29thキネシス:学ぶことにおいてその虚実は重要な問題ではない

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 裏世界アンダーワールドに潜り、あるいは裏の社会アンダーコミュニティでの仕事に従事する者たち。

 アンダーテイカー。

 その主な活動目的はアンダーワールド探索に関わること全般となるが、大半の者が表の世界オーバーワールドの住人より大きな力を持つが故に、同時に大きな責任を伴うことになる。


 犯罪を起こしたアンダーテイカーの処分もまた、アンダーワールドの管理組織である『オフィス』と、アンダーテイカーの仕事のひとつだ。


「バッ……! バーンナウト! バーンナウト! バーンナウトぉ!!!」


 ズドドドドンッ!!!! と。

 群がってくる無数の人影が、立て続けに発動する爆発に吹き飛ばされた。

 黒い森と立ち並ぶロッジ。それに、宙を舞うヒトのシルエットと津波のように押し寄せる影が、夜闇の中で浮き彫りになる。

 黒いフードにコート姿の超能力者、『リヒター』こと影文理人かげふみりひとは必死だ。

 これまでアンダーワールドでの仕事は何度もこなしてきたが、襲ってくる『ファージ』の密度は過去最大であろう。

 それも、単なる自然発生によるファージの群れではなかったのだが。


「ッハハハハハ! 相性が良いなぁこのアンダーワールドは! このままオーバーフロー起こしてレイクのオフィスまで潰してやるか!!」


 ロッジの屋根の上で哄笑を上げる、額の広い痩せた男。

 表の世界で様々な罪に手を染めたこのアンダーテイカーの拘束ないし殺処分が、今回の陰キャリヒターとその先生マスターの仕事だった。

 その為に、北米国境沿い、無限に森が広がるここアンダーホールレイクへと侵入した理人だが、無数の狂人型ファージに襲われそれどころではないという。


 とはいえ、かなり心臓に悪く忙しい状況なのだが、今回に限りそれほど悲壮感は無かった。


「オスカー・ゾフィー。このままアンダーワールドに呑まれヒト以外の存在になるよりは、オフィスの奴隷になった方がまだ救いがあるだろう。

 降伏しろ。キミのスキルでは私には勝てんぞ」


「黙れマスターマインド! キサマのような犯罪者が法の守護者ヅラか!? 吐き気がするわ!!」


 『念動力サイコキネシス』でデコ広の男と同じロッジの屋根に飛び乗るのは、使い込んだコートも渋いロマンスグレーの英国紳士。

 理人の師であるエリオット・ドレイヴンである。

 今回の仕事は、先生マスターがオフィスから請け負い、勉強の一環として教え子の陰キャもこれに同行した形だ。

 現状、理人が必死で露払いをしている感じだが。唸れ『発火能力パイロキネシス』。


「コイツらの仲間入りをするのはお前の方だよマスターマインド! 楽しくやりな!!」


 陰キャが発生させまくっている炎の光を、男のデコが反射した。

 超能力の発動マインドスキルの気配を感じる。他の能力者との関わりの中で、そういうモノにも大分慣れた。


 超一流の超能力者であるエリオット・ドレイヴンが、その瞬間に相手を見失ったように目の焦点を外し首を廻らせた。

 相手は動いていない。正面にいる。だが、イケオジ英国紳士の先生には見えてない。

 それが『オスカー・ゾフィー』、幻惑師と呼ばれる超能力者のスキルだった。

 ファージに襲われず、逆に味方に付けるかのような振る舞いの理由も、これである。

 視覚を支配するのだ。


「言っただろう、オスカー。私にその手のスキルは通用しないと。警告はした。もはや手段は問うまい」


「ッ……づぅううううおおお! このクソッたれがぁああ!!!」


 世界最高の超能力者のひとりにも数えられる『マスターマインド』には届かなかったが。


 一見して分からないが、それは超能力の押し合いであり綱引きであった。

 超能力者でない者にすら感じられる、思念波の激しい揺らぎ。

 それは、相手の精神を幻覚の中に捉えようとする超感覚ESPによる攻撃と、同じく超感覚ESPによる防御である。

 結果は、圧倒的技量を持つ英国紳士の圧勝。

 額を真っ赤に染めるデコ広の男は、それでも集中力を高め相手の精神へ攻撃を続けていたが、クルッと身体の上下を入れ替えられると頭から屋根へ叩き落とされた。


                ◇


「リヒター、キミは多彩な超能力マインドスキルを行使できる希有なタイプの能力者だが、それでもキミの扱えない超能力スキルもまた多い。

 『読心リーディング』や、オスカー・ゾフィーの使っていた『幻覚ファンタズム』は、超感覚ESPの『念話テレパシー』の発展形ともいえる能力スキルだ」


 デコ広超能力者を気絶させた後、英国紳士の先生マスターと陰キャフードの生徒は急ぎその場を離脱した。理人は軽く死ぬかと思った。

 現在は、アンダーレイクホールを出てオフィスから派遣される車両を待ち、道路の横から少し森に入ったところで待機中だ。

 この間に、陰キャは少し先生から講義を受けている。


念動力サイコキネシス系統による直接の攻撃は物理的に対抗すればよいが、超感覚ESP系統は物理的な対処が難しい。

 一見して攻撃能力に乏しそうに見えるが、分かりやすい破壊現象が確認できない分、より厄介なのはこちらとも言えるだろう。

 気が付けば相手の術中という事にもなりかねない。そこで、ESP能力への対抗手段が必要になる。

 『マインドキラー』だ。」


 名前からして相手の精神でも殺しそうだが、どうやら防御手段らしい。

 実は理人も、デコの能力者とのエンカウントの際、『幻覚能力ファタズム』を喰らい相手を見失っている。しかも気付いたらファージに肉薄されており心臓壊れるかと思った。

 その時に助けてくれたイケオジ先生の使った手段も、『マインドキラー』だったという。


「マインドキラーは特定のマインドスキルと言うより、それこそ単純な技術スキルでもある。

 超能力マインドスキル、これを行使し現実世界に影響を及ぼす際に思念波とでも言うべきモノが発せられるのは、リヒターにも感じ取れるようになっただろう。

 『思念視サイコメトリー』を使えるキミは、恐らく発し手より受け手としての感性が優れているのだろうね。

 マインドキラーはその波を、自ら発する思念波で乱し、あるいは中和してしまうという理屈の防御方法だ。

 相手のESPの波を感じ取り、別の波をぶつけること。そして出力で負けないこと。キミならどちらもクリアできる。そう難しくはないだろう」


 座学を終えると、マスター・ドレイヴンは転がっていたデコ能力者の頭に被せていた銀色の袋を脱がせた。超能力マインドスキルを阻害する特殊な金属を含むらしい。

 まぶしさに目を固く閉じ唸る男を見下ろして、英国紳士が静かに言う。


「さてオスカー、礼はするからひとつ頼まれてもらいたい。私の生徒に得意のイリュージョンを披露してほしいのだ。なんなら私を巻き込んでも構わんよ。

 もしかしたら、この窮地を脱する最高の一手となるかもな」


「ッ……! ほざけよマスターマインド! 俺のファンタズムを大道芸扱いしたのを後悔しやがれぇ!!」


 デコの男がこれに吼え返したと思った瞬間、何故か突然イケオジの先生が手の平に炎の塊を生み、理人の方へと投げ放ってきた。

 度肝を抜かれる陰キャは、咄嗟に『念動力サイコキネシス』の防御壁を展開しつつ飛び退いて後退する。


「まッ、先生マスター!!?」


「落ち着きたまえリヒター。マインドキラーで対抗するにも、まず目の前の現象が現実か虚構かを判断しなくてはならない。

 そればかりはマインドスキルではなく、自らの観察能力と洞察力に因るしかないのだ」


 そのような凶行をしておきながら、聞こえてくる先生マスターの声は至って冷静であった。

 あ、これ幻覚か、と理人は心臓をバクバクさせながらとりあえず納得する。

 それに言われて見ればなるほど、確かに先生マスターは『発火パイロキネシス』をわざわざ手から打ち出したりしないし、そもそも最初に理人に実演して見せて以降は使ってもいない。

 姿も注視すれば、顔や輪郭といった細部がボヤけていた。


 だが、幻覚を見破ってお終い、というワケにもいかない。

 それがマボロシに過ぎなくても、目に見えて消えない以上は理人にとって紛れもない現実なのだ。


 これを『マインドキラー』で消せというのね。と、幻覚の先生マスターの攻撃から逃げながら、陰キャの生徒は集中力を高め『思念視サイコメトリー』の要領で相手の思念波を感じ取ろうと思い付く。

 しかしやってみると、幻覚に対処しながらこれをやるのは、結構難しいかも。

 そこに、


「戦闘時には常に相手のESPを警戒するのが理想だ」


 と先生マスターの追撃。これは多分本物の方。

 混乱して右に左に迷走しそうな思考をどうにか押し留め、理人は感じ取った思念波に対し、全力で『念話テレパシー』をぶつけにいった。


 すると、マボロシの先生マスターの姿が、一瞬風にでも吹かれたかのよに大きく揺らぐ。


(これか……!)


 切っ掛けを掴んだ陰キャ超能力者は、何となくではあるが『念話テレパシー』の波を『幻覚ファンタズム』の波に近づけ、叩き付けてみた。

 その効果は、先の一撃より効果覿面。

 マボロシの先生マスターは急速にフェードアウトして消え、目の前には全く変らずその場にたたずむ本物の姿があった。


「見事だリヒター。思念波を捉え、異なる位相の波をぶつける。対ESP戦の基本となるだろう。覚えておきたまえ」


「は、はい先生マスター……」


 結構物凄く心臓に悪かったが、そんな生徒の動揺とは真逆に、イケオジ先生はどこまでも落ち着き払っていらした。ちょっと恨めしい陰キャである。

 基本的にオフィスからの依頼を請けたがらない先生マスターがこの仕事を請けたのは、自分にこの経験をさせる為だろう、というのは分かったのでそこは感謝していたが。


 そして、デコ男が無言で目を見開いているのには、理人は気付かなかった。

 超能力の精神干渉に対して自分の思念波をぶつけて対抗する。それを言って簡単に出来るのなら、超感覚ESP系の超能力者は商売上がったりだろう。


(師が師なら弟子もバケモノか! クソが!!)


 それから間もなく、オフィスのワンボックスカーが到着し、デコの超能力者、オスカー・ゾフィーは連れて行かれた。

 アンダーテイカー、それも超能力者の犯罪者となれば、表の世界オーバーワールドの法では裁けない。

 表の司法との取り決めにより、基本的にオフィス預かりの労役刑となるのが通例だ。

 犯した罪に対して、現物で償うという事である。

 それも、危険なアンダーワールドでの活動を強いられるということは、いつ死刑が執行されか分からないということでもある。

 ある程度は仕事も選べるが、そうなれば刑期は長くなるだけという。

 表の司法に服していた方が、確実に罰は軽かった。


 それでも、デコ広の能力者は意外と大人しく連行されて行ったが。


 なお、全てが終わった後、


「オスカー・ゾフィーは出力こそ高かったが、『幻覚ファンタズム』の使い手としては三流だ。

 彼は相手に幻覚を見せるだけ。その使い方を分かっていない。

 彼より出力こそ低いが、彼とは比較にならないほど恐ろしい使い手をわたしは知っている。

 それこそ、敵対したくない、と思わせる程度にはね。

 リヒターも、あの程度の超能力者を強敵とは思わないように」


 と言う先生マスター、エリオット・ドレイヴンである。 

 アンダーワールドやアンダーコミュニティーもそうだが、こっちの世界も広いな、と思う理人リヒターだった。




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