだけの感覚だったが、それが表の世界オーバーワールドにまで影響してきているとは。

 チラつきはじめる国家や巨大な権力の影に、心底震え上がる一介の陰キャ高校生である。

 偽装がフード付きコートだけというのが、いまさらながらに心細い事この上なかった。


「なーにこういう仕事やってりゃ国の情報機関に絡まれるなんざ日常茶飯事だ! リヒターもすぐ慣れるって!

 ああいう連中と付き合うコツやセオリーみたいなのも教えてやるから。リヒターならどうってことないだろ!!」


『そうかなぁ……? さっきのアランさんみたいにクールにこなせる自信は全くないんだけど』


 一転して明るく励ましてくれる目出し帽のナイスガイ。背中をバンバン叩かれて、陰キャの上体が柳のように揺れていた。


「まぁ真面目な話、遅かれ早かれこうなってたさ。お前ほどのヤツならな。

 連中も暫くは手控えていたんだろうが、マスターマインドの弟子と言いながらヤツの気配も薄いからな。そろそろ探りを入れ始めてくる頃だろ。

 本来はヤツがこういう事も教えるんだろうがなぁ……。野郎いまどうしてるとか、リヒター聞いてないのか?」


『…………元々先生マスターの方から連絡くれるし、オレの方からはなにも……。

 暫く連絡は取れないとは聞いていますけど』


 政治絡みの処世術も、本来は理人リヒター師匠マスターであるダンディ英国紳士、悪名高き『マスターマインド』が教えるべき事だとアランは言う。

 しかしその先生マスターは、ルーマニアのパブで別れて以来、全く連絡が取れない。


 理人がアンダープラハで何を見たのか。

 それを知ってからの先生マスター、エリオット・ドレイヴンには、常に一歩引いて事態を俯瞰するようないつもの姿勢が見られなかった。

 それを思い出すと不安がぶり返し、陰キャもスンとしてしまった。暗さに磨きがかかる。


「ごめんなさいね、少し遅れたわ。アラン、リヒター、こちらは変わりなかった?」


「ああ、裏道の奴らが興味ないフリで揃いも揃ってリヒターもうでさ。とりあえず、挨拶は終わったようだがな」


 目出し帽の兄さんとの話が一段落したところで、ちょうど別行動中だった女性陣も戻ってくる。

 ゆるくウェーブするプラチナブロンドのロシア系美女、ナターシャと、金髪ポニテのマッシヴ美女、沙和すなわミリアだ。

 今回の依頼にあたり、元諜報畑のナターシャが知人やその筋の専門家から情報を収集してきており、ミリアは護衛に付いていた。

 なお、ナターシャは胸元や背中が大胆に出ている黒のパーティードレス、ミアはタイトミニのスカートと赤いスーツだ。


 どちらもそのままパーティー出席者として花になれそうだが、カッコよくスーツを着こなす用心棒のようなお姉さんの方は、ややご機嫌がよろしくない様子。

 陰キャはその理由をよく知っていた。


「で、何か収穫はあったかいハニー?」


「慌てないのダーリン。

 オークションに代理人を送り込んでいる人物のひとりが、ちょっと……いえ、大分危ない手合いだと分かったわ。

 10以上の実働グループを統合して、大規模な作戦を用意しているみたい。オフィス内部の人員にも息がかかっている可能性がある。

 オフィスの動きは鈍いけど、アメリカ政府の送り込んで来た部隊は実際に事が起こると考えて、もう動いているわ。

 でもD.Cの部隊も結局はポーション奪取が狙いだから、つまり……?」


「オフィスに雇われた俺たちは、事によっちゃ敵だらけの中で単独で動かなきゃならんワケか。やれやれだ」


 かなり非常事態なことを微笑みながら言うミステリアスお姉さんに、面倒な日曜大工でも頼まれたかのような調子で天を仰ぐ目出し帽の兄さん。

 ちょっとバなんとかという感想を持ったが、童貞の分際では何も言うまいと思う理人である。それどころではないし。


 至る結論は、戦闘状況待ったなし。

 しかも自分達がほぼ孤立無援で、しかも場合によってはテログループ連合とアメリカの特殊部隊の両方と、恐らく乱入してくるであろうポーション狙いの有象無象を相手しなくてはならないのでは? という見通しだ。

 理人は少し前に自分を襲った非常事態をスパッと忘れて、今目の前にある危機に震え上がった。


 結果から言うと、『予見視フラッシュフォワード』を使うまでもなく、陰キャ超能力者マインドウォーカーの予想通りになった。


               ◇


 ただの陰キャ高校生、影文理人は自宅でしかばねになっていた。

 部屋の真ん中に敷かれた毛足の長いラグに横たわり、グッタリとしてピクリとも動かない。

 大変な仕事だったのだ。

 事態のとっ散らかり具合では、今までの仕事の中で間違いなくトップクラスだった。


「超能力があっても大変なお仕事なんだねー、アンダーテイカーって。

 あの中華街みたいな事が起こらない限り、理人くん無敵に思えたけど……」


「スイスで起こったあのテロ・・・・がねぇ……。世間の見方が変わりそう。

 表沙汰にならない事件の真実とか、本当にあるんだ」


 そんな陰キャの死体(比喩的表現)を横目に、夕飯の支度などしているエプロン姿の美少女ふたり。

 電話口でぐったりしていた陰キャの様子に、嬉々として世話焼きに来た姉坂透愛あねさかとあ姫岸燐火ひめぎしりんかである。

 そして、


「アンダーテイカーが表でけ負う仕事なんてあんなもんよ。裏側の仕事の方が単純でしょ?」


 ソファの上で酒とツマミのチータラかっ喰らう、肩出しセーターとホットパンツ姿で胡坐をかく金ポニテ姉さん、ミリア先生だった。

 死体状態な陰キャの姿を皮肉気にわらいながら、強いアルコールを舐めている。

 生徒たちの前だが、この3人の前では早々に擬態するのをやめていた。

 特に今はご機嫌もあまりよろしくない。


 少し前、陰キャアンダーテイカーはこの金ポニテからある仕事を請ける事となった。

 過去の錬金術師の影を今に留めるアンダーワールド、アンダープラハへ潜りそこに発生する秘薬、ポーションの入手作戦へ参加するというモノだ。

 死にそうな思いをしながら目的を達成した理人は、その報酬としてミアにお願いしたのである。


『実は先生マスターがいなくなったんだけど、その辺あまり追及しないでもらえると助かります……。あとついでにアンダーワールドにもしばらく入らないでいただけると助かります……』


 その後はもう、大変な騒ぎに。


 アンダープラハの一件を聞いた理人の先生マスター、ダンディ英国紳士のエリオット・ドレイヴンは、それから少しして姿を消した。

 理人がアンダープラハで見たモノが原因だろうが、問題となるのはその去り際に、娘であるミアにはその辺の事情を何も話すな、と指示していったことである。


 一方でミアからは、父親マスターマインドのことに関しては全て漏らさず報告しろ、と厳命されており、陰キャは父娘板挟み状態であった。


 嘘をつく選択肢もあっただろう。

 だが、生来そういう行為が得意ではない素直な性根の陰キャ。

 悩んだ末に正直に話した上で納得してもらおうと考えたのだが、憤怒のポニテ姉さんに殺されかけるハメとなり、一瞬で後悔していた。


『うらぎりものー!』


 と、大荒れで。


 とはいえ、ミアとしても理人をアンダープラハでタダ働きさせてドミナスのようなヤバい相手とも戦わせた負い目もあったのだろう。

 義理堅さもあって陰キャ生徒の願いを受け入れるほかなく、今はやさぐれてソファの上であぐらをかき、ウィスキーグラス持っているのである。

 非常に危険な姿勢で短パンの裾から中の薄布が見えてしまいそうで心臓に悪いのでやめてほしい。


 そのようなワケでしばらくアンダーワールドにも潜れないので、理人の監視ついでにスイスの仕事にも噛んだ、という経緯であった。

 そりゃアンダーワールドに潜るなとは言ったが、こうなると近くにいるだけで精神的に消耗する理人である。


「なんだかんだと表の世界オーバーワールドはアンダーテイカーであっても人間同士の力学を無視できない世界ってことね。

 アンダーテイカーの中には、裏世界アンダーワールドの方がシンプルで生きやすい、なんて者がいるくらいよ。両方の世界を知れば、そういう視点もあるんじゃないの?

 どう? リヒターもアンダーワールドに籠りたくなった?」


「お願いだから先生マスターから連絡あるまでは地上にいて……。他の事になら付き合うから……」


 悪い笑みで陰キャを裏世界アンダーワールドへ誘う金ポニテお姉さん。

 隙あらば翻意を促す悪魔のささやきだ。

 理人がアンダーワールドへ入ってもミアが入れないのに変わりもないのだが。


 確かにスイスは大変だった。

 ポーションの警護に雇われたと思ったら、いざオークションがはじまるというところでどこぞの国の特殊部隊に会場凸され、これ幸いにはじまるルール無用の争奪戦からポーションを守り観光地内をクルマで爆走するハメになるという。

 それが仕事と言われてしまうとそれまでなのだが。


 スイス屈指の高級観光地内を走り回りながら行く先々で銃持った戦闘集団と殴り合うのは、本当に生きた心地がしなかった。

 プロの兵士を相手にしては、超能力マインドスキルの存在も大したアドバンテージにならない。

 戦闘に熟達している目出し帽の兄さんとその恋人、火器で武装した相手を平気でぶん殴るハンマー持ちポニテ姉さんがいなければ死んでたと思う。


 リヒターの超能力マインドスキルも、相手からすると相当猛威を振るっていたのだが。


 ポーション強奪の部隊にはアンダーテイカーも含まれていたようだが、同業者は心得たもので対ファージ弾のAHEDを使い理人リヒター念動障壁サイコシールドをブチ抜いてくるのだ。

 ナターシャも同様に敵超能力者の防壁ブチ抜いていた。


 所詮、どれ程優れた武器スキルたずさえていようと、人間同士の戦いは人間に対する戦略、戦術、定石セオリーを知らねばならないんだなぁ。と強く感じた一件であった。

 その難解さを思えば、確かに金ポニテ姉さんの言う事にも真実の一側面があるとは思う。単純な力がモノを言うアンダーワールドの方が、ある意味簡単だ。ファージ吹っ飛ばすだけなので。


 だがミアのセリフは理人を懐柔したいだけのモノだというのも分かっていたので、陰キャも素直にうなずけなかった。

 先生マスターの言い付けでもあるし、裏世界アンダーワールドに潜ってまたドミナスとか出てきたらどうするんだ今度は勝てんぞ。


「フンっ……まぁいいわ。オーバーワールドでもやることはいくらでもあるんだから。そう言うからには役に立ってもらうわよ」


「はい……」


 一応の納得をしてくれているポニテ姉さんであるが、何やら面倒なことをやらされそうな予感もする陰キャである。

 さりとて理人はお願いしている立場であるからして、何も言えなかった。


「ミアせんせー、理人くんになにやらせるの? スイスでやった仕事みたいなのって、そう何度もあること??」


「そうねー、実は未確認のアンダーワールドみたいなのは結構あるって言われていてね、それの探索でも手伝わせようかしらねー。

 リヒターなら世界中どこでも行けるし。ふたりっきりホテルに一泊とかなったら、改めて誰がご主人様かしつけてあげるのもいいかもね。カ、ラ、ダ、で」


「イヤー! せんせーエローい!!」


「ミア先生教師と生徒はマズいですよ!」


 悪い笑みの酔っ払いと小娘ふたりが盛り上がり、微妙に肩身が狭い家主の陰キャ。

 ちょっと先生マスターを恨みたくなった。一度真面目にミアさんとの関係を聞いてみたいところである。


「ヤバいって透愛ちゃんせんせーのオトナの色気で理人くんがやられちゃうよ! ここはピチピチJKの合体攻撃だー!!」


「え゛!? ちょっと待ってセンパイそれはセンシティブでBANされるイヤー!! 理人くんはゴメンこっち見んなぁあああ!!」


 意味の分からないことを言いながら、メガネの先輩が全高的アイドル女子に背後から襲い掛かっていたが、陰キャは配膳中につき見て見ぬフリをしていた。

 実際には、ミニスカをまくられで上げられるわ服に手を突っ込まれて揉み放題されるわで悲鳴をあげる、という姿を遠隔視リモートサイトで見ていたが健全な男子なので許してほしい。




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